fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 11 2023

フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』(東京創元社)

 フェルディナント・フォン・シーラッハの『神』を読む。戯曲という形式を用い、安楽死をテーマにした作品である。

 こんな話。七十八歳になるゲルトナーは、数年前に最愛の妻を亡くし、以後は生きる気力を失っていた。もはや生きることに価値を見出せない彼は、自死の道を選ぶ。だが崖やビルから飛び降りたり列車に飛び込んだりという手段はとりたくない。ゲルトナーは静かに死ねるよう安楽死のための薬を医師に申請するが、老齢とはいえ健康体の人間に渡すことはできないと、薬の引き渡しを拒否されてしまう。
 この事態に対処すべく、ドイツ倫理委員会はゲルトナーや彼のホームドクターや顧問弁護士、法学・医学・神学の各分野から参考人を招集し、議論の結果、裁定を下すことにしたが……。

 神

 安楽死(ドイツでは臨死介助と呼ぶ)に関する是非の議論の様子をそのまま戯曲化した内容である。自死に医師が関与することの見解を各専門家が述べ、それにゲルトナー側の弁護士が反論するという流れで物語は展開する。
 読みどころはもちろん、どのような裁定が下されるのか、その根拠はどのようなものかにかかってくるのだが、議論の内容が専門的とはいえ門外漢にもわかりやすい説明で読みやすい。それどころか弁護士と参考人のやりとりは、法廷ミステリに通じる面白さもあるといえるだろう。

 世界ではヨーロッパを中心に安楽死を認める方向で少しずつ動いている。だがそれも多くは不治の病で苦痛が激しい場合、本人に意識がなく延命措置に頼るしかない場合などの切羽詰まった事例が中心だ。しかも、これらの場合でも、倫理的な問題は別に解決しているわけではなく、今なお議論は続いている状況がある。
 本作ではそこからさらに一歩進め、健康体の人の自死であるから、これは難しいのが当然である。人の「権利」裏」や「自由」を根拠としてゲルトナー側は議論を進め、法学・医学の専門家たちの旗色は次第に悪くなってゆく。ところが神学の参考人として、ティール司教が現れると風向きが変わってくる。ピークは司教が最後に述べた若い女性の例を述べるところであり、ここはやはり深く考えさせるものがある。

 ということで非常に教えられることの多い一作ではあるのだが、ラストは少し残念だった。というのも、著者は結末を『テロ』と同様、またしても読者任せにしてしまっているのである。
 この問題はあまりにも深いため、問題提議するだけでなく、一つの結果を示すことで、それが今度は関係者にどのような影響を与えるのか、そこまで踏み込まないとメッセージとしては不完全であろう。軽々しく結論づけられないのはわかるが、取り上げたからにはシーラッハ自身の考えはどうなのか、それを作品に反映してほしかった。


« »

11 2023
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー