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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 12 2022

極私的ベストテン2022

 今年最後の記事は、毎年恒例の「極私的ベストテン」。管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶという企画である。
 今年の個人的な印象としては、海外の新刊ミステリに収穫が多かったことか。某誌のベストテン企画(海外部門)に投票することになったため、ちょっと意識的に数をこなしたことも影響したのだろう。ただ、それにしても今年は海外ミステリに傑作が多くて、おかげで例年ならベストテンに入れてもいいと思えるぐらいの作品がかなり漏れてしまう結果になった。某誌のベストテン企画なんて、投票者はそもそも五冊しかセレクトできないため、まあ、選ぶのが辛かったこと。
 その反動で古い作品を読み潰していくことがあまりできなかったが、まあ新刊で古い作品も出ているから、それはそれでいいのか。

 それはともかく、2022年の「極私的ベストテン」の発表です。

 極私的ベストテン2022

1位 エルヴェ・ル・テリエ『異常 アノマリー』(早川書房)
2位 ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(集英社文庫)
3位 塚本邦雄『十二神将変』(河出文庫)
4位 スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(文藝春秋)
5位 ロス・マクドナルド『ドルの向こう側』(ハヤカワ文庫)
6位 葉山嘉樹『葉山嘉樹短篇集』(岩波文庫)
7位 タナ・フレンチ『捜索者』(ハヤカワ文庫)
8位 リイ・ブラケット『非情の裁き』(扶桑社ミステリー)
9位 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社)
10位 エリー・グリフィス『窓辺の愛書家』(創元推理文庫)

 先に書いたように、今年は新刊にいいものが多くて、ベストテン選びにむちゃくちゃ悩んでしまった。ただ、実はトップ5に関してはすぐに決まった。順位はその時の気分で変わるかもしれないけれど、個人的にこの上位五冊は別格であった。
 その1位には『異常 アノマリー』。各誌のベストテンでは十位前後という結果が多くて、思いのほか低かったのは残念だが、これは純粋なミステリではなかったことが原因と信じたい。人が自身の存在意義、存在価値を突き付けられるとはどいういうことなのか、それを喩えなのではなく、目の前にある現実的な問題として描いた作品。オリジナリティーは抜群で、とにかく先入観抜きで読みたい驚愕のストーリーである。

 2位の『ポピーのためにできること』は、全編をメールやウェブの記事などで構成しつつ本格に仕立て上げた実験的ミステリ。それを成立させるだけでも見事だが、加えて中身は伝統的な英国の田園ミステリにまとめており、その技術に驚かされた。

 3位の『十二神将変』はペダンティズムに溢れた現代の奇書ミステリ。ともするとその幻惑的ななイメージばかりが注目されるが、その奥はドロドロした人間の業で満たされている。これまで未読だったことが恥ずかしい。

 4位には『名探偵と海の悪魔』を入れた。評判になった『イヴリン嬢は七回殺される』の作者による作品だが、個人的には『名探偵と海の悪魔』の方がずっといい。海洋冒険ものに怪奇小説をブレンドし、本格で割ったような作品であり、ベタな言い方をすれば「パイレーツ・オブ・カリビアン」で本格探偵小説をやっている感じ(笑)。これぞエンタメの極致だ。

 ロスマク読破計画はなかなか進まず、今年は二冊消化。そのうちの『ドルの向こう側』を5位に。ロスマクはもうハードボイルドとかミステリとか意識せず、単にアメリカの優れた文学小説として読んでいる。

 6位には『葉山嘉樹短篇集』。こちらは本当に純文学畑、しかもプロレタリアート文学の作家だが、やはり優れた小説はミステリとかSFとか怪奇小説とか、そんなジャンル性を超えてくるのだということを教えてくれる。収録作すべてがそういう作品というわけではないけれど、いくつかの短編は間違いなくその域である。

 『捜索者』は各誌のランキングで上位に来るかと思っていたら、予想以上に振るわず残念。非常に静的なハードボイルドといった趣で、こういうのはランキング遊びでは不利なタイプだとは思うのだが、それにしてもこれが評価されないとはがっかりである。仕方ないので極私的ランキングではちょっと下駄を履かせて7位で。

 扶桑社ミステリーはいろいろと独自路線でクラシックを出してくれるのがありがたい。8位の『非情の裁き』はB級ハードボイルドではあるが、その質は極めて高く、積ん読にしておいたのが申し訳ないぐらいの傑作だった。

 淡々とした、その実濃密な、引き込まれる語り口が心地よいマリー・ルイーゼ・カシュニッツの『その昔、N市では』。こちらもそこまで評判にならなかったのが惜しまれるけれど、意外と万人向けの幻想小説だと思う。

 10位には『窓辺の愛書家』が滑り込み。キャラクターもストーリーも巧みで、謎解きはそこまで重視していないのが玉に瑕だが、エンターテインメントとしてのフックも十分で、バランス感覚のよさが見事。このシリーズ以外の作品もけっこうあるが(未訳)、どの程度のレベルなのか気になるところだ。


 とりあえずベストテンは以上だが、今年は選に漏れた作品でも面白いものが山ほどあるので、そんな作品も少し並べておこう。読書のお供として少しでも参考にしていただければ幸いである。

ディーパ・アーナパーラ『ブート・バザールの少年探偵』(ハヤカワ文庫)
アーナルデュル・インドリダソン『印』(東京創元社)
クリス・ウィタカー『われら闇より天を見る』(早川書房)
ジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』(ハヤカワ文庫)
S・A・コスビー『黒き荒野の果て』(ハーパーBOOKS)
マイクル・コナリー『潔白の法則 リンカーン弁護士(上・下)』
ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』(創元推理文庫)
アントン・チェーホフ『狩場の悲劇』(中公文庫)
レオ・ブルース『死者の靴』(ROM叢書)
レオ・ブルース『レオ・ブルース短編全集』(扶桑社ミステリー)
アレックス・ベール『狼たちの宴』(扶桑社ミステリー)
ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』(新潮文庫)
ライオネル・ホワイト『気狂いピエロ』(新潮文庫)
アントニー・マン『フランクを始末するには』(創元推理文庫)
マイクル・Z・リューイン『カッティングルース(上・下))』(理論社)
モーリス・ルヴェル『地獄の門』(白水Uブックス)
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(扶桑社ミステリー)
ジョン・ロード『デイヴィッドスン事件』(論創海外ミステリ)
小沼丹『小沼丹推理短篇集 古い画の家』(中公文庫)
笹沢左保『暗鬼の旅路(暗い傾斜)』(徳間文庫)
橘外男『橘外男日本怪談集 蒲団』(中公文庫)
都筑道夫『猫の舌に釘をうて』(徳間文庫)
野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』(中公文庫)
藤井礼子『藤井礼子探偵小説選』(論創ミステリ叢書)


