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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 12 2023

極私的ベストテン2023

 早いもので2023年も残りわずか。今年はプライベートがなかなか賑やかで、昨年に引っ越したことは以前に書いたけれども、今年はそれまで住んでいた一軒家をようやく処分することができて一安心であった。とにかく不動産は買うのも売るのもエネルギーを使う。
 思うところあって、今年は図書館司書の資格を取得した。一線を退いて今ではフリーでのんびり仕事をやっているおかげで、時間だけは余裕がある。某大学の通信教育課程を利用したのだが、何十年ぶりかで久しぶりにレポートや試験をこなして個人的にはなかなか楽しかった。まあ、これまでの仕事や趣味での経験が山ほど活きているのでレポートなどまったく苦にならないし、そもそも図書館の勉強が面白い。正直、資格取得だけ考えるならそこまで難しいものではなかった。まあ、普通の勤め人をやっていれば、それなりに大変だったとは思うけれど。ともあれせっかく資格を取ったので図書館勤めも一度はやってみたいのだが、それはこれからぼちぼち考えることにする。
 あとは11月にリウマチに罹ってしまったこともトピックの一つである。一、二ヶ月手の調子が悪くてだんだん酷くなってしまったので、ついに諦めて専門医に診てもらうとリウマチというではないか。幸い薬が効いて今では落ち着いているが、歳も歳なのでこれ以上、持病は増やしたくないものである。

 さて、今年も年末恒例の「極私的ベストテン」を発表しよう。管理人が今年読んだ小説の中から、刊行年海外国内ジャンル等一切不問でベストテンを選ぶという企画である。
 今年の読書傾向としては、前半はSFミステリを中心とした自分の興味中心、後半は某誌のベストテンのために新刊を消化することが多い一年であった。海外の新刊ミステリにも収穫が多かったが、印象に残ったのはやはりSFミステリか。もともと嫌いなジャンルではないのだが、個人的にはSFということでどうしても読書優先度が低くなってしまうのだ。そうなると実は傑作をいくつも読み逃しているのではないかと考え、今年はちょっと意識的に読んでみた次第である。いろいろ考えるところも出てきたので、いずれ何らかの形でまとめてみたいとは思うが、とりあえずはまだまだ必読級が残っているので、来年も引き続き消化していきたい。
 とまあ、そうした一年だったせいか、今年はあまりクラシックが読めなかった印象もあり(特に国産)、ここは来年の宿題としたいところである。

 それではそろそろ2023年の「極私的ベストテン」発表に移ろう。

 極私的ベストテン2023

1位 ウィルマー・H・シラス『アトムの子ら』(ハヤカワSFシリーズ)
2位 ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(新潮文庫)
3位 ロス・トーマス『愚者の街(上・下)』(新潮文庫)
4位 都筑道夫『誘拐作戦』(徳間文庫)
5位 梶龍雄『清里高原殺人別荘』(徳間文庫)
6位 ボアロー、ナルスジャック『私のすべては一人の男』(早川書房)
7位 マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』(国書刊行会)
8位 マーティン・エドワーズ『処刑台広場の女』(ハヤカワ文庫)
9位 パミラ・ブランチ『死体狂躁曲』(国書刊行会)
10位 ロバート・アーサー『ロバート・アーサー自選傑作集 ガラスの橋』(扶桑社ミステリー)

 今年もかなり悩んだ。新刊だけで十分にベストテンを組めるのだが、どうせそちらは他のメジャーベストテンで見ているだろうし、なるべく古い作品(復刊含む)はこぼさないようセレクトした。もちろん、ただ古いから入れているわけではなく、純粋に個人的な好みである。

 堂々の1位はSFミステリの傑作『アトムの子ら』。実はSF成分もミステリ成分も決して高いわけではなく、欠点もあるのだけれど、そのテーマと描き方が魅力で、面白さは超一級である。これが読めただけでもSFミステリを読み続けた甲斐があった。ちなみにハヤカワ文庫版もあります。

 2位には新刊から『トゥルー・クライム・ストーリー』。少女失踪事件の関係者の証言をまとめたノンフィクションの改訂第二版という設定&構成のあざとさがすべて。本作が気に入った人は、昨年の『ポピーのためにできること』もぜひ。

 3位は懐かしさだけではない。キャラクター造形の面白さと会話の妙でとにかく読ませる技術が高い。本来はシリアスな話でありながら、コミカルな味付けが絶妙。

 4位はデビューした頃からさまざまな実験的ミステリに挑戦した都筑道夫の代表作から。個人的に詰め込みすぎのミステリは好きじゃないのだが、都筑作品は例外。それにしても「トクマの特選!」はいい企画である。

 5位も昭和ミステリ、そしてこれも「トクマの特選!」から。カジタツといえば戦争直後を舞台にした抒情性豊かな青春ミステリが知られているが、こういうあざとさ爆発のネタも見逃せない。

 著者の最入手難関本にして最大の問題作を6位に。眉を顰める人も多いのだろうが、個人的には好きな一作。ようやく読めたという満足感と共に。

 7位は国書刊行会が注力しているスパニッシュホラーの一冊だが、このシリーズは基本的に「買い」でよい。どれも上質の幻想小説であり、ホラーという言葉に腰が引けてしまうのはあまりにもったいない。

 傑作評論『探偵小説の黄金時代』で知られる著者の初邦訳長編を8位に。クラシカルなサスペンスというイメージで、なかなか評価されにくい作品だと思うが、紛れもない傑作エンタメである。

 9位は〈奇想天外の本棚〉からチョイス。〈奇想天外の本棚〉は他にも『誰?』『恐ろしく奇妙な夜』『フランケンシュタインの工場』など、確かに奇想を生かしたミステリばかりで非常に楽しめた。

