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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

極私的ベストテン2022

 今年最後の記事は、毎年恒例の「極私的ベストテン」。管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶという企画である。
 今年の個人的な印象としては、海外の新刊ミステリに収穫が多かったことか。某誌のベストテン企画(海外部門)に投票することになったため、ちょっと意識的に数をこなしたことも影響したのだろう。ただ、それにしても今年は海外ミステリに傑作が多くて、おかげで例年ならベストテンに入れてもいいと思えるぐらいの作品がかなり漏れてしまう結果になった。某誌のベストテン企画なんて、投票者はそもそも五冊しかセレクトできないため、まあ、選ぶのが辛かったこと。
 その反動で古い作品を読み潰していくことがあまりできなかったが、まあ新刊で古い作品も出ているから、それはそれでいいのか。

 それはともかく、2022年の「極私的ベストテン」の発表です。

 極私的ベストテン2022

1位 エルヴェ・ル・テリエ『異常 アノマリー』(早川書房)
2位 ジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』(集英社文庫)
3位 塚本邦雄『十二神将変』(河出文庫)
4位 スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(文藝春秋)
5位 ロス・マクドナルド『ドルの向こう側』(ハヤカワ文庫)
6位 葉山嘉樹『葉山嘉樹短篇集』(岩波文庫)
7位 タナ・フレンチ『捜索者』(ハヤカワ文庫)
8位 リイ・ブラケット『非情の裁き』(扶桑社ミステリー)
9位 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社)
10位 エリー・グリフィス『窓辺の愛書家』(創元推理文庫)

 先に書いたように、今年は新刊にいいものが多くて、ベストテン選びにむちゃくちゃ悩んでしまった。ただ、実はトップ5に関してはすぐに決まった。順位はその時の気分で変わるかもしれないけれど、個人的にこの上位五冊は別格であった。
 その1位には『異常 アノマリー』。各誌のベストテンでは十位前後という結果が多くて、思いのほか低かったのは残念だが、これは純粋なミステリではなかったことが原因と信じたい。人が自身の存在意義、存在価値を突き付けられるとはどいういうことなのか、それを喩えなのではなく、目の前にある現実的な問題として描いた作品。オリジナリティーは抜群で、とにかく先入観抜きで読みたい驚愕のストーリーである。

 2位の『ポピーのためにできること』は、全編をメールやウェブの記事などで構成しつつ本格に仕立て上げた実験的ミステリ。それを成立させるだけでも見事だが、加えて中身は伝統的な英国の田園ミステリにまとめており、その技術に驚かされた。

 3位の『十二神将変』はペダンティズムに溢れた現代の奇書ミステリ。ともするとその幻惑的ななイメージばかりが注目されるが、その奥はドロドロした人間の業で満たされている。これまで未読だったことが恥ずかしい。

 4位には『名探偵と海の悪魔』を入れた。評判になった『イヴリン嬢は七回殺される』の作者による作品だが、個人的には『名探偵と海の悪魔』の方がずっといい。海洋冒険ものに怪奇小説をブレンドし、本格で割ったような作品であり、ベタな言い方をすれば「パイレーツ・オブ・カリビアン」で本格探偵小説をやっている感じ(笑)。これぞエンタメの極致だ。

 ロスマク読破計画はなかなか進まず、今年は二冊消化。そのうちの『ドルの向こう側』を5位に。ロスマクはもうハードボイルドとかミステリとか意識せず、単にアメリカの優れた文学小説として読んでいる。

 6位には『葉山嘉樹短篇集』。こちらは本当に純文学畑、しかもプロレタリアート文学の作家だが、やはり優れた小説はミステリとかSFとか怪奇小説とか、そんなジャンル性を超えてくるのだということを教えてくれる。収録作すべてがそういう作品というわけではないけれど、いくつかの短編は間違いなくその域である。

 『捜索者』は各誌のランキングで上位に来るかと思っていたら、予想以上に振るわず残念。非常に静的なハードボイルドといった趣で、こういうのはランキング遊びでは不利なタイプだとは思うのだが、それにしてもこれが評価されないとはがっかりである。仕方ないので極私的ランキングではちょっと下駄を履かせて7位で。

