Posted in 09 2023
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D・M・ディヴァイン『すり替えられた誘拐』(創元推理文庫)
D・M・ディヴァインの『すり替えられた誘拐』を読む。本作が邦訳されたことでディヴァインの長編がすべて日本語で読めるようになり、まずはめでたい。現代教養文庫時代はいまひとつ知名度も芳しくなかったが、創元で刊行されるようになってようやく陽の目を見、こうして全長編が邦訳されたのだからファンとしては嬉しいかぎりである。次はグラディス・ミッチェルとかやってほしいものである。
とまれ最後の一冊となる『すり替えられた誘拐』だが、これがまたなかなか微妙な作品であった。
こんな話。入学者数の減少、学生の窃盗事件、その学生の処遇に対する抗議運動、講師と奔放な女学生による交際問題など、ブランチフィールド大学には問題が山積していた。さらにはその最中に女学生の誘拐事件が発生するが、狂言ではないかという噂もあり、関係者は振り回される一方であった。しかし、ついには殺人事件が起こり、警察が介入するも……。

地味ながらも濃密な人間描写と奥深いドラマ、何より巧みな描写で読者を騙すテクニックが素晴らしいディヴァインだが、本作ではそういった作風をいったん放棄して、ストーリー性に重きを置いた作品となっている。もっと単純にいうと、謎解きとかはほとんどなく、大学関係者の人間ドラマとドタバタで見せるサスペンスといった趣なのだ。
その点において、本作は良くも悪くも好き嫌いがはっきりと分かれる作品となった。
いつもとそれほど変わらない部分もある。登場人物の描写がそれで、相変わらず巧い。
頭脳明晰だが、過去のトラウマで人を愛せなくなってしまった講師ブライアン、怠け者で女好きの講師マイケル、強い意志をもち弟マイケルとは正反対の性格のローナ、副学長に振り回されながらも学校に奉仕しようとする学生課長レイボーン、奔放な学生生活を送る資産家の娘バーバラ、利発だが好奇心が強すぎて勉強に身が入らないアン、優秀だが大人しい性格の学生フランク等々。
他にもクセの強いキャラクターが多く、前半は彼らの群像劇のような形で物語が進み、しかも微妙に関係性のある出来事を同時多発的に見せるので、誘拐という芯は一応あるけれども、正直、方向性はなかなか掴めない。この辺りまでは比較的いつものディヴァインに近く、かなり引き込まれる。
ところが後半に入り、ほぼ物語の推進役が明らかになってくると、いまひとつキレが悪い。犯人も意外に早く明らかになるし、そこまでの意外性もなく、おとなしいサイコサスペンスといった様相である。だからいつものディヴァインの本格ミステリを期待していると、正直期待外れの感は否めない。
ただ、それを持って駄作とか失敗作とかいうのは少し違うだろう。まあ、そう思われても仕方ないとは思うけれど(笑)、このいつもとは異なる後半のテイスト、これこそが本作でディヴァインがやりたかったことなのではないか。
個人的には、ディヴァインは冒険小説調の物語にしたかったのだろうと考えている。英国の作家は冒険小説や歴史小説、要するにロマン溢れる英国を代表する物語に対する強い思いがあって、最終的にはそういう作品で認められたいという話をたまに読んだりする。ディヴァインもデビュー以来、安定した作品を発表し、それなりに評価を得ていたが、そろそろ書きたかったものを自由に書いた、というところではないだろうか。
本作でも前半は群像劇だが、終わってみれば主人公の成長物語になっていてロマンスも成就(?)するという、絵に描いたような冒険小説的である。これを古くさいと見るのは、おそらく日本人の感性だからで、英国人には割と素直な方向性なのかも知れない。考えたら日本人作家も大体ベテランになってくると歴史小説や時代小説を書く人が多くて、これも似たようなことなのかも知れない。
ただ、幸か不幸か本国でもおそらく評判はいまひとつだった可能性も高く、ディヴァインは次の作品からすぐにいつもの作風に戻している。だから、ディヴァインのファンとしては本作を失敗作などと決めつけず、まあ、こういうこともあるよねぐらいの温かい目で見てあげるのが吉だろう。
まあ、これがたまたま邦訳最後の作品になってしまったのが、ディヴァインにとってはちょっとアンラッキーだったといえるだろう。
とまれ最後の一冊となる『すり替えられた誘拐』だが、これがまたなかなか微妙な作品であった。
こんな話。入学者数の減少、学生の窃盗事件、その学生の処遇に対する抗議運動、講師と奔放な女学生による交際問題など、ブランチフィールド大学には問題が山積していた。さらにはその最中に女学生の誘拐事件が発生するが、狂言ではないかという噂もあり、関係者は振り回される一方であった。しかし、ついには殺人事件が起こり、警察が介入するも……。

地味ながらも濃密な人間描写と奥深いドラマ、何より巧みな描写で読者を騙すテクニックが素晴らしいディヴァインだが、本作ではそういった作風をいったん放棄して、ストーリー性に重きを置いた作品となっている。もっと単純にいうと、謎解きとかはほとんどなく、大学関係者の人間ドラマとドタバタで見せるサスペンスといった趣なのだ。
その点において、本作は良くも悪くも好き嫌いがはっきりと分かれる作品となった。
いつもとそれほど変わらない部分もある。登場人物の描写がそれで、相変わらず巧い。
頭脳明晰だが、過去のトラウマで人を愛せなくなってしまった講師ブライアン、怠け者で女好きの講師マイケル、強い意志をもち弟マイケルとは正反対の性格のローナ、副学長に振り回されながらも学校に奉仕しようとする学生課長レイボーン、奔放な学生生活を送る資産家の娘バーバラ、利発だが好奇心が強すぎて勉強に身が入らないアン、優秀だが大人しい性格の学生フランク等々。
他にもクセの強いキャラクターが多く、前半は彼らの群像劇のような形で物語が進み、しかも微妙に関係性のある出来事を同時多発的に見せるので、誘拐という芯は一応あるけれども、正直、方向性はなかなか掴めない。この辺りまでは比較的いつものディヴァインに近く、かなり引き込まれる。
ところが後半に入り、ほぼ物語の推進役が明らかになってくると、いまひとつキレが悪い。犯人も意外に早く明らかになるし、そこまでの意外性もなく、おとなしいサイコサスペンスといった様相である。だからいつものディヴァインの本格ミステリを期待していると、正直期待外れの感は否めない。
ただ、それを持って駄作とか失敗作とかいうのは少し違うだろう。まあ、そう思われても仕方ないとは思うけれど(笑)、このいつもとは異なる後半のテイスト、これこそが本作でディヴァインがやりたかったことなのではないか。
個人的には、ディヴァインは冒険小説調の物語にしたかったのだろうと考えている。英国の作家は冒険小説や歴史小説、要するにロマン溢れる英国を代表する物語に対する強い思いがあって、最終的にはそういう作品で認められたいという話をたまに読んだりする。ディヴァインもデビュー以来、安定した作品を発表し、それなりに評価を得ていたが、そろそろ書きたかったものを自由に書いた、というところではないだろうか。
本作でも前半は群像劇だが、終わってみれば主人公の成長物語になっていてロマンスも成就(?)するという、絵に描いたような冒険小説的である。これを古くさいと見るのは、おそらく日本人の感性だからで、英国人には割と素直な方向性なのかも知れない。考えたら日本人作家も大体ベテランになってくると歴史小説や時代小説を書く人が多くて、これも似たようなことなのかも知れない。
ただ、幸か不幸か本国でもおそらく評判はいまひとつだった可能性も高く、ディヴァインは次の作品からすぐにいつもの作風に戻している。だから、ディヴァインのファンとしては本作を失敗作などと決めつけず、まあ、こういうこともあるよねぐらいの温かい目で見てあげるのが吉だろう。
まあ、これがたまたま邦訳最後の作品になってしまったのが、ディヴァインにとってはちょっとアンラッキーだったといえるだろう。