 そしてノンフィクション、エッセイ、評論系のお気に入り。今年はあまり読めなかったけれど、以下のものはどれも堪能した。

オール讀物/編『西村京太郎の推理世界』(文藝春秋)

風間賢二『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮選書)
戸川安宣『ぼくのミステリ・コンパス』(亀鳴屋)
松坂健『海外ミステリ作家スケッチノート』(盛林堂ミステリアス文庫)
松坂健『健さんのミステリアス・イベント体験記』(盛林堂ミステリアス文庫)
森咲郭公鳥、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人『Murder, She Drew Extra: Carr Graphic Vol.1 The Dawn of Miracles』(饒舌な中年たち)


 以上、今年の極私的ランキングでありました。
 今年一年を振り返ると、世の中的には海外、国内ともろくなニュースがなく、日本の行く末は不安でしかない。その一方で個人的には引っ越しを済ませ、これが恐ろしいくらい大変だったけれど、その甲斐あって満足いく読書環境が構築でき、面白い本ともけっこう出会えたわけで、そう考えるとむしろ良き一年ではありました。
 というわけで今年もご訪問いただいた皆様に感謝しつつ、「探偵小説三昧」営業終了といたします。来年もどうぞよろしくお願いいたします。では皆様、良いお年を。

小沼丹『小沼丹推理短篇集 古い画の家』(中公文庫)

 小沼丹は純文学畑の作家だがミステリもそれなりに残している。ミステリファンにはニシ・アズマ先生の活躍をまとめた『黒いハンカチ』が知られているが、本書では乱歩に依頼されて書いた表題作をはじめ、ノンシリーズの初期作品が収録されている。
 ベースとなったのは過去に彌生書房で企画されながら、結局刊行はされなかった短篇集で、その実現が第一にあったようだ。また、ラストの「海辺の墓地」、「花束」はこれまで全集・単行本には未収録の作品ということで、一応は本書の目玉作品というところだろう。

 古い画の家

「古い画の家」
「手紙の男」
「クレオパトラの涙」
「ミチザネ東京に行く」
「二人の男」
「奇妙な監視人」
「赤と黒と白」
「王様」
「リャン王の明察」
「海辺の墓地」
「花束」

 収録作は以上。著者の作品については前述の『黒いハンカチ』を読んだぐらいだが、大きな印象はあまり変わらない。形としてはミステリではあるのだが、ロジックやサスペンスといったミステリ的な興味より、ユーモアやペーソスといった雰囲気を楽しむ方が上回っており、ミステリの読後感とはやはり別物かなという感じである。
 ただし、だからと言って作品が物足りないわけではなく、むしろ満足度はけっこう高い。その大きな理由に文章の味わいがある。文章そのものはユーモラスというわけではないのだが、どことなく惚けた味わいがあり、そのくせなかなかの情報量があって、人の心の微妙な浮き沈みを感じさせてくれる。一見サラッとした感じの文章なのだが実はそれが出汁のようにジワッと沁みてくるのである。ストーリーも文章に呼応するかのように、激しい展開はなく、いわゆる日常の謎的なものがメインでだ。
 ミステリとしての興味、ユーモアやペーソスによる味わい。この二つがちょうどよい按配でバランスを保ち、独自の世界を作っているといえるだろう。

 以下、印象に残った作品の感想を少し。
 ミステリ的興味とユーモアやペーソスがいいバランスを保つと書いたものの、表題作の「古い画の家」だけはサスペンスが勝っている一作で幻想味も強く、本書中のベストを争う。都会の少年が田舎で魅入られた洋館のイメージ、そして、その洋館で繰り広げられた事件の妙が素晴らしい。
 「手紙の男」はお気楽な主人公が、何者かに脅迫されている親友を救う物語。きちんとしたミステリになる要素は十分あるのだが、構成や語り口がむしろミステリから遠ざけているようで、小沼丹の方向性として、さほどミステリを向いていないことが実感できる。
 「クレオパトラの涙」はかなりミステリに寄せて書かれたような作品で、別人に間違われた高価なネックレスを渡された主人公の顛末を描く。
 「ミチザネ東京に行く」は、就職で上京した主人公が、ひょんなことからヤクザものに利用されてしまう物語。もうミステリでも何でもないが、もしかすると小沼丹流の犯罪小説と読めないことはない。主人公も含めキャラクターの造形が秀逸で、これも本書中のベストを争える面白い一作。
 「王様」と「リャン王の明察」は南国を舞台にした異色作。他の作品とは反対に、ミステリを強く意識したないようだが、世界観はともかくミステリとしては厳しい。
 「海辺の墓地」は友人の墓を訪れる主人公が、そこで友人の元恋人に出会う。ところが彼女が意外な言葉を口にして……という一席。これから始まる何かの物語の序章のような作品で引き込まれる。
 「花束」は“大寺さんもの”の試験的作品で非ミステリ。これまで“大寺さんもの”ものを読んでいないので正直なんともいえないが、“大寺さんもの”を読んでみたい気持ちにはなった。

 ということでミステリ的な評価はともかくとして、基本的にはなかなか心地よい短篇集。年末年始にほっこりしたい人にはおすすめである。


江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 戦後編 III 「サーカスの怪人」「妖人ゴング」』(集英社文庫)

 名探偵・明智小五郎が登場する小説を、物語の発生順にまとめた〈明智小五郎事件簿〉シリーズ。その戦後編の三冊目、『明智小五郎事件簿 戦後編 III 「サーカスの怪人」「妖人ゴング」』を読む。
 収録作は題名どおり少年探偵団ものの「サーカスの怪人」と「妖人ゴング」の二長篇を収録。個人的にはどちらも再読だが、読んだのはなんと小学生のとき以来となる。

 明智小五郎事件簿 戦後編 III

 「サーカスの怪人」は「グランド=サーカス」を舞台に暗躍する謎の骸骨紳士が登場する。怪人のレベルとしてはそこまで突飛なものではないが、執拗なほど骸骨紳士が人々を驚かすエピソードが続くのが印象的。アクションシーンも空中ブランコや象、熊など、サーカスのアイテムを活用して面白い。
 ただ、本作の肝はそれよりも、二十面相のある秘密が明らかになること、そして無茶苦茶なメイントリックにあるだろう。前者は有名なネタだからともかくとして、問題は後者。いくら何でもやりすぎであり、当時の子供だってちょっと呆れたり怒ったりしたのではないか(苦笑)。まあ、そういうところも含めて読み応えはある。

 「妖人ゴング」は「サーカスの怪人」に比べるとかなり落ちる。「妖人ゴング」というギミックが時代を考慮してもかなり弱いことがまずあるけれど、それよりも小林少年や怪人二十面相が窮地に陥った際の描写がけっこうエグく(もちろん少年探偵団ものにしては、だけど)、そちらばかりが気になってしまった。
 また、物語の冒頭で、新しくマユミという少女が探偵団に加わるシーンがあるけれど、年齢を考えてもその後の行動をみても、とても探偵団向きではない。おまけに探偵団の子供たちがのっけから意味なく「女王様ばんざーーい」とやってくれるので、どうにもヒロイン像の造形に失敗したとしか思えない。この時期の乱歩はどうにかしていたのだろう(笑)。