 10位には本格系の作家ロバート・アーサーの短篇集を。安心して読める本格ミステリの作家だが、意外にクライムストーリーやコミカルなネタも多く、これらの出来がまたよい。なぜこれまで短篇集が出版されなかったのか不思議なほどの出来である。

 ということで以上が2023年の極私的ベストテン。しかし、他にも傑作が多く、ランクインはしなかったが個人的に気に入った作品を以下に挙げておこう。

アイザック・アシモフ『永遠の終り』(ハヤカワ文庫)
ポール・アンダースン『審判の日』(ハヤカワSFシリーズ)
マージェリー・アリンガム『ファラデー家の殺人』(論創海外ミステリ)
カトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』(早川書房)
アン・クリーヴス『哀惜』(ハヤカワ文庫)
ポール・ケイン『七つの裏切り』(扶桑社ミステリー)
ジェイムズ・ケストレル『真珠湾の冬』(ハヤカワミステリ)
S・A・コスビー『頬に哀しみを刻め』(ハーパーBOOKS)
ゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』(盛林堂ミステリアス文庫)
ピーター・スワンソン『8つの完璧な殺人』(創元推理文庫)
エルビラ・ナバロ『兎の島』(国書刊行会)
アルジス・バドリス『誰?』(国書刊行会)
ドナ・バーバ・ヒグエラ『最後の語り部』(東京創元社)
ミシェル・ビュッシ『恐るべき太陽』(集英社文庫)
エドワード・D・ホック『フランケンシュタインの工場』(国書刊行会)
ロス・マクドナルド『一瞬の敵』(ハヤカワミステリ)
リチャード・ラング『彼女は水曜日に死んだ』(東京創元社)
ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『恐ろしく奇妙な夜』(国書刊行会)
泡坂妻夫『蔭桔梗』(創元推理文庫)
鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』(中公文庫)

 ノンフィクション、エッセイ、評論系は残念ながら今年はほとんど読めず。かろうじて読んだ中から、以下の4冊をお勧めしておきたい。お馴染み「Murder, She Drew」シリーズは二冊出たことに驚愕。サリー・クラインの一冊も現代ならではの厳しい視点が新鮮であった。
 だが、何といっても今年最大の評論系収穫は『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』に尽きるだろう。ありそうでなかった一冊であり、単なる資料に終わらせず、その背景まで取材し、掘り下げているところが素晴らしい。

森咲郭公鳥、森脇晃、kashiba@猟奇の鉄人『Carr Graphic Vol.2 In the midst of the golden age』(饒舌な中年たち)
森咲郭公鳥、森脇晃、Kashiba@猟奇の鉄人『Murder, She Drew Vol.4 Quick frowned A. B. Cox jumps over the lazy dog』(饒舌な中年たち)
サリー・クライン『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』(左右社)
川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社)

 ということで、2023年の『探偵小説三昧』もこれにて営業終了です。今年もこんな辺境ブログに足を運んでいただき、誠にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
 それでは皆さま、良いお年を!

覆面冠者『八角関係』(論創社)

 覆面冠者の『八角関係』を読む。今年の夏頃に出版されるまでは、作者も作品もまったく聞いたことがなかった作品である。それもそのはず、本書は昭和二十六年にカストリ月刊雑誌『オール・ロマンス』に連載されたもので、作者は不詳だし、単行本になるのもこれが初めてだという。
 作者は覆面冠者となっているが、この意味合いとしては「覆面作家」程度のものであり、解説の横井司氏によるとほかにも覆面冠者名義の雑多な作品が残っていることから、当時のハウスネームだったのではないかと推測している。また、実際に本作を書いたのが、内容や作風などから想像するに『十二人の抹殺者』の著者、輪堂寺耀ではないかとも書いている。
 七十年も経った今となっては、何か新たな資料でも出てこなければ判断も難しいだろうが、こういった謎が残っているのもそれはそれで楽しいものだ。

 それはともかく。まずはストーリー。
 河内家の三兄弟、長男の秀夫、次男の信義、三男の俊作は、父親の残した遺産の金利だけで暮らしていける優雅な身分。彼らはそれぞれ結婚して世帯を持ってはいたが、父親の建てた広大な洋館にそのまま残り、仕事もせずに毎日を享楽のままに過ごしていた。
 そのうち信義の妻・正子、俊作の妻・洋子の姉で、小説家の貞子が夫の刑事・野上仗助と共に、洋館で間借りをすることになる。ところが八組の男女が同じ家で暮らすことによって、夫婦の間に不協和音が生じ始めた。男たちは互いの妻に関心を持ち、次第にそれを隠そうともしなくなったのだ。
 そしてついに均衡が崩れた。秀夫が酔った勢いで正子と無理やり関係を持ってしまったのだ。だが、その数日後、秀夫は死体となって発見される。それは連続殺人事件の幕開けでもあった……。

  八角関係
▲覆面冠者『八角関係』(論創社)【amazon

 ううむ、これはまた何というか。
 基本的には本格ミステリの結構ではあるのだが、それと同じ程度に『オール・ロマンス』という当時の掲載誌、すなわち性愛を軸とした大衆娯楽誌、カストリ雑誌の性格を反映した愛欲の物語でもあるのだ。当時の掲載誌のキャッチコピーは「愛欲変態推理小説」というから、どちらの要素が主役かわからないほどだ(苦笑)。
 まあ、時代もあるので、実際そこまで変態度が高いわけではない。ただ、登場人物全員が不倫にまみれるという、一昔前の昼メロ真っ青というドロドロの人間関係が描かれるので、愛欲度は相当に高いといえるだろう。
 そんな人間関係の只中で起こる殺人事件とくれば、思い出されるのは『不連続殺人事件』であり、笹沢左保の官能色の強い作品群だったり。そこは本書解説にあるとおりなのだが、悲しいかな作品の質は遥かに及ばない。

 理由はいろいろあるのだが、一つは愛欲変態パート(笑)と本格推理小説パートがまったく融合されておらず、小説としてこなれていないこと。不倫と推理談義を交互に読まされている感じで、とても同じ小説とは思えない。
 また、八角関係とくれば相当に異常な状況ではあるのだが、その異常な状況に至る説得力がほぼないこと。
 さらには、愛欲をテーマとしてはいるが、その掘り下げが中途半端。関係角数は多いが(苦笑)、そのどれもが昼メロ止まりであり、舞台設定の割には小物感が強い。
 愛欲にまみれた探偵小説があってもいいし、実際にそのような作品で傑作もあるが、本作はそもそも上に挙げたような欠点が多く、要するに小説としてまったくこなれていないのである。上手い作家ならもう少し不倫描写の中でもサスペンスを盛り上げてくれるだろうし、推理談義ももう少し地に足のついたものにするはず。また、連続殺人が行われている家で、誰もが逃げ出すこともなく、この無邪気さはないだろう。

 良いところもないではない。一つ一つのアイデアというか、着眼点は悪くない。密室のバリエーションであったり、連鎖の殺人であったり、メタな仕掛けであったり、そういう要素の掴み方は面白いのだが、ただ、それがきちんと本格推理小説という形に昇華することができなかった。企画倒れといってもいい。
 ただ、そこで終わっていれば単なる失敗作なのだろうが、本作の場合、幸か不幸か愛欲変態成分が多大に加わっているため、変な味わいになってしまったということだろう。その意味では珍作として記憶に残る作品にはなっている。
 決してオススメはしないがゲテモノ好きな方なら。

川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社)

 本日の読了本は川出正樹の『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』。年の瀬に、おそらく今年一番凄いのでは、と思わせる本に出会ってしまった。
 内容は副題にもあるとおり、戦後に刊行された翻訳ミステリに関する叢書を時代順に紹介したものだ。紹介されている叢書については、手っ取り早いので以下に目次を載せておこう。

【異色探偵小説選集】編
【六興推理小説選書〈ROCCO CANDLE MYSTERIES〉】編
【クライム・クラブ】編
【世界秘密文庫】編
【Q-Tブックス】編
【ウイークエンド・ブックス】編
【ケイブンシャ・ジーンズ・ブックス/ヒッチコック・スリラーシリーズ】&【松本清張編・海外推理傑作選】編
【ゴマノベルス】編
【イフ・ノベルズ】編
【ワールド・スーパーノヴェルズ/北欧ミステリシリーズ】編
【海洋冒険小説シリーズ】編
【河出冒険小説シリーズ】編
【フランス長編ミステリー傑作集】編
【シリーズ 百年の物語】編
あとがき
戦後翻訳ミステリ叢書・全集一覧

 ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション
▲川出正樹『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』(東京創元社)【amazon

 翻訳ミステリマニアにとってはお馴染みの叢書がメジャーマイナー取り混ぜて並んでおり、要はこれらの紹介本なのだが、本書が凄い点は三つある。
 まず、そもそもが翻訳ミステリ叢書をきちんと紹介した(おそらく)初めての本であること。
 次に、紹介内容が表面をさらっと撫でた程度のものではなく、きちんと現物に当たり、関係者の証言などもできるだけ拾い、翻訳ミステリ叢書に関する書誌的情報だけでなく、その誕生経緯や意義、特性に至るまで踏み込んで解説していること。
 三つ目に、叢書に採られている本についても可能なかぎりレビューしていることである。
 しかも、上記以外のものについても、巻末の一覧としてフォローされている(さすがにこちらには全書名は載っていないけれども)。

 結局、長所が四つになってしまったけれど、なんせ情報量が圧倒的で、かつ内容が面白いことに尽きるだろう。個人的にはとりわけ二番目が重要だと思っており、その叢書の解説が、そのまま我が国における翻訳ミステリの歴史を紐解くことにも繋がり、実に興味深い内容なのだ。とにかく初めて知る情報の多いこと。
 【クライム・クラブ】あたりは他の本でも触れられていたりすることもあるが、【六興推理小説選書】とか【世界秘密文庫】などの詳細は初めて読んだし、ましてや【ゴマノベルス】とか【イフ・ノベルズ】、【フランス長編ミステリー傑作集】あたりになると、普通にコレクションする人はいても、叢書自体をそこまで研究する人すらいない分野だろう。
 それらをきちんと調査して、形にすることの素晴らしさ。著者が九割方コレクションしていたということ、また、もともとはそのコレクションをきっかけに雑誌「ミステリーズ!」で連載していたということを考慮しても、大変な労力である。

 しいて注文をつけるとすれば、巻末の「戦後翻訳ミステリ叢書・全集一覧」と本編の書誌的情報はまとめて見せた方がわかりやすかったかもしれない。読書中はそのまま流れとして読むからいいのだろうが、後から気になる本を探すためのガイドブックとして用いるような人にはちょっと面倒かも。
 あと、アルレーに関して『わらの女』以外を読んでいるミステリマニアを見たことがないという表記があったが、これは盛り過ぎ。この手の思い込みは他にも少し見られた。

 ともあれ、そんな欠点は些細なことであり、本書の価値を落とすほどのことではない。面白くてタメになり、おまけに資料的価値も高く、ガイドブックとしても使えるなど、翻訳ミステリ好きには文句なしにオススメの一冊である。

ファーガス・ヒューム『二輪馬車の秘密【完訳版】』(扶桑社)

 ファーガス・ヒュームの『二輪馬車の秘密【完訳版】』を読む。もう古典中の古典と言っても差し支えない作品だろう。解説によると、1886年にオーストラリアで自費出版として刊行されたものが、その月のうちに5000部を売り上げるや瞬く間に国内でヒットして2万部を達成。翌年にはイギリスでも発売され、著者の生存中には最終的に75万部まで売り上げた当時の大ベストセラー作品である。
 管理人も長らく読みたいと思っていた作品だが、なかなか新潮社版を入手できず、ようやく2019年に扶桑社からPOD版の本書が発売され、その願いが叶うことになった(と言いながら4年も積んでしまったわけだが)。

 こんな話。メルボルンでのある夜のこと。辻馬車が二人連れの男に呼び止められ、酔い潰れていた一人だけを送り届けることになった。しかし、その途中で様子がおかしいため、酔い潰れた男を確かめたところ、死亡していることがわかる。手がかりは、クロロフィルムの染み込んだイニシャル付きのハンカチ、そして送り届けるように依頼した男の存在だった。
 警察は早速捜査を開始する。だが男の身元はなかなか判明せず、しっかりした服装の男ながら、それに該当するような行方不明の届出も出ていないのである。
 だが、刑事の地道な捜査によってついに被害者の身元が割れ、やがて犯罪の影に女性をめぐる問題があったことが浮かび上がる……。

 二輪馬車の秘密
▲ファーガス・ヒューム『二輪馬車の秘密【完訳版】』(扶桑社)【amazon

 ミステリとはいっても、やはりこの時代の長篇小説なので、結局は人間ドラマやロマンス要素がメインの物語だろうと思っていたのだが、いやこれはこれは。予想以上にしっかりとした、犯罪とその謎を解決するための物語になっていることに感心した。
 もちろんミステリ黎明期の作品だから、そこまでのサプライズがあるわけではないし、ロジカルな部分も今の眼から見るとやや心許ないのだが、時代を考慮するとかなり健闘しているのではないか。
 特に前半の刑事の捜査はきちんと手がかりを追跡して容疑者に辿り着くし、ちょっとしたヒラメキもあったり、思ったよりも読み応えがある。さらには、続く弁護士が容疑者の無実を証明する展開、後半では容疑者が秘密にしていた事実の追求、真犯人の正体と、読者の興味を飽きさせない構成も見事だ。
 本作はボアゴベの『乗合馬車の犯罪』に触発されているところもあり、作中でも言及されているぐらいだが、それに勝るとも劣らない出来であり、つくづくこの時代の売れっ子作家の力は侮れない(と言っても本作はデビュー作だが)。
 いま読めば冗長な部分、心理描写や情景描写もあるのだが、まだミステリとしての形が確立していない時代ゆえ仕方ないところだろう。そもそも大衆小説として考えればこういう部分も味わいであるし、個人的にはそこまでうるさいとも思わなかった。

 品質だけで言えばさすがに必読というほどの作品ではないけれども、歴史的価値も合わせて考えれば、ミステリと少し真剣に付き合おうと思っている人なら読んでおくべきだろうし、何より意外に面白い作品なので決して損はしないはずだ。

 ちなみに本書は【完訳版】だが、以前に扶桑社が文庫で展開していた「昭和ミステリ秘宝」には『横溝正史翻訳コレクション 鍾乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密』がある。こちらは正史の訳による【抄訳版】で、版元品切れではあるが古書でも安く買えるし、今ではPOD版も発売されている。また、明治24年に丸亭素人が翻案した『鬼車』も同様にPOD版で入手することができ、それぞれの違いを読み比べてみるのも一興だろう。

加藤朝鳥『虹の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫)

 加藤朝鳥の『虹の秘密』を読む。加藤朝鳥は大正時代の作家、というよりは翻訳家としての業績の方が知られているだろう。経歴は本書の解説に詳しいが、もともとは詩作の方を志していたようだが、生活のこともあって編集業や評論など、文学周辺でかなり多岐にわたる仕事をこなし、自然に翻訳が中心になっていった印象である。
 で、その業績の中にはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズやウエルズ、ハガードといった娯楽小説の翻訳も含まれている。それらの出版が大正五年から八年ぐらいにかけてのことなので、その影響なのか出版社の意向なのかはわからないけれども、本作収録の作品もその後に発表されている。

 虹の秘密
▲加藤朝鳥『虹の秘密』(ヒラヤマ探偵文庫)

 本書に収録されている作品は、短めの中篇「疑問の指先」と「虹の秘密」の二篇。

 まず「疑問の指先」だが、こちらは大正九年に雑誌『少女の友』に連載されたものである。海岸近くの西洋館に年老いた伯父と暮らす女学生・鈴子は、ある時、小舟で遭難しかかっている画家・白鳥を助け出し、館に泊めてあげることにする。ところがその夜、叔父が何者かに殺害され、画家の姿が消え失せてしまうという事件が起こる。時を同じくして、館には放蕩息子の春雄が姿を表し……という内容。
 ストーリーは決して悪くない。普通なら画家が第一容疑者ということだが、鈴子はそれが信じられない。むしろ後から現れた春雄が性格も荒いため、胡散臭く思えている。地元の土井巡査はしたり顔で、召使の男に「白紙の気持ちで物事を見るのだ」なんてことを言っている割にはまったく真相が掴めず、ついには叔父の友人が名探偵を呼び寄せる、という展開は、時代を考慮しても十分に健闘している。掲載媒体の割には文体もけっこう大人向けで、思った以上に自然に読める。
 ところが著者は、最後でこの作品を台無しにする。
 なんいうことか、実はここで物語がほぼ終わってしまうのである。どういうことかというと、名探偵の登場が予告された後は、真相をすべてあらすじのようにまとめているのだ。探偵がどんな人物か、どんな推理をしたのかも一切不明。ただ犯人が××であり、コレコレの理由があったのだ、でおしまい。
 「この時代に女性が家督を相続するということ、そんな社会的な部分に著者の興味があったのでは」、「そもそも探偵小説を理解していなかった」という見方もあるだろうが、もしかすると連載での分量配分を間違えて最後にやっつけてしまった、という線もないだろうか(笑)。

