引っ越し関係が山を越えて、その間停滞していた読書を取り戻そうと七月ぐらいからハイペースで読んでいるのだが、今度は感想を書くのが追いつかなくなってきた。なるべく印象の強いうち、リアルタイムで読後すぐに感想を書くようにはしているのだが、最近はもう全然ダメ。まあ、期間を少し開けることで、冷静に感想を書けるというメリットもあるのだが、それよりも内容を忘れるリスクの方が大きくて(笑)。
そんなこんなで本日はエマ・ストーネクスの『光を灯す男たち』である。新潮クレスト・ブックスからの一冊で、まったく知らない作家であったが、三人の灯台守が忽然と姿を消すという実際に起きた事件をヒントに書かれたということで気になっていた作品。帯には「文芸ミステリー」という惹句もあるが、そもそも新潮クレスト・ブックスだから「ミステリー」という部分はあまり鵜呑みにせず、あくまで普通の小説として読み始めた。
英国はコーンウォールの最西端、ランズエンド岬の沖合にメイデンロック灯台があった。海難事故の多いその荒れた海域を守る灯台には補給船も二週間に一度しかやってこず、世の中と隔絶された灯台である。そのメイデンロック灯台では三名の人間が常駐していた。難しい仕事ではなかったが、狭い灯台で長い期間を三名で過ごさなければならず、そのための適性は必要だったし、駐在員は定期的に交代が行われていた。
そして1972年の冬、いつもと同じように交代の駐在員を乗せた船がメイデンロック灯台にやってきた。ところが灯台は中から施錠され、中に入ってみると、つい先ほどまで食事をしていたかのような状態のまま、三人の駐在員の姿だけが消えていた。
それから二十年が過ぎたとき、冒険小説で知られるベストセラー作家が事件の謎を解こうと、残された家族にインタビューを開始したが……。

忽然と人が消えたという事件ですぐに思い浮かぶのが、有名なメアリー・セレスト号事件。あちらは船の話なので、本作はその灯台版。当時いったい何が起こったのか、確かにこのテーマ自体はミステリにもなりうるし、幻想怪奇小説にもなりうる。
しかし、新潮クレスト・ブックで出たことからもわかるように、本書のメインテーマは人間消失の謎ではなく、消失するに至った灯台守たちのドラマとその内面を描くことにあり、さらには残された妻三人の物語でもある。
ストーリーは1972年の三人の灯台守たちのパート、その二十年後の妻たちのパートが並行して展開し、さらにはそれぞれのパートが三人の灯台守、三人の妻たちの視点によって交互に描かれる。章題で誰のパートかはわかるようになっているが、同じエピソードでも視点が変わることで意味合いも変わるし、ミステリではお馴染みの手法だ。とはいえ、こちらは叙述トリックのようなものではなく、あくまで物事の多面性を強調する効果を狙ってのことだろう。
ただ、これだけなら凝った構成で終わるところだが、パートによっては回想であったり、インタビュー形式であったり、人称が変わったり、さらには幻想らしきシーンが入り混じるため、なかなか侮れない。平易な文章ではあるけれども、しっかり読み進めないと混乱は必至。
ややもすると構成がまとまっていない印象も受けるが、実はこの混沌とした状況こそおそらく著者が意図するところなのだろう。灯台のある荒れた海の状況、登場人物の澱んだ人生ともリンクし、すべてが重く暗い雰囲気に包まれている。ベタではあるが実に効果的だ。
そして何より効果的なのは、彼ら灯台守の仕事が光を灯すことなのに、自らの人生においては光を見つけられないでいることだ。物語の終盤ではそれぞれが答えを見出そうとしているようにも思われるが、結局、光を見失ってしまう。非常に切なく、読みごたえのある物語である。
ちょっと意外だったのが、灯台守消失の謎について、きっちりとした答えを出していること。てっきりうやむやにするパターンだと思っていたので、こういうところは好感が持てる。
その一方で、ある重要な登場人物についての記述が非常に曖昧にされており、実はこのキャラクターの意味合いだけが正直、咀嚼しきれていない。また、作家の存在についてもやや扱いが中途半端な感じだったのが惜しまれる。
ということで引っかかる部分もいくつかあるのだけれど、個人的にはトータルでこの世界観にどっぷりと没入できて楽しめる一冊であった。諄いようだがミステリっぽい設定ではあるけれど、肝はあくまで別のところにあるので注意されたい。
ちなみに本作のモデルになった事件も検索するといろいろ読むことができる。こちらの真相も諸説あるけれど、一番手のネタがけっこう本作に近いので、本作を読む予定の人は先にネタ元を読まないようご注意を。