Posted in 12 2022
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佐藤春夫『田園の憂鬱』(岩波文庫)
佐藤春夫の『田園の憂鬱』を読む。著者の代表作だが、恥ずかしながらこれが初読である。
こんな話。都会での生活に疲れた青年は、妻と犬二匹、猫一匹を連れて、武蔵野の田園に引っ越してくる。親から金を借り、仕事もせず、隠者としてひたすら自然の中に生命の在りようを実感する日々であったが、やがて倦怠と憂鬱が忍び寄り……。

すごいな、これは。
上記のようにストーリーらしいストーリーはほとんどない。描かれるのは田園の様子であり、主人公の心理、心象風景といったものが大半である。しかし、それを徹底的に精緻に描くことで、独特の世界を作りあげている。
主人公は何事かを成し遂げたいという思いを持ちながら、なかなか思いどおりにはならず、遂には都会から逃げるようにして田園に引きこもってしまう。初めのうちこそ、田園での自然との触れ合いにいちいち感動するのだが、働く意思もなくただぶらぶらするだけの暮らしだから、村の人間ともうまくいかない。風呂もなく毎日同じ内容の食事、やることといえば自然と相対するだけの生活に、やがて青年は憂鬱と倦怠を蓄積させ、しまいには精神のバランスをも崩してゆく。
とにかく青年の思考回路と心理状態が危うい。時代は変われどこういう若者は今でも多いはずで、名を成したい、人に認められたい気持ちは人一倍強いのだが、その手段も実行力もない。その中で憂鬱だけが積もり、徐々に狂気を育んでいく様にぐいぐい引き込まれてゆく。極端なことをいえば主人公はニートであり、人間のクズだ。それでいてどこか共感できるところもあり、読んでいるこちらも実に精神衛生上よくないが、これこそ小説の力というものだろう。
その読ませる力の源となっているのは、佐藤春夫の圧倒的な描写力だろう。美術でも音楽でも、どのような芸術においてもその作品を受け手に伝えるテクニック、すなわち描写力が重要なことは言うまでもない。文学でいえばそれは文章力となる。
田園の自然、蝉や馬追いといった虫から庭先の薔薇にいたるまで、主人公の感性そのままにに語り、さらにはそこから派生する主人公の心情を克明に描き、そして心象風景までもが交錯する。ほとんどストーリーはなく、こういう描写だけを積み重ねていくスタイルは、もしかすると案外実験小説的だったのかもしれない。
本作はもちろんミステリではないのだが、狂気を孕んでいく青年の様子は、サスペンス小説のようでもあり幻想小説的でもある。そういう意味ではボーダーライン上の小説が好きな人には強くお勧めしておきたい。ただ、正直、若い頃に出会いたかった作品ではある。
ちなみに田園の舞台(モデル)となっているのは神奈川県都筑郡中里村鉄というところで、今の横浜市青葉区、あの有名な桐蔭学園のある場所である。
こんな話。都会での生活に疲れた青年は、妻と犬二匹、猫一匹を連れて、武蔵野の田園に引っ越してくる。親から金を借り、仕事もせず、隠者としてひたすら自然の中に生命の在りようを実感する日々であったが、やがて倦怠と憂鬱が忍び寄り……。

すごいな、これは。
上記のようにストーリーらしいストーリーはほとんどない。描かれるのは田園の様子であり、主人公の心理、心象風景といったものが大半である。しかし、それを徹底的に精緻に描くことで、独特の世界を作りあげている。
主人公は何事かを成し遂げたいという思いを持ちながら、なかなか思いどおりにはならず、遂には都会から逃げるようにして田園に引きこもってしまう。初めのうちこそ、田園での自然との触れ合いにいちいち感動するのだが、働く意思もなくただぶらぶらするだけの暮らしだから、村の人間ともうまくいかない。風呂もなく毎日同じ内容の食事、やることといえば自然と相対するだけの生活に、やがて青年は憂鬱と倦怠を蓄積させ、しまいには精神のバランスをも崩してゆく。
とにかく青年の思考回路と心理状態が危うい。時代は変われどこういう若者は今でも多いはずで、名を成したい、人に認められたい気持ちは人一倍強いのだが、その手段も実行力もない。その中で憂鬱だけが積もり、徐々に狂気を育んでいく様にぐいぐい引き込まれてゆく。極端なことをいえば主人公はニートであり、人間のクズだ。それでいてどこか共感できるところもあり、読んでいるこちらも実に精神衛生上よくないが、これこそ小説の力というものだろう。
その読ませる力の源となっているのは、佐藤春夫の圧倒的な描写力だろう。美術でも音楽でも、どのような芸術においてもその作品を受け手に伝えるテクニック、すなわち描写力が重要なことは言うまでもない。文学でいえばそれは文章力となる。
田園の自然、蝉や馬追いといった虫から庭先の薔薇にいたるまで、主人公の感性そのままにに語り、さらにはそこから派生する主人公の心情を克明に描き、そして心象風景までもが交錯する。ほとんどストーリーはなく、こういう描写だけを積み重ねていくスタイルは、もしかすると案外実験小説的だったのかもしれない。
本作はもちろんミステリではないのだが、狂気を孕んでいく青年の様子は、サスペンス小説のようでもあり幻想小説的でもある。そういう意味ではボーダーライン上の小説が好きな人には強くお勧めしておきたい。ただ、正直、若い頃に出会いたかった作品ではある。
ちなみに田園の舞台(モデル)となっているのは神奈川県都筑郡中里村鉄というところで、今の横浜市青葉区、あの有名な桐蔭学園のある場所である。