 とりあえず、これで「明智小五郎事件簿」もとうとう残り一冊となった。ラストはいつにするかな。


横田順彌『平成古書奇談』(ちくま文庫)

 横田順彌の『平成古書奇談』を読む。著者の評論やエッセイはの類は少し読んでいるが、小説の方はそこまでい読者ではない。今回は自身の趣味であった古書がネタということもあり、気になって読んでみた次第。まずは収録作。

「第一話 あやめ日記」     
「第二話 総長の伝記」    
「第三話 挟まれた写真」  
「第四話 サングラスの男」
「第五話 おふくろの味」
「第六話 老登山家の蔵書」
「第七話 消えた『霧隠才蔵』」
「第八話 ふたつの不運」
「最終回 大逆転!!」

 平成古書奇談

 主人公はフリーライターをしながら作家を目指している25歳の青年・馬場浩一。そして馬場青年が出入りしている小さな古本屋・野沢書店の主・野沢勝利とその娘の玲子。この三人が古本にまつわる奇妙な事件に遭遇するという連作短篇集だ。
 読んでみると、これがいろいろと予想外の作品だった。まず全体のテイストが古本業界を舞台にしている割には妙に明るく、ほのぼのとしている(苦笑)。そもそも古書業界は圧倒的に高齢男性が多い印象で、最近でこそインターネットのおかげか何となく開かれてきた感じもあるけれど、一昔前の古書関係のエッセイなどを読んでも、だいたいが変人だらけで暗いイメージでとっつきの悪い印象しかない。だからこそ、なのだろうが、著者は主人公の三人を皆好感の持てる柔らかなキャラクターに仕立て、そのやりとりも実に微笑ましい。

 そして、そんな彼らが巻き込まれる事件は、なぜか本に関する奇妙なものばかりである。
 と書けば、なんせ題名が題名だからまあそうだろうねとは思うのだが、本作においてはそれがジャンルを超越しているから面白い。導入はいろいろあるけれど、その顛末がミステリであったり、ファンタジーであったり、ホラーであったり、どう転ぶかわからないのである。
 しかもきっちりと決着をつけない事件も多く、そのあやふやな感じがミステリ好きには時にイラッとくることもあるのだけれど(苦笑)、先ほども書いたようにほのぼのとしたキャラクターたちによって展開されるため、どれも滑らかで口当たりがよく、決着をつけることが野暮に思えるから不思議だ。時には非常に刺激的なホラーもあったりするのだけれど、そういう作品の方がむしろ化学反応を起こして面白い話になっている感じがする。特に「おふくろの味」なんて最高である。

 解説によると、本作は雑誌連載のまま眠っていた作品とのことで、よくぞまとめてくれたものである。ちくま文庫と編者に感謝。そしてもちろん著者に。


橘外男『橘外男日本怪談集 蒲団』(中公文庫)

 『橘外男日本怪談集 蒲団』を読む。バラエティに富む作風の橘外男だが、あえて看板をいえば幻想怪奇小説か。中でも海外を舞台にした秘境伝奇系は非常にインパクトの強い作品が多いけれども、その一方で日本を舞台にした、オーソドックスな怪談風の物語も印象に残る。
 本書は後者の代表作をまとめた怪談集ということで、さすがにに既読の作品が多いけれども、これから橘外男を読もうという人にとっては実におすすめの作品集となっている。

 橘外男日本怪談集蒲団

「蒲団」
「棚田裁判長の怪死」
「棺前結婚」
「生不動」
「逗子物語」
「雨傘の女」
「帰らぬ子」

 収録作は以上。久々に橘外男の怪談をまとめて読んだけれど、やはり凄い。内容そのものは本当にオーソドックスな怪談なのだけれど、とにかく語りが素晴らしい。海外の秘境伝奇ものなどを書くときの、あの熱にうなされたような特徴的な文体ではなく、むしろそういう熱量をできるかぎり押し殺した、静謐ささえ感じさせる語りである。合理的な説明などほとんどない、つかみどころのない話だからこそ、そういう静かな語りの方が、逆に怖さを倍増させるのだろう。

 以下、作品ごとのコメントなど。
 巻頭の「蒲団」は久しぶりに読んだがやはりは絶品。縮緬蒲団を仕入れたその日から始まった古着屋の凶事。絵に描いたようなオーソドックスな怪談で、すぐに蒲団との因果関係がわからないところがミソ。ごく普通の古着屋一家がゆっくりゆっくりと呪いに侵食されてゆく様は実に怖い。

 「棚田裁判長の怪死」は初読。旧家にかつて起こった凄惨な事件が子孫の代に祟る物語。「蒲団」同様に、呪われる当人たちには何の責任もないことがポイントで、そういう理不尽さもまた日本の怪談の特徴だろう。なぜか屋敷の見取り図が入っており、題名とあわせて妙に本格っぽい仕立てである。

 「棺前結婚」も有名な作品だ。気弱な青年医師のもとに嫁いだ花嫁が、姑に気に入られず、策略のものに離縁され、挙句に肺病で死んでしまう。姑の仕業に気付かぬ青年医師だったが、やがて花嫁の気配が日常に感じられるようになり、ついにはそれを決定づける鉄道事故が発生して……。先の二篇とは異なり、どちらかというとストーリーで読ませる美しくも悲しい物語である。また、鉄道事故とその後に続く棺前結婚のシーンは、鮮烈なイメージとして残る。

 「生不動」は本書中ではやや毛色が違って、怖さはあるが怪談ではない。その怖さも珍しくストレートなもので、まさに「生不動」というイメージありきの作品と言っていいだろう。

 著者の怪談といえばまず上がるのは表題作の「蒲団」か、この「逗子物語」。妻を亡くして逗子に逗留していた主人公は、荒れ寺の墓地で少年とその召使と思しき三人組と出会う。ところが村の人間の話では、すでに亡くなった人ではないかという……。個人的には本作が橘怪談ではもっとも好み。ストーリー、語り、絵のイメージすべてが渾然一体となった怖くも美しい作品である。解説によると、橘外男の早世した最初の妻が逗子で療養していたらしく、それを知った上で読むと余計に物悲しいものを感じてしまう。

 「雨傘の女」もオーソドックスな怪談話だが悪くない。。死者が死にきれない状況、残した者への未練など、こういうテーマは数多いが、橘外男が描けばここまで怖くできるのだという見本のような作品。

 「帰らぬ子」は、実際に幼い我が子を亡くしている橘外男が、その体験をもとに描いたと思われる話。前半では七歳で病死する子供・恵と主人公夫妻の交流が描かれるが、それから二十年後、主人公は家の決まった場所で恵の気配を感じるようになる……。なぜ今頃になって恵の気配を感じるようになったのかも興味深いが、何といっても前半の恵との暮らしぶりが切なく、思わず目頭が熱くなった。


松坂健『健さんのミステリアス・イベント体験記』(盛林堂ミステリアス文庫)

 ミステリ研究家・松坂健氏の業績をまとめた著書の第二弾『健さんのミステリアス・イベント体験記』が出た。今年六月には初の著書『海外ミステリ作家スケッチノート』が出たばかりで、そちらも非常に読み応えのあるミステリガイドだったが、今回もまた素晴らしい。

 健さんのミステリアス・イベント体験記

 本作はただのミステリのガイドブックではない。なんとミステリ関係のイベントに参加した体験レポート・エッセイなのである。ミステリ系の展示会から観劇、落語、文学フリマ、講演会、出版記念パーティーなどなど、ミステリ関連のイベントは意外なほど多く、ネタも実に幅広い。著者はそれらを実際に見て歩いて体験し、それを豊富なミステリ知識で味付けして記録した。これが滅法面白い。なかには自分も参加したものもけっこうあって、なるほど松坂氏はそういう目でこれらのイベントを眺めていたのかと、参考になるところも多い。
 とにかく今までありそうでなかった一冊で、ミステリ関係のエッセイとしても楽しめるが、何よりミステリの関連資料として今後はかなり重宝されるのではないか。
 考えると従来に比べるとファン活動や同人活動は、以前よりはるかに容易で活発になってきている。プロにしてもビジネスチャンスは広がっており、こういうイベントの類はますます人気を集めるだろう。ただ、それを点として終わらせるのではなく、できれば推理作家協会などがきちんとイベント情報を収集し、記録として残し、自らもいろいろなイベントを企画してほしいものだ。今後のミステリの隆盛のためには、是非とも必要なことだと思う。

 なお、情報量も多く読み応えのある本ではあるが、写真の類が皆無なのは非常に残念だった。おそらく権利関係やページ数などとの兼ね合いがあったのだろうが、資料性を求められるこの手の本で、図版が一切ないというのはあまりにもったいない。
 本書の資料性については、巻末のリストも大変有効なだけに、それが余計に惜しまれるのである。もし改訂版など作る機会があれば、ぜひ検討してもらいたいところである。

 ところで本書に触発されて、当ブログでもカテゴリーに「ミステリアス・イベント」を追加することにした。これまでは主に「雑記」として記録しており、やはり埋もれてしまうことがほとんどなので、これを機に独立させて少しでも参考になればと思う次第である(厳密にはミステリと関係ないものもあるけれど、そこはご愛嬌ということで)。

マイクル・コナリー『潔白の法則 リンカーン弁護士(下)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『潔白の法則 リンカーン弁護士(下)』を読む。
 殺人容疑で逮捕されたリンカーン弁護士ミッキー・ハラーは、ハリー・ボッシュやチームの面々、そして別れた妻たちの援護もあり、保釈を勝ち取り、着々と訴訟の準備を進めてゆく。しかし検察側の攻撃は容赦なく、ハラーは再逮捕されたばかりか拘置中に命を狙われ……。

 潔白の法則(下)

 とりあえず満足。個人的には最近のコナリーの作品では、ボッシュものよりリンカーン弁護士の方が面白いような気がする。なんというかボッシュものの興味というのは、やはり優れたハードボイルドという点にあり、ボッシュの生き様に惹かれて読んでいるところが大きい。一方で、リンカーン弁護士ものはリーガルミステリとしての興味であり、そこには法律をゲームのルールとして捉えて勝ち負けを競う、言ってみれば単純にエンターテインメントとして楽しめる。どちらが上か下かは関係なく、そういう異なるタイプの作品をコナリーは書き分けていたように思うのだ。
 ただ、ボッシュものにおいては、ボッシュ個人の心の問題が社会悪とリンクすることで非常に濃い読み物になっていたのが、ボッシュがそれを解決したことで、以前ほどの熱量がなくなってしまった。コナリーの腕があるから、相変わらずどれも面白く読めるけれど、ボッシュものとしての必要性が薄れているというべきか。
 かたやリンカーン弁護士はそういう縛りに囚われないエンターテインメントなので、そういう不満はあまり感じられない。むしろコナリーが各シリーズを共通の世界として書き進めるようになった現在、リーガルミステリではそういう共演や設定が容易だろうし、むしろますます楽しい読み物になっている印象なのだ。

 そういった最近の傾向を踏まえると、本作はリンカーン弁護士ものの集大成、あるいは新たなスタートともいうべき内容になっており、上出来といえるだろう。
 ポイントはいくつかあって、まずはミッキー・ハラー自身が逮捕されたことで、弁護士としての立ち位置に対し、心境の変化が現れる点。すなわち裁判で無罪を勝ちることが目的ではなく、無実を勝ち取る必要があると考えるところだ。法律的に罪に問われないということではなく、実際に殺人をやっていないことを証明する。これは本人の精神的な問題だけでなく、その後の人生も左右する大きな違いであり、本作のテーマにもなっている部分である。従来のハラーはこの点を蔑ろにしていたわけで、そこに気づきを与えた本事件以降、彼がどのように変わっていくのか、次作以降への興味も膨らんでくる。
 リーガルミステリとして、幾つもの法廷での見せ場を設けているのもさすが。ひと口にリーガルミステリといっても最近はバラエティに富んでいるが、個人的にはやはり法廷での弁護側&検察側の駆け引きが最大の魅力である。ちょっと専門的になりすぎて、たまに?ということもあるが、本作に関してはわかりやすいし、最後のハラーのギャンブルも現実的には怪しいところもあるのだろうが、読み物としては十分面白かった。

 ただ、注文もいくつか。チーム・リンカーン弁護士のメンバー、調査員のシスコやパートナーのジェニファー、異母兄のもと刑事ボッシュらが前半で活躍するのはいいのだが、後半は元妻で検事のマギーが前面に出てしまい、彼らの影がすっかり薄くなってしまうことだ。特にボッシュはどうしちゃったのというぐらい存在が消えてしまった。役どころが裁判が始まる前の調査になるのは仕方ないが、それにしても、というぐらい印象が薄い。
 また、事件の決着が結局政治的なところに落ち着くのも若干、消化不良である。これはこれでハッピーエンドではあるが、リーガルミステリならやはり裁判の流れの中で解決してほしい。この手は正直、どんな事件でも使えるので、個人的な気持ちとしては反則すれすれ。まあ、ハラーが最後に交渉することでそういう部分を解消している感じは受けるが、「明後日」の方から解決するというのは今後は避けてほしいところである。

 なお、本筋とは関係ないところでひとつ興味深かったのが、コロナに関する描写が散見されることだ。翻訳が原作の刊行にけっこう追いついてきたということでもあるのだけれど、それはともかくとして、今後シリーズ内でもコロナを踏まえた展開も考えられ、これは注目したいところだろう。


マイクル・コナリー『潔白の法則 リンカーン弁護士(上)』(講談社文庫)

 マイクル・コナリーの『潔白の法則 リンカーン弁護士』をとりあえず上巻まで。
 ボッシュと並ぶシリーズキャラクターのリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーものである。コナリーの作品も最近は年二回ほどのペースで出るし、シリーズキャラクターが他のシリーズでも顔を出したりするから、あまり意識しなかったのだけれど、考えるとハラーの主演はけっこう久しぶりだ。

 潔白の法則(上)

 勝訴祝いのパーティー帰りだったハラーは、パトカーに停止を命じられる。どうやら車のナンバーが紛失していたらしい。誰かの悪戯だと思ったハラーだが、トランクから血のようなものが滴っているのを警官が発見し、中からは射殺された死体が。しかもその銃弾がガレージで発見されたことから、ハラーは殺人容疑で逮捕され……。

 久しぶりにリンカーン弁護士との再会ではあるが、早々にハラーが逮捕されるという怒涛の幕開け。ところがハラーは誰かに弁護を依頼するのではなく、自ら弁護する本人訴訟に臨むことになる。さらにはハラーの危機に、ハリー・ボッシュはもちろん、かつての妻たちも駆けつける。
 ここまで派手な設定をやられてはもう期待しかない。それに応えるかのように、今回はストーリーも実にストレートで、とにかく力で押す印象である。詳しくは下巻の記事で。


坂口安吾「盗まれた一萬円」(『新潮』2023年1月号)

 先日の朝日新聞に掲載されて驚いたのが、坂口安吾の幻の探偵小説が見つかったという記事だ。
 なんでも週刊新聞「東京週報」の1933年10月15日号に掲載されたが、そのまま埋もれてしまい、これまで全集などにも収録されず、存在も知られないままだったという。
 タイトルは「盗まれた一萬円」。安吾がまだデビューまもない頃の作品であり、四百字詰め原稿用紙三十枚ほどの短編らしいが、完全な新資料ということで研究者界隈はざわざわ。ついでに探偵小説ファンもざわざわするわけで、これを読まない手はない。どうやらこれが今月の『新潮』に掲載されるというので、さっそく買って読んでみた次第。

 ちなみに近場の書店ではあっという間に売り切れたらしく、どこへ行っても見つからない。面倒なのでこの時点で十二冊在庫があったネット書店で滑り込みゲットしたのだが、いやあちょっと焦った。売れたとはいえ雑誌だから滅多なことでは重版しないだろうし、まことに油断は禁物である。

 盗まれた一萬円

 さて、「盗まれた一萬円」だがこんな話。旧家の主人を往診している若い医者が、いつものように診察を終え、しばらく家人と雑談を交わしているときのこと。主人が慌ててやってきて書斎に置いておいた一萬円がなくなったという。警察に届けようとする三太夫だが、盗んだのは間違いなく家の者しか考えられない。内輪の恥は晒せないと、結局、医者が探偵役として調査することになるが、今度は以前になくなった金剛石が見つかるという出来事が起こる……。

 『不連続殺人事件』を遡ること十年以上も前の作品になるのでそこまで期待はしなかったが、探偵小説として見ると、1933年という時代を考慮してもかなり厳しい(苦笑)。なんせ安吾がまだデビューまもない頃であるし、探偵小説をそこまで真剣には考えていなかったのだろう。
 ただ、着想として気になるところはいくつかある。本作は探偵役の医者の一人称で始まるが、ラストでは神の視点に変わるところ。友人からのツッコミがあったという体でユーモラスに区切りを入れているところ。関係なそさそうでありそうな二つの事件を発生させているところ。恋愛要素を大きな軸にしているところ、などなど。
 狙いは決して悪くない。こうして気になるところをピックアップするとそれなりに面白そうなのだが、この時点ではまだ安吾がきっちりと探偵小説に向き合っていないというか、いいアイデアがないまま無理やり終盤でまとめにいった感じだ。特に一萬円の謎はいただけないのだけれど、その一方で金剛石の謎は(予想しやすいものの)ドラマとしてはそれなりに面白い。
 安吾がどこまで探偵小説を意識して書いたかわからないが、正直まだまだ。だが、もしかすると既に従来の探偵小説の流れに反発し、あえて期待はずれの「一萬円の謎」を書いた可能性もないではない。この辺は研究者の方々の調査を待ちたいところである。


ジプシー・ローズ・リー『Gストリング殺人事件』(国書刊行会)

 国書刊行会からスタートした山口雅也氏監修によるシリーズ〈奇想天外の本棚〉。本日の読了本はその二冊目、ジプシー・ローズ・リーの『Gストリング殺人事件』である。
 いきなり横道にそれるけれど、〈奇想天外の本棚〉スタートにあたって国書がTwitterキャンペーンを行い、『九人の偽聖者の密室』の感想を呟いた人から九人(だったかな?)を選び、山口氏サイン入り『Gストリング殺人事件』をプレゼントした。管理人はそこで首尾よく九人に選ばれて本書をゲットしたのだが、その頃にはとっくに購入済みだったんだよなあ。まあサイン入りだからありがたく頂戴したけれど、どうせだったら当時まだ発売予定だった『死体狂躁曲』にしてくれるとよかったのに(苦笑)。

 それはともかく。『Gストリング殺人事件』だが、こんな話。
 ストリッパーのジプシー・ローズ・リーは、旧知の興行主モスに誘われ、ニューヨークのオールド・オペラ劇場に移籍した。一見、華やかな世界ながら、裏では踊り子同士のいがみあいや出演者同士の色恋沙汰など騒がしい毎日。ときには警察の手入れもある始末だ。そんなある日、楽屋で開かれたプチパーティの席上で、皆から嫌われていたラ・ヴェルヌの死体がGストリングを首に巻きつけた状態で発見される……。

 Gストリング殺人事件

 本作はアメリカン・バーレスク(ストリップやコメディを組み合わせた大衆向けのエンターテインメントショー)を舞台に、劇場スタッフやストリッパー、コメディアンらのドタバタ騒動を描いたユーモアミステリだ。著者のジプシー・ローズ・リーは実際にアメリカン・バーレスクで踊り子をしていたスターでもあり、本作はその経験を生かしたミステリなのである。
 しかし、彼女がクレイグ・ライスと親交のあったこと、作風がライスに似ていたこともあって、ミステリ界隈では長らくライスがジプシー・ローズ・リーのゴーストとして書いた作品だと言われてきた。ミステリ関連署でも普通にライスの別名義作品と記されていることがほとんどで、管理人もまったくそれを信じて疑わなかったのだが、どうやらそれは大きな間違いだったようだ。
 つまり本作は紛れもなくジプシー・ローズ・リーが自ら書いた作品であるらしい。このあたりは本書の解説に詳しいが、それを読むと確かに状況証拠は圧倒的にジプシー・ローズ・リーに有利である。決定的な証拠がないとはいえ、もともとジプシー・ローズ・リーの作品として発表されているのだし、今後は記述や認識を改めるべきだろうな。
 ちなみにジプシー・ローズ・リーの作品はもう一冊、本作の続編があって、論創海外ミステリから『ママ、死体を発見す』の題名で発売されている。こちらの解説でも、実はこの問題に触れており、ライスのゴースト説が怪しいことを認めつつライスの作品であってほしいと書かれている。ただ、当時はともかく今後はこちらもジプシー・ローズ・リーに変更すべきなんだろうね。拙ブログでもカテゴリーをリー(ジプシー・ローズ)に改めておこうと思う。