 表題作の「虹の秘密」は、それに比べると随分まともだ。といっても内容はそれなりにぶっ飛んではいる。雑誌『雄弁』に大正十二年に連載された作品である。
 心霊研究室として高明な碧川博士に見込まれ、千里眼を獲得した女性・橋本京子が主人公。序盤では彼女が覚醒する様子が描かれ、後半は彼女の活躍が中心となる。特筆すべきはなんといってもこの時代に女性千里眼探偵を生み出したことだろうが、超能力や秘密結社が登場したり、もう全体が怪しさの極致。
 個人的には彼女が千里眼に覚醒する序盤がキモ。もしかすると当時の新興宗教の存在が著者の頭にあったのではないかと考えたりもしたが、大正時代にこれを読んだ読者は果たしてどういう感想を持ったのか、大いに気になるところである。

ドナルド・レイ・ポロック『悪魔はいつもそこに』(新潮文庫)

 ドナルド・レイ・ポロックの『悪魔はいつもそこに』を読む。NETFLIXで映画化された作品の原作ということだが、個人的にはまったく知らなかった作家である。

悪魔はいつもそこに
▲ドナルド・レイ・ポロック『悪魔はいつもそこに』(新潮文庫)【amazon

 こんな話。まだ戦後今もない頃、アメリカはオハイオ州南部にある田舎町に病弱な母親、狂信的な父親と暮らしていた少年アーヴィン。父親の過激なまでの宗教への傾倒に大きな影響を受けてゆくアーヴィンだったが、やがて母親が亡くなり、その跡をおって父親も喉を掻き切ってしまう。アーヴィン義妹のレイラと共に祖母に育てられるが、彼らを待つのは狂気と暴力にまみれたおぞましい世界であった……。

 クライムノベルやノワールにもいろいろあるが、本作はその中でも徹底した暴力と狂気で彩られたダークな一作である。オビには「オコナー、トンプスンを凌駕する」と景気良く謳われているが、確かにイメージは伝わるだろう。
 ただ、彼らは似たようなタイプではあるが、ニュアンスはけっこう異なる。たとえばトンプスンなんかは犯罪者の転落する姿や内面、それにまつわる暴力をオフビートな展開で描きつつも、もっとナチュラルなイメージがある。本作の場合は悪い意味ではなく、より計算されている猥雑さがあるのだ。

 この手の作品ではストーリはあってないようなもの。注目すべきは今目の前にいるキャラクターの一人ひとり、各エピソードの一つひとつである。妻を救うために動物を次々と十字架にかける狂信的な父親、殺人をやめられない夫婦、腐敗し切った保安官……それぞれが強烈であり、その積み重ねが麻薬のように効いてくる(いや、あくまで喩えです)。
 しかし無軌道に思えても、実は狂気と暴力が連鎖する筋道をしっかり押さえているのである。特にラストではしっかりと作品を着地させ、巧さを感じさせてくれる。決してセンスだけの物語ではない。

 なお、解説では前短篇集との関連が述べられており、これが作品理解の役に立って実によかった。

探偵小説研究会/編著『本格ミステリ・エターナル300』(行舟文化)

 探偵小説研究会/編著『本格ミステリ・エターナル300』を読む、というか、ざっと目を通す。この十年に刊行された国産本格ミステリの傑作を300タイトルで振り返るというガイドブックである。

 本格ミステリ・エターナル300
▲探偵小説研究会/編著『本格ミステリ・エターナル300』(行舟文化)【amazon

 このブログを読んでくれている方ならご存知かもしれないが、管理人は現代の国産ミステリをほぼ読まないので、この本に紹介されている本もほぼ読んでいない。将来、もしかすると読みたい作家・作品が出てきたときのため、あるいはいざという時のため(いざという時がどういう時なのかはわからないが)、資料として買った次第である。

 とはいえガイドブック好きの管理人としては、紹介されている作品もさることながら、その内容や作りが気になるところである。まあ、精読しているわけではないので、あまり偉そうに書くのもアレだから、いくつか気づいた点をメモがわりに箇条書きしておく。

・作品紹介がメインとはいえ、やはりコラムの類はこの手の本では重要である。作品紹介はネットに山ほどあるが、総括やトレンドをまとめた記事はそうはいかない。これらはまとまっていることに意味があり、その時代を俯瞰できるメリットがある。本書は長短合わせて二十本ほどのコラムがあってOK。

・作品紹介とは別に作家紹介が巻末にまとめられているのはいいが、もう少しボリュームを増やして解説してほしかった。

・作品と作家の索引がついていないのはマイナス点。作家紹介に少しその機能は持たせているが、これでは二度手間になってしまう。

 以上。十年に一冊しか出せない本なので、機能性はもう少し高く持たせてほしかったところだが、全体としては悪くなく、コラムも面白く読めた。できれば翻訳ミステリでもこういうのがほしいところだが、『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト』がそれを担ってくれると思いたい。

サリー・クライン『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』(左右社)

 サリー・クラインの『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』を読む。著者はイギリスの文学者で、ハメットやゼルダ・フィッツジェラルドの評論や伝記も書いてきた経歴を持ち、本書ではイギリスの女性ミステリ作家の百年に及ぶ系譜をたどり、フェミニズムの観点からミステリにおける問題を浮き彫りにする。

