Posted in 09 2022
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ファビオ・スタッシ『読書セラピスト』(東京創元社)
昔と違って最近はインターネットで近刊や新刊の情報がいくらでも入ってくるので、買う本は大体事前に予備知識を仕入れることができる。とはいえお初の作家さんなどはやはり店頭で現物を見ないと、最終的に買うかどうかはなかなか決められない。
本日の読了本、ファビオ・スタッシの『読書セラピスト』もそんな一冊で、「読書セラピスト」というワードがストレートすぎ、しかもイタリア人作家だからあまりピンとくるものがなくて、それきり買わないつもりだった。ところが先日、店頭で見かけると、本の佇まいになんとなく惹かれ、「シェルバネンコ賞受賞のビブリオ・ミステリ」という惹句に唆されて結局買ってしまった(苦笑)。
まずはストーリー。元国語教師のヴィンチェ・コルソはマンションの一室で読書セラピーを開業した。さまざまな悩みを抱える人たちに文学作品を処方し、読書による療法を行うというものだが、なかなか軌道には乗らなかった。
そんなある日のこと。同じマンションのの階下で暮らす女性が失踪し、状況証拠から夫が疑われる。ヴィンチェは彼女が読んでいた本のリストを入手し、それをヒントに真相を探り出そうとするが……。

ちょっと本筋とは関係ないのだが、この読書セラピストという仕事が、小説上のネタではなく、実際にあるとは知らなかった。国によっては職業として公認されているどころか、国家資格だったりするところもあるという。
ただ、表面的は簡単そうだが、まともにやると大変難しい仕事だろうとは容易に想像がつく。心の問題を本だけで解決するというのは、相当な知識の蓄積が必要だろうし、人生経験や見識も豊かでなければならない。深刻な悩みを抱えている人間からすると、「この本がお勧めです」と言われても、その本の内容以上にセラピストへの信頼がなければ素直に受け止めることはできないだろう。
本作の主人公ヴィンチェも、まさにその点で苦労する。確かに小説や読書に対する蓄積はあるし、平凡ではない半生も送っているのだが、決して何かを成し遂げているわけではないので、全般的に弱腰である。相手の真剣さに気圧されて、間違った発言をしてしまうこともある。
正直、あまりカウンセラーやセラピストに向いているタイプにも思えないのだが、だからこそクライアントとの衝突があり、そこに物語が生まれる。主人公はクライアントの悩みにどう対応するのか、困難な局面でなおかつ薦めようとする本は何か、その本にどんな力が秘められているのか、本好きなら気にならないわけがない。
本書の面白さ、興味はまさにそこにある。
ただ、惜しいかな、全体ににあっさり流しすぎたかなという印象。クライアントは基本的に一回しか訪れておらず、セラピー後にどう変化があったのか、その後がまったく触れられていない。相談者は本をどう読んだのか? セラピーの成否は? そういう部分を描かないのは明らかに物足りない。正直、著者が答えを逃げている感すらある。
また、婦人の失踪事件を絡めることにも疑問が残った。事件と読書という行為に密接な結びつきがあるのはもちろんだし、主人公だから辿り着けた真相ではあるのだが、そもそもがある有名作品にインスパイアされたネタであり、そこまでのミステリ的驚きはない。また、この解決に至るにしても、読書セラピストとしてイマイチだから説得力にもやや乏しい。
本作は長編ではあるが、いろいろなクライアントがやってきて相談する話が連作短編のように展開し、途中からそれと失踪事件が並行する形をとる。ところがあえて並行して語るほどのボリュームがなく、そこまで効果的とは思えない。むしろ失踪事件もクライアントの一エピソードとして、普通に盛り込んだ方がよかったのではないか。
読書セラピストという題材は魅力的だし、今のままでもまずまず面白いので、むしろ読書セラピストの物語をもっともっと掘り下げる方がより素晴らしい小説になるのではないだろうか。
本日の読了本、ファビオ・スタッシの『読書セラピスト』もそんな一冊で、「読書セラピスト」というワードがストレートすぎ、しかもイタリア人作家だからあまりピンとくるものがなくて、それきり買わないつもりだった。ところが先日、店頭で見かけると、本の佇まいになんとなく惹かれ、「シェルバネンコ賞受賞のビブリオ・ミステリ」という惹句に唆されて結局買ってしまった(苦笑)。
まずはストーリー。元国語教師のヴィンチェ・コルソはマンションの一室で読書セラピーを開業した。さまざまな悩みを抱える人たちに文学作品を処方し、読書による療法を行うというものだが、なかなか軌道には乗らなかった。
そんなある日のこと。同じマンションのの階下で暮らす女性が失踪し、状況証拠から夫が疑われる。ヴィンチェは彼女が読んでいた本のリストを入手し、それをヒントに真相を探り出そうとするが……。

ちょっと本筋とは関係ないのだが、この読書セラピストという仕事が、小説上のネタではなく、実際にあるとは知らなかった。国によっては職業として公認されているどころか、国家資格だったりするところもあるという。
ただ、表面的は簡単そうだが、まともにやると大変難しい仕事だろうとは容易に想像がつく。心の問題を本だけで解決するというのは、相当な知識の蓄積が必要だろうし、人生経験や見識も豊かでなければならない。深刻な悩みを抱えている人間からすると、「この本がお勧めです」と言われても、その本の内容以上にセラピストへの信頼がなければ素直に受け止めることはできないだろう。
本作の主人公ヴィンチェも、まさにその点で苦労する。確かに小説や読書に対する蓄積はあるし、平凡ではない半生も送っているのだが、決して何かを成し遂げているわけではないので、全般的に弱腰である。相手の真剣さに気圧されて、間違った発言をしてしまうこともある。
正直、あまりカウンセラーやセラピストに向いているタイプにも思えないのだが、だからこそクライアントとの衝突があり、そこに物語が生まれる。主人公はクライアントの悩みにどう対応するのか、困難な局面でなおかつ薦めようとする本は何か、その本にどんな力が秘められているのか、本好きなら気にならないわけがない。
本書の面白さ、興味はまさにそこにある。
ただ、惜しいかな、全体ににあっさり流しすぎたかなという印象。クライアントは基本的に一回しか訪れておらず、セラピー後にどう変化があったのか、その後がまったく触れられていない。相談者は本をどう読んだのか? セラピーの成否は? そういう部分を描かないのは明らかに物足りない。正直、著者が答えを逃げている感すらある。
また、婦人の失踪事件を絡めることにも疑問が残った。事件と読書という行為に密接な結びつきがあるのはもちろんだし、主人公だから辿り着けた真相ではあるのだが、そもそもがある有名作品にインスパイアされたネタであり、そこまでのミステリ的驚きはない。また、この解決に至るにしても、読書セラピストとしてイマイチだから説得力にもやや乏しい。
本作は長編ではあるが、いろいろなクライアントがやってきて相談する話が連作短編のように展開し、途中からそれと失踪事件が並行する形をとる。ところがあえて並行して語るほどのボリュームがなく、そこまで効果的とは思えない。むしろ失踪事件もクライアントの一エピソードとして、普通に盛り込んだ方がよかったのではないか。
読書セラピストという題材は魅力的だし、今のままでもまずまず面白いので、むしろ読書セラピストの物語をもっともっと掘り下げる方がより素晴らしい小説になるのではないだろうか。