 中身についても一応触れておくと(笑)、ライス作品と信じられてきたほどなので出来は悪くない。それこそライス顔負けのドタバタをベースにしつつ、犯人当て小説としては十分なレベルである。もちろんガチの本格を期待するとちょっと違うのだけれど、真相が複雑な割にはストーリーに絡めてうまく着地しており、けっこう鮮やかな手並だ(こういうところがあるから余計ライスだと思われたんだろう)。
 クセのある登場人物が多いうえ、常にハイテンションなストーリーなので、前半は少しガチャガチャした印象があるけれど、何よりアメリカン・バーレスクという世界、ストリッパーをはじめとするショー関係者の様子をイキイキと描いた作品として、記憶に残る一冊といえるだろう。


ミステリベストテン比較2023年度版

 各誌のミステリベストテンが出揃ったので、例年のように結果をまとめてみた。『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」(以下「ミスマガ」)、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」(以下「文春」)、宝島社の『このミステリがすごい!』(以下「このミス」)の三誌の平均順位によるランキングである。基本ルールはこんなところである。

・各ランキング20位までを対象に平均順位を出したもの
・管理人の好みで海外部門のみ実施
・原書房の『本格ミステリ・ベスト10』はジャンルが本格のみなので対象外としている
・いち媒体のみのランクインはブレが大きくなるため除き、参考として記載した

2023年度ランキング比較

 今年は『われら闇より天を見る』によってようやくホロヴィッツの快進撃がストップしたものの、それでも二位は確保しているのに驚いた。先日の記事でも書いたが、ホロヴィッツの作品は別に嫌いではないし、むしろ面白く読んでいるが、過去の作品よりはだいぶ落ちる。しかも今年の海外ミステリはなかなか豊作でレベルも高い。『殺しへのライン』を超える作品は少なくないはずなのに、蓋を開ければこの結果である。確かに満遍なく人気を集めそうな作品だが、何より知名度が高いところで有利なのだろう。いい作品でも知名度がなくては多くの投票者に読んでもらえないだろうし、それでは最初から勝負にならんよなあ。
 まあ、ホロヴィッツにかぎらず、シリーズものや人気作家は初めから有利だし、それは昔からあることなんだが、近年はそれが鮮明になったということか。
 改善策はある。投票者が対象作品すべてを読んで投票すればいいだけなのだが、それはさすがに難しいだろう。であればノミネート作品を一次投票で二十作程度に絞り、決選投票する審査員はノミネート全作を読んでもらって投票というのが望ましい。確か翻訳ミステリー大賞がこれに近い形ではなかっただろうか。当然ながら手間は増えるが、それでも他所様の出版物で稼がせてもらっているのだから、それぐらいの貢献はしてもバチは当たらないと思うけど。

 さて、それ以外のところでは、まあまあ順当な作品が並んでいる感じだ。特に『ポピーのためにできること』、『名探偵と海の悪魔』は他の作品にない高いオリジナリティがあり、どちらも芯はパズラーという点が面白い。正直、どちらかが一位でもまったくおかしくないハイレベルの作品だろう。
 この二作にかぎらず全体的に謎解きもの、英国ものが強くなっている印象もある。特に『ロンドン・アイの謎』がベストテン入りしたのは大健闘だろう。良い作品ではあるが正直ベストテン入りは厳しいだろうと思っていたのだが、独特の明るさをもったキャラクターや世界観が好まれた感じである。著者が亡くなっているのがなんとも残念なことだ。

 順位は落ちるが新潮文庫のプチクラシックともいうべき『気狂いピエロ』、『ギャンブラーが多すぎる』、『スクイズ・プレー』の三作ランクインも素晴らしい。これらはすべて新潮文庫「海外名作発掘 HIDDEN MASTERPIECES」の一冊。これで新潮社がますますやる気になってくれるのを祈るばかりである。

 上位はかなり似ているが、下位はややばらつきが見られる。ただ『黒き荒野の果て』は確かに「このミス」向きだなとは思うのだが、先ほどの『ロンドン・アイの謎』をはじめ、『彼は彼女の顔が見えない』、『アリスが語らないことは』はなぜ三誌すべてにランクインできなかったのか理由が掴めない。時期的な問題ではないと思うのだが。

 個人的にちょっとちょっとショックだったのは、『異常(アノマリー)』と『捜索者』の低さ。前者については間違いなくトップ争いに加わる作品だと思っていたし、後者は個人的には『われら闇より天を見る』と甲乙つけ難いと思っていただけに残念でしかない。思うに『異常(アノマリー)』は単にミステリと判断されなかったのが大きいのかもしれない。『捜索者』もミステリ要素の弱さ、あと発行時期がやや影響したことと、同傾向の『われら闇より天を見る』に食われてしまった可能性はあるか。

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 ちなみに管理人は今年のベストテンが発表される前に、Twitterでベストテン予想をしており、それがこちら。
 ついでに三誌の結果を元に、ベストテンのランクインのみ当てたのは○、順位まで当てたものは◎で表記してみた。媒体の並びは上と同じ、「ミスマガ」「文春」「このミス」となっている。

われら闇より天を見る………◎◎◎
名探偵と海の悪魔……………○○○
ポピーのためにできること…○○◎
捜索者…………………………×××
優等生は探偵に向かない……○○◎
キュレーターの殺人…………○○×
殺しへのライン………………○○○
黒き荒野の果て………………××○
印………………………………×××
業火の市………………………×××

 そして一般的な人気を集めそうではないが、ランキング争いをかき回してくれそうなダークホースの十作(個人的裏ベストテン)もあげたのがこちら。

異常(アノマリー)…………×○×
気狂いピエロ…………………×××
その昔、N市では……………×××
窓辺の愛書家…………………×○×
地獄の門………………………×××
レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落…×××
狼たちの宴……………………×××
レオ・ブルース短編全集……×××
光を灯す男たち………………×××
デイヴィッドスン事件………×××

 ベスト20まで広げるともう少し的中率も上がるが、まあ、こんなものか。『印』や『業火の市』などは常連作家なのでランクインすると思ったのだがカスリもせず。裏ベストテンに至ってはほとんど入ってこない。一応書いておくと、どれも光るものがある良作ばかりであり、ランクイン作品にも全然負けていない。スルーはもったいないので、皆様もぜひお試しを。

 ということで今年はベストテンでいろいろ遊ばせてもらいました。大晦日には『探偵小説三昧』恒例の「極私的ベストテン」も発表しますので、そちらも何卒よろしく。

新潮文庫/編『文庫ナビ 松本清張』(新潮文庫)

 「松本清張短編全集」を読破し、続いては長篇ミステリを片付けようと思い立って早九年。しかし読めた作品はわずか六冊、最後に読んだのが三年前という体たらくである(笑)。もちろん飽きたわけでもなくつまらないわけではない。それどころか種々の気づきもあり、ますます完全読破の気持ちも強くなっていたのだが、まあ、要は次から次へと読みたい本があって、いつの間にか忘れていただけである。松本清張以外に昭和の作家、たとえば笹沢左保や多岐川恭、梶龍雄に中町信、結城昌治や連城三紀彦、泡坂妻夫などなども完読したいと思っているし、いくらなんでも時間が足りなすぎる。
 とまあ、そんなことを思っていても始まらないので、とりあえず清張読破に弾みをつけるべく、『文庫ナビ 松本清張』を読んでみた。清張の初心者向けガイドブックである。

 文庫ナビ 松本清張

 まずは目次を載せておこう。

松本清張を知るための5つのキーワード
 ①社会派/②破滅する男女/③鉄道旅/④映画とドラマ/⑤昭和を暴く

ジャンル別! 松本清張作品ナビ
 推理長編/名短編/歴史・時代小説/ノンフィクション/古代史

コラム「永遠の灯台」森村誠一

講演探録「私の発想法」

清張映画・清張ドラマの魅力
 評論「松本清張映画ベストテン」長部日出雄
 エッセイ「家政婦は何を見た?」柚木麻子
 スペシャル・インタビュー「やれるだけの悪をやってやろう」米倉涼子

コラム「ルサンチマンの文学」郷原宏

「評伝 松本清張」権田萬治

 予想以上にしっかりした内容で感心してしまった。作品ガイドはもちろんだが、松本清張の人となりを端的に理解できるエッセイ、評伝が網羅的に収録され、初心者や入門者には十分すぎる内容である。
 文庫ゆえ図版などは少ないし、記事には再録もある。本書以上のボリュームがある清張ガイドはいくらでもあるのだろう。それでも文庫で値段を抑え、ここまでバランスよくガイドブックを構成してしまう編集のセンスに感心してしまった。
 再録記事にしても、そもそも今ではなかなか読めないものが中心だし、何より再録するだけの価値がある。特に森村誠一が清張との思い出を描いた「永遠の灯台」は、大家となった清張が相変わらず緩慢さとコンプレックス併せ持つ複雑な人間であることを教えてくれて興味深い。
 また、講演探録「私の発想法」は清張が初期作品について執筆秘話を語るというもので、個人的にはほとんど清張のエッセイを読んだことがないため、これまた非常に面白く読めた。
 米倉涼子のインタビューも、清張ドラマで数多く主役を演じてきた彼女だけに全然OK。さりげなくこういう記事を新規で入れ込んでくるところも編集の妙なんだよなあ。

 しいていえば初心者向けにしては少々内容が重いところが気になるけれど、まあ清張ファンであればこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。


『このミステリーがすごい!』編集部/編『このミステリーがすごい!2023年版』(宝島社)

 年末の風物詩、各誌のベストテンランキングも『このミステリーがすごい!2023年版』で打ち止めか。ただ、買ってはいたがネットで結果がチラチラ出てくるので、なんだか読んだ気になってしまい、ようやく目を通してみる。

 このミステリーがすごい!2023年版

 海外編のランキングについては想像していたとおり、やはり『ミステリマガジン』の「ミステリーが読みたい!」、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」とも似通っており、1位、2位は三誌とも同じである。ベスト5も非常に似ている。
 まあ、1位に関しては『われら闇より天を見る』がくるだろうとは思っていたが、相変わらずホロヴィッツが強いのには驚きだ。『殺しへのライン』も別に悪い作品ではないが、今年はいい作品が多いから、せいぜいベスト10にギリギリ入るくらい、でもホロヴィッツは固定ファンがプッシュするから6位あたりには入るかなと予想していたら、まさかの2位である。今年はオリジナリティの高いものが多かったし、そちらをこそ評価してあげたいものだがなあ。みなさん、ちょっとカササギのインパクトを引きずりすぎではないか。
 個人的には『捜索者』『異常』の低さが非常に残念。どちらもベスト1候補だと思ったのになあ。

 内容については相変わらずで、「私のベスト6」と「我が社の隠し球」が情報として役に立つけれど、他は特に新味はない。ただ、今年は西村京太郎のプチ追悼特集がちょっと面白かった。ボリュームがないのが惜しいが、担当編集者の座談会はいい企画だ。ただ、追悼特集をやるなら、他の作家にももっと着目してほしい。

 あと、いつも気になるのだが、表紙と巻頭インタビューの不思議。今年は荒木飛呂彦氏へのインタビューなのだが、氏にまったく罪はないし、むしろ氏の漫画は好きだけれど、このミスで取り上げる意味がよくわからない。ベストテンとはなんの関係もないのに、192ページのうち20ページほど占めるというのはすごいバランスだよなあ。 ミステリを盛り上げようという気持ちでこの本を作っているなら、ミステリで稼がせてもらうのなら、せめて一位の作家に関連する表紙にするとか、巻頭インタビューは一位の作家にするとか、もう少しミステリに対する敬意を持ってほしいものだ。それこそ荒木飛呂彦氏を起用するなら、1位作品のイメージで表紙を描いてもらうとか、荒木氏もミステリ好きなのだから、やりようはいくらでもあるのにねえ。

 昨年は少しフォローすることも書いたのだけれど、今年は結局、文句ばかりになってしまった。頼むからもっと頑張れ、編集者。


佐藤春夫『田園の憂鬱』(岩波文庫)

 佐藤春夫の『田園の憂鬱』を読む。著者の代表作だが、恥ずかしながらこれが初読である。

 こんな話。都会での生活に疲れた青年は、妻と犬二匹、猫一匹を連れて、武蔵野の田園に引っ越してくる。親から金を借り、仕事もせず、隠者としてひたすら自然の中に生命の在りようを実感する日々であったが、やがて倦怠と憂鬱が忍び寄り……。

 田園の憂鬱

 すごいな、これは。
 上記のようにストーリーらしいストーリーはほとんどない。描かれるのは田園の様子であり、主人公の心理、心象風景といったものが大半である。しかし、それを徹底的に精緻に描くことで、独特の世界を作りあげている。
 主人公は何事かを成し遂げたいという思いを持ちながら、なかなか思いどおりにはならず、遂には都会から逃げるようにして田園に引きこもってしまう。初めのうちこそ、田園での自然との触れ合いにいちいち感動するのだが、働く意思もなくただぶらぶらするだけの暮らしだから、村の人間ともうまくいかない。風呂もなく毎日同じ内容の食事、やることといえば自然と相対するだけの生活に、やがて青年は憂鬱と倦怠を蓄積させ、しまいには精神のバランスをも崩してゆく。
 とにかく青年の思考回路と心理状態が危うい。時代は変われどこういう若者は今でも多いはずで、名を成したい、人に認められたい気持ちは人一倍強いのだが、その手段も実行力もない。その中で憂鬱だけが積もり、徐々に狂気を育んでいく様にぐいぐい引き込まれてゆく。極端なことをいえば主人公はニートであり、人間のクズだ。それでいてどこか共感できるところもあり、読んでいるこちらも実に精神衛生上よくないが、これこそ小説の力というものだろう。

 その読ませる力の源となっているのは、佐藤春夫の圧倒的な描写力だろう。美術でも音楽でも、どのような芸術においてもその作品を受け手に伝えるテクニック、すなわち描写力が重要なことは言うまでもない。文学でいえばそれは文章力となる。
 田園の自然、蝉や馬追いといった虫から庭先の薔薇にいたるまで、主人公の感性そのままにに語り、さらにはそこから派生する主人公の心情を克明に描き、そして心象風景までもが交錯する。ほとんどストーリーはなく、こういう描写だけを積み重ねていくスタイルは、もしかすると案外実験小説的だったのかもしれない。

 本作はもちろんミステリではないのだが、狂気を孕んでいく青年の様子は、サスペンス小説のようでもあり幻想小説的でもある。そういう意味ではボーダーライン上の小説が好きな人には強くお勧めしておきたい。ただ、正直、若い頃に出会いたかった作品ではある。

 ちなみに田園の舞台(モデル)となっているのは神奈川県都筑郡中里村鉄というところで、今の横浜市青葉区、あの有名な桐蔭学園のある場所である。


青梅市吉川英治記念館

 用事があって青梅まで出かけたのだが、そのついでに「吉川英治記念館」を訪問する。一度は入りたいと思っていただけに喜びもひとしおである。
 なんせ吉川英治記念館はかつて2019年3月に一度閉館していた。理由は単純、来館者の減少ということで、経営が続かなくなったらしい。これはショックだった。そこまで遠くない場所だし、いつでも行けると安心していたのが間違いのもと。そもそも国民的小説家の記念館が潰れるんだという驚きもあった。
 それがいつの間にか再オープンしている。調べてみると、なんとコロナの最中、2020年の9月のことである。元々の事業母体である公益財団法人吉川英治国民文化振興会が閉館後、庭園を含む約5000平方メートルの土地や建物、1万点を超える資料に至るまで青梅市に寄付し、それを青梅市が受け継いで、再開間にこぎつけたらしい。詳細は知らないが、おそらく貴重な資料やら一切合切を消散させないための施策だったのだろう。
 今回、現地を見学して思ったが、広大な庭園などは維持費も膨大だろうと推測され、衰退する来館者数を考えると簡単な話ではなかったろう。青梅市としても相応の覚悟が必要だったはずで、よくぞ再開を決断してくれものだ。

 展示内容に関しては公式HPをを見てもらう方が早いので、リンクだけ貼っておこう (吉川英治記念館)。生原稿などはもちろん興味深いのだが、個人的にはむしろ吉川英治が十年近く暮らした屋敷と庭園を、ゆっくり見て回ることができたのがよかった。

吉川英治記念館01
▲駐車場から外観を望む。日曜日だが残念ながら来館者は少ない

吉川英治記念館05
▲常設の展示室。現在はコーエーテクモの三国志とコラボ展示中である

吉川英治記念館06
▲庭園は予想以上に広くて立派

吉川英治記念館07
▲書斎の中は残念ながら入れず。入り口から覗くにとどまる

吉川英治記念館09
▲入り口付近から母家を望む。個人的にはこの母家に入れるのが最もよかった

吉川英治記念館グッズ
▲つい嬉しくてオリジナルのブックカバーやキーホルダー、せんべいまで買ってしまう

井上靖『殺意 サスペンス小説集』(中公文庫)

 井上靖の短篇集『殺意 サスペンス小説集』を読む。特にシリーズ名などを謳ってはいないが、マニアックな知られざるミステリを着々と出してくれている中公文庫の一冊である。まずは収録作。

「殺意」
「投網」
「驟雨」
「春の雑木林」
「傍観者」
「斜面」
「雷雨」
「二つの秘密」
「ある偽作家の生涯」

 殺意サスペンス小説集

 純文学系のミステリも最近はいろいろと知られてきているが、それでも井上靖のミステリというのは珍しい。ただ、三年ほど前だったか七月社から『井上靖 未発表初期短篇集』が出て、その中に探偵小説が少し入っており、これが初期作品だというのになかなかのレベルでちょっと驚いた記憶がある。
 本書はミステリではなく、あえてサスペンス小説集と銘打たれているのがミソで、広義のミステリとは言い難いものの、その味わいは確かにサスペンスだというものを収録しているのがポイントだろう。
 ミステリというジャンルにおいて「サスペンス」といえば、「不安や緊張によるアンバランスな心理状態を興味の中心とした犯罪小説」、みたいなことになろうが、つまりは緊張や不安の高まりを主軸とした小説だ。そう考えれば確かにサスペンスを書くことはミステリでなくとも可能である。初っ端の「殺意」や「投網」などを読むと、このあたりの感覚というか、編者の狙いがなんとなく理解できて興味深い。

 その「殺意」だが、これは比較的ミステリに近いのでわかりやすい。人間の誇りや尊厳というものに対する屈折した感情が知らず知らず積もっていき、それが爆発する瞬間を見事に表していて怖い作品だ。
 屈折度合いでは「投網」も負けてはいない。ストレスを高めるだけ高めておいて、最後にそれをすかすことで人間の負の感情について考えさせる。独特のモヤッとした読後感が印象深い。
 「驟雨」はもう少し複雑。帰省した少年は、近所の別荘に住む夫婦に可愛がってもらっている。しかし夫には愛人がいて、妻は知らぬふりをしている。ある時、夫婦と少年の三人でトランプをするが、妻は負けた場合は秘密を告白しようと提案する……。もう、このストーリーだけでやばい。

 とまあ、こんな感じで話自体はシンプルながら、それでいて独特のムードで読者にプレッシャーを与えてくる作品ばかり。解説にもあるとおり井上靖の作品は基本的に品があるため、そこまでえぐい感じはなく、素直に主人公たちの心の動きについて感じたり考えたりするのがおすすめだろう
 基本的にはどの作品も楽しめたが、やはり長いものの方が出来がよい印象。なかでも「ある偽作家の生涯」は、サスペンスという点では弱いが、ある贋作芸術家の生涯・正体を明らかにしてゆくという内容で滅法面白かった。おすすめ。


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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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