 扶桑社ミステリーはいろいろと独自路線でクラシックを出してくれるのがありがたい。8位の『非情の裁き』はB級ハードボイルドではあるが、その質は極めて高く、積ん読にしておいたのが申し訳ないぐらいの傑作だった。

 淡々とした、その実濃密な、引き込まれる語り口が心地よいマリー・ルイーゼ・カシュニッツの『その昔、N市では』。こちらもそこまで評判にならなかったのが惜しまれるけれど、意外と万人向けの幻想小説だと思う。

 10位には『窓辺の愛書家』が滑り込み。キャラクターもストーリーも巧みで、謎解きはそこまで重視していないのが玉に瑕だが、エンターテインメントとしてのフックも十分で、バランス感覚のよさが見事。このシリーズ以外の作品もけっこうあるが(未訳)、どの程度のレベルなのか気になるところだ。


 とりあえずベストテンは以上だが、今年は選に漏れた作品でも面白いものが山ほどあるので、そんな作品も少し並べておこう。読書のお供として少しでも参考にしていただければ幸いである。

ディーパ・アーナパーラ『ブート・バザールの少年探偵』(ハヤカワ文庫)
アーナルデュル・インドリダソン『印』(東京創元社)
クリス・ウィタカー『われら闇より天を見る』(早川書房)
ジョン・ディクスン・カー『ビロードの悪魔』(ハヤカワ文庫)
S・A・コスビー『黒き荒野の果て』(ハーパーBOOKS)
マイクル・コナリー『潔白の法則 リンカーン弁護士(上・下)』
ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』(創元推理文庫)
アントン・チェーホフ『狩場の悲劇』(中公文庫)
レオ・ブルース『死者の靴』(ROM叢書)
レオ・ブルース『レオ・ブルース短編全集』(扶桑社ミステリー)
アレックス・ベール『狼たちの宴』(扶桑社ミステリー)
ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』(新潮文庫)
ライオネル・ホワイト『気狂いピエロ』(新潮文庫)
アントニー・マン『フランクを始末するには』(創元推理文庫)
マイクル・Z・リューイン『カッティングルース(上・下))』(理論社)
モーリス・ルヴェル『地獄の門』(白水Uブックス)
リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク『レヴィンソン&リンク劇場 突然の奈落』(扶桑社ミステリー)
ジョン・ロード『デイヴィッドスン事件』(論創海外ミステリ)
小沼丹『小沼丹推理短篇集 古い画の家』(中公文庫)
笹沢左保『暗鬼の旅路(暗い傾斜)』(徳間文庫)
橘外男『橘外男日本怪談集 蒲団』(中公文庫)
都筑道夫『猫の舌に釘をうて』(徳間文庫)
野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』(中公文庫)
藤井礼子『藤井礼子探偵小説選』(論創ミステリ叢書)


 そしてノンフィクション、エッセイ、評論系のお気に入り。今年はあまり読めなかったけれど、以下のものはどれも堪能した。

オール讀物/編『西村京太郎の推理世界』(文藝春秋)

風間賢二『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮選書)
戸川安宣『ぼくのミステリ・コンパス』(亀鳴屋)
松坂健『海外ミステリ作家スケッチノート』(盛林堂ミステリアス文庫)
松坂健『健さんのミステリアス・イベント体験記』(盛林堂ミステリアス文庫)
森咲郭公鳥、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人『Murder, She Drew Extra: Carr Graphic Vol.1 The Dawn of Miracles』(饒舌な中年たち)


 以上、今年の極私的ランキングでありました。
 今年一年を振り返ると、世の中的には海外、国内ともろくなニュースがなく、日本の行く末は不安でしかない。その一方で個人的には引っ越しを済ませ、これが恐ろしいくらい大変だったけれど、その甲斐あって満足いく読書環境が構築でき、面白い本ともけっこう出会えたわけで、そう考えるとむしろ良き一年ではありました。
 というわけで今年もご訪問いただいた皆様に感謝しつつ、「探偵小説三昧」営業終了といたします。来年もどうぞよろしくお願いいたします。では皆様、良いお年を。

プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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