 アフター・アガサ・クリスティー
▲サリー・クライン『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』(左右社)【amazon

 イギリスでは今ミステリや犯罪小説が大人気で、全書籍売り上げのうちの三分の一を占めているという。まあ、それは理解できないでもないが、驚くべきはその読者の八割が女性だということ。女性は男性に比べるとはるかに暴力に対する恐怖に悩まされ、自分の非力さに不安を覚えて過ごす時間が多いのに、なぜわざわざ恐怖の物語に惹かれてしまうのか。
 そこには恐怖や不安を克服したいという意識や、犯罪の背後にある心理や動機を理解したいという願望が強いからだという。また、ミステリでは多くの場合、犯罪者が罰せられ正義がなされるが、そこには悍ましい現実世界を浄化してくれる薬の作用もあるのだろう。著者はそれを秩序の回復だという。
 もちろん単純に謎解き小説が面白いとか、アクションやキャラクターがいいとか思って読む女性もいる。

 だが、秩序の回復やミステリの面白さだけでは表面的に過ぎないのではないか。そこで著者はその点を確かめるため、さまざまな女性作家の作品やインタビューを通してよりテーマを掘り下げてゆく。なぜ女性は犯罪小説を好むのか、女性作家はどのような意識を持ってミステリを書いているのか。
 アガサ・クリスティーに始まり現在に至るまで、膨大なケースから、女性とミステリの関係、そこに根ざす問題を辿っていくのである。

 ミステリをそのジャンル性以外の観点で紐解く本はときどき見られるが(社会学とか文学性とか)、こうしたフェミニズの観点から突っ込んだ本は珍しい。だけでなく非常にスリリングで面白い。
 本書は第一章と第二章で総論的な話を述べ、第三章からクリスティー、警察小説、ハードボイルド、レズビアン、黒人や障害者、法医学など、多岐にわたるアプローチで各論を述べていくが、この各論部分が圧巻である。それこそ女性作家にも本格やコージー、ハードボイルドなどさまざまな書き手がいるわけだが、彼女たちはそうしたサブジャンルを問わず、いかに自分の作品を考え、何を意識しているのか、非常に多くの証言を持って紹介される。作品ごとにそういう観点で読むことはあったが、正直、ここまで線として考えたことはなかったため、まさに目から鱗が落ちる思いだ。たとえばパレツキーのヴィク・ウォーショースキ-はその性格のきつさと余裕のなさが嫌で、個人的に好きになれない探偵だったのだが、その理由も腹に落ちて許容できるようになった気がする。

 ただ、著者の仕事は実に素晴らしいのだが、気になるところもないではない。
 それは特に総論部分で目立つが、自説のために一般的なミステリ観を都合よくこじつけているところ。その強引さが牽強付会とでもいうか、おそらくあえてやっているのだろうと思うのだが、そこにエキセントリックなフェミニストを連想させてしまうのはいただけない。
 そこさえ目を瞑れば、資料としても非常に価値ある一冊である。

泡坂妻夫『蔭桔梗』(創元推理文庫)

 泡坂妻夫の『蔭桔梗』を読む。90年に第103回直木賞を受賞した短編集である。収録作は以下のとおり。

「増山雁金(ますやまかりがね)」
「遺影」
「絹針」
「簪(かんざし)」
「蔭桔梗(かげききよう)」
「弱竹(なよたけ)さんの字」
「十一月五日」
「竜田川(たつたがわ)」
「くれまどう」
「色揚げ」
「校舎惜別」

 蔭桔梗
▲泡坂妻夫『蔭桔梗』(創元推理文庫)【amazon

 今ではそんなこともなくなったが、一時期、推理小説は直木賞に不利な時代があった。推理小説の技巧性が人間の心情などを描く上でマイナスになっているという偏見によるものである。そのため直木賞を狙いにいく推理作家と編集者は、ミステリ要素を抑えることで、つまり普通小説に近いものを書くことでこれに対処した。
 それが功を奏したか、元々実力のある推理作家は続々と直木賞を受賞していくのだが、本書もまたその延長線上にある作品集と見られることが多いようだ。幸か不幸かそのために従来の推理小説ファンからは、かえってミステリ色の薄い作品集だと思われ、逆に売上げは落ちたらしい。
 解説の受け売りではあるが、まあ、そんな背景を踏まえたうえで、本書を直木賞受賞作品集だからといって読まないのはもったいないよ、という一冊である。なんと逆説的な。

 東京下町の職人たちの暮らしを舞台に、人間の機微、とりわけ恋愛を描くのが本書の大きなテーマである。確かに真っ向から謎解きを描いた作品に比べると、はるかに普通小説寄りではあるが、なんせ作者自身の紋章上絵師として経験が大きく生きているため、その描き方はリアルだし、実に瑞々しい。
 しかも、ただ心象などを描く小説とは異なり、ミステリの手法もここかしこに取り入れることで物語としての完成度も上がり、非常に心に染みる内容となっている。

 基本、著者の語りに身を委ねるだけで至福の時を味わえるので、どの作品もオススメなのだが、あえて挙げれば「竜田川」「くれまどう」、「校舎惜別」あたりはストーリーの動きが多少大きいこともあって印象に残った。「校舎惜別」は特に好みだ。

ミステリベストテン比較2024年度版

 ちょっと自分的には飽きてきたところもあるのだが、各誌のミステリーのベストテンが出揃ったので、一応いつものように結果をまとめてみた。
 『ミステリマガジン』の「ミステリが読みたい!」(以下「ミスマガ」)、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」(以下「文春」)、宝島社の『このミステリがすごい!』(以下「このミス」)の三誌の平均順位によるランキングである。
 基本ルールは例年どおりこんな感じで。

・各ランキング20位までを対象に平均順位を出して決定
・管理人の好みで海外部門のみ実施
・原書房の『本格ミステリ・ベスト10』はジャンルが本格のみなので残念ながら集計対象外
・いち媒体のみのランクインはブレが大きくなるため除き、参考として記載するにとどめる
・もちろん、このやり方がベストだとは思わないが、あくまで参考として

2024年度ランキング比較

 今年はなんと三誌すべてで1位が異なる作品となった。こんな結果はいつ以来か思い出せないほどだが、本命なき状況というよりは、それだけ傑作が多かったということだろう。
 ただ、いざ平均を出してみると、すべてのランキングで2位を獲得したホロヴィッツ『ナイフをひねれば』が1位という、なんとも微妙な結果となってしまった。野球でいえばワイルドカードのチームが優勝してしまった感じである。1位の作品はどれも順位のばらつきが多少大きかったのが響いたようだが、ううむ、それにしてもホロヴィッツの人気はすごいね。

 今年のランキングは、あくまで個人的予想として『頬に哀しみを刻め』『愚者の街』『トゥルー・クライム・ストーリー』あたりがトップグループ、セカンドグループには『処刑台広場の女』『真珠湾の冬』、『ナイフをひねれば』あたりがくるのではないかと思っていたのだが、蓋を開けると『卒業生には向かない真実』が予想以上に健闘し、『真珠湾の冬』が思ったほどには伸びなかったりして、なかなか予想は難しい。

 あと、上位作品が似てくるのは毎年の傾向(当たり前といえば当たり前だが)なのだが、今年はさらに20位ぐらいまで似通っている。一誌のみランクインの作品はこの二、三年、10〜11作をキープしていて、それがそのランキングの個性を多少なりとも形成していた。しかし、今年はたった六作になり、それだけベスト20が似てしまっているのである。
 ネットでの情報共有がかなり進んでいる昨今、この傾向は今後さらに強くなってゆくのだろう。まあ、取りこぼしが少なくなるのは決して悪いわけではないが、意外な作品が入ってくる楽しみは、もうあまり残されていないのかも知れない。

『このミステリーがすごい!』編集部/編『このミステリーがすごい!2024年版』(宝島社)

 つい先日、『ミステリマガジン』で本年度ミステリのランキングが発表されたと思ったら、あっという間に『このミステリーがすごい!2024年版』の発売である。この記事を書いている時点ではすでに『週刊文春』の「ミステリーベスト10」も発表されているし、ミステリ界隈もあっという間に年末気分である。

 このミステリーがすごい!2024年版
▲『このミステリーがすごい!』編集部/編『このミステリーがすごい!2024年版』(宝島社)【amazon

 とりあえず買うだけは買った『このミステリーがすごい!2024年版』だが、現代の国産ミステリにはあまり興味がないので、ランキングと「我が社の隠し球」の確認だけするともう特別読むところもない。
 ただ、国産だ海外だという前に、そもそも面白そうな記事がないのである。この数年で買い始めた人はそれほど気にもならないだろうが、創刊時から読んでいる者としては、この十年(いや、もっと長いか)ほどの『このミス』は、あまりに何の工夫もないから仕方がない。
 本当にそこまで読む記事がないのか、ちょっと気になって直近五年間の特集を調べてみた。それがこちら。

2024年版……京極夏彦インタビュー、名探偵コナン30周年記念特別対談青山剛昌×東野圭吾
2023年版……ジョジョの奇妙な冒険35周年記念、追悼西村京太郎Forever
2022年版……米澤穂信インタビュー、対談:斉藤壮馬(声優)×青崎有吾
2021年版……100巻目前!名探偵コナン、伊坂幸太郎インタビュー
2020年版……スペシャルインタビュー乃木坂46白石麻衣、注目のベストセラー映画化「屍人荘の殺人」
       作家生活50年レジェンド対談:皆川博子×辻真先

 編集部や担当者にもそれなりの苦労があるのはわかるけれど、この五年間の特集はあまりにもやる気が感じられない。インタビューと人気漫画に便乗した企画ばかりで、アイデアの欠片もない。
 もちろんインタビュー自体は悪いわけではないのだけれど、国内作家へのインタビューなんて企画のうちにも入らないし、そもそもミステリ作家さんを差し置いて、アイドルや声優さん、漫画家さんを起用する意図がまったく謎である。
 ちなみに同じベストテン関係の冊子でも、原書房が本格ミステリに絞って出している『本格ミステリ・ベスト10』はちょっと状況が異なる。同じように直近五年間の特集を引っ張り出してみると、その差は歴然。

2024年版……京極夏彦インタビュー、方丈貴恵インタビュー、奥深き暗号ミステリの愉しみ
2023年版……柄刀一インタビュー、夕木春央インタビュー、現場見取り図でたどる本格ミステリ
2022年版……今村昌弘インタビュー、浅倉秋成インタビュー、テーマ別厳選本格短編ガイド
2021年版……我孫子武丸インタビュー、阿津川辰海インタビュー、メンバーの「推し」100
2020年版……青柳碧人インタビュー、井上真偽インタビュー、新鋭気鋭たち一挙紹介!

