笹沢左保の短篇集『アリバイ奪取 笹沢左保ミステリ短篇選』を読む。笹沢左保は長編のみならず短編も数多く書いてきた作家で、短篇集だけでも百冊以上の著書があるという。本作はそんな短篇集から初期の傑作をセレクトしてまとめたもの。最近、マニアックなミステリ短編集を出している中公文庫、しかも編者は日下三蔵氏ということで、期待できる陣容である。
まずは収録作。
「伝言」
「殺してやりたい」
「十五年は長すぎる」
「お嫁にゆけない」
「第三の被害者」
「不安な証言」
「鏡のない部屋」
「アリバイ奪取」

主に六十年代初めに発表された作品が中心で、そのほとんどが労働者階級を主人公にしている。描かれているのは彼らの日常における金銭や愛欲に絡むトラブルだ。笹沢作品は長篇短篇かかわらず、この手の設定が多いけれども、これらは当時流行していた社会派の影響もあるだろうし、掲載された大衆誌などの要望もあるだろうが、そもそも著者がリアリティを重視した証というのが大きいだろう。
ただ、素材は似ていても、本格風からサスペンスまでアプローチはいろいろと工夫しているし、また短篇とはいえ長めのものが多く、物語は意外に濃い口。そういうところもミステリファンだけでなく広く読まれた理由ではないだろうか。個人的にはこの頃の男女の物語に火サス以上のドロドロ感が感じられ、これもまた昭和ミステリの味であろう。
初期傑作選だから当然ハズレもなく、どの作品も安心して読めるが、強いて好みを挙げると……文字どおり伝言の面白さがキモの「伝言」、クリスティの名作と日本の童話を連想させる怪作「お嫁にゆけない」、法定もののサスペンスが味わえる「不安な証言」、構成の妙が光る「アリバイ奪取」あたり。
解説によると、今後は違うテーマでの短篇集も予定されているということなので、ぜひ期待したい。