 必ず一つはミステリファンにアピールできる特集を組んでいるのがわかるし、インタビューにしても複数でバリエーションをつけ、もちろんアイドルなどには頼らない。
 
 ただ、『このミス』も以前はいろいろな読み物記事を特集していたのである。それがダメになってきたのは、おそらく『このミス』が20周年を迎えた2008年あたりからか。長く続けて惰性になってしまっているのか、とんがっていた初期メンバーが皆いなくなったからなのか、理由はわからない。とはいえ、他社が出版したミステリ、さらには世界中のミステリ作家の著書のおかげでこの本が成り立っているわけだから、少しはそれに応えられるような本作りをやってほしいものである。

ジェレット・バージェス『不思議の達人(上)』(ヒラヤマ探偵文庫)

 「クイーンの定員」の五十番目に選ばれた、ジェレット・バージェスの『不思議の達人』を読む。けっこうボリュームがあるようで、本日はその上巻の感想である。まずは収録作。

Missing John Hudson「ジョン・ハドソンの失踪」
The Stolen Shakespeare「盗まれたシェークスピア」
The MacDougal Street Affair「マクドゥーガル街事件」
The Flashawe Ghost「ファンショーの幽霊」
The Denton Boudoir Mystery「デントンの婦人の間の謎」
The Lorsson Elopement「ロースソンの駆け落ち」
The Calendon Kidnapping Case「カレンドン誘拐事件」
Miss Dalrymple's Locket「ミス・ダーリンプルのロケット」
Murder Thirteen「十三」
The Trouble with Tulliver「タリヴァー事件」
Why Mrs. Burbank Ran Away「なぜバーバンク夫人は逃げたのか」
Mrs. Selwyn's Emerald「セルウィン夫人のエメラルド」

 不思議の達人(上)

 本作の探偵役は預言者にして占い師のアストロである。その活躍する作品が発表されたのは1900年ごろで、いうまでもなくホームズの活躍に影響されて誕生したライバルの一人だろう。ただ『不思議の達人』というベタベタのタイトルや探偵役の職業だけを見てしまうと、なんとなく虚仮脅し的というか胡散臭い感じがして、正直面白そうには思えない。
 ところが、いざ読み始めると意外なリーダビリティの高さに驚いてしまった。といっても謎解きとしてはそこまでのレベルではないのだが、設定やストーリー作りが上手いという印象である。クリスティのクイン氏とかパインとか、ちょっとあの辺を思い出した。

 そもそもアストロの本職が占い師だから、大きな事件はあまり持ち込まれない。悩み事があるから占ってもらおうぐらいの話が多いのだが、アストロはそれに対して占うわけではない。実は鋭い観察力と推理力を持って事実を探り当てるのである。ホームズが来客の素性をすぐに推理してみせるアレを、オカルトの力で当ててみせる体にしているわけである。
 犯罪現場にもちゃんと赴き、その場での波動を直接感じることが必要などと宣いながら、しっかりとホームズばりに現場を調査する。そうして論理的・科学的に謎を解決した暁には、事実が水晶玉に浮かび上がってましたといって一件落着。こうしてアストロは探偵としてではなく、占い師、預言者としての名声をあげ、ついには警察も協力を求めるようになる。
 探偵術をあえてオカルトにして稼ぐというパターンが、ミステリの逆張りのようでそこが面白い。

 アストロの占い師モードと探偵モードの切り替えぶり、助手のヴァレスカ(これまた謎多き美女)とのやりとりなども含め、とりあえず一作目の「ジョン・ハドソンの失踪」で全体のイメージを掴みやすく、これが気に入れば、どの作品も失望することはないだろう。先ほども少し書いたけれど、謎解きはともかく娯楽読み物としては悪くない短篇集である。
 特に気に入ったものとしては、「カレンドン誘拐事件」が、当時としては(おそらく)画期的な身代金の受け渡し方法を用いていて面白かった。

マージェリー・アリンガム『ファラデー家の殺人』(論創海外ミステリ)

 マージェリー・アリンガムの『ファラデー家の殺人』を読む。アルバート・キャンピオン・シリーズの一作だが、長編を読むのは随分久しぶりだ。作品ごとにかなり作風が変わるので、なかなかイメージを捉えにくいキャンピオンものだが、本作は初期には珍しいガチガチの本格探偵小説である。

 ファラデー家の殺人
▲マージェリー・アリンガム『ファラデー家の殺人』(論創海外ミステリ)【amazon

 こんな話。職業冒険家を名乗るアルバート・キャンピオンの元へ一人の若い女性ジョイスが訪ねてきた。彼女の婚約者でもあるキャンピオンの旧友マーカスから紹介され、ある相談にやってきたのだ。
 現在、ジョイスは遠縁のファラデー家において、主人でもある大おばのキャロラインに請われ、一族の付添人のようなことをやっている。一家にはキャロラインの他に、その息子や娘、甥などが一緒に暮らしているが、その全員が老齢ながらこれまで職を持つでもなく、キャロラインの支配下に置かれていた。誰もが不満を抱え、不穏な空気が充満する中、ついに甥のアンドルーが行方不明になってしまう。何やら胸騒ぎのするジョイスは、恐ろしいことが起こるのではないかと、キャンピオンに調査をしてほしいというのだ。
 だが時すでに遅し。ジョイスが話を終えたそのとき、アンドルーの変死体が川で発見されたというニュースが飛び込んでくる。だが、それは連続して降りかかる悲劇の幕開けに過ぎなかった……。

 いわくつきの一族が暮らす屋敷を舞台に、次々と発生する連続殺人事件。一族の面々は信用できない者ばかりという設定がいかにもで、地味ながら緊迫感あふれるストーリーは、古典ミステリを読む喜びを十分に満足させてくれる。
 もちろん本格ミステリだから、サプライズや斬新なトリックもないよりはあった方がよい。実際、本作におけるメイントリックも、この種のものとしては先駆けらしく、当時はもちろん今読んでも十分に評価されて然るべきだろう。
 ただ、そのトリックが生きるには、やはり小説として諸々の高い水準が必要だろう。それがプロットであったり人物描写だったりするわけで、さらにはそれが説得力や作品の魅力にも通ずる。本書の「訳者あとがき」ではロバート・バーナードの「真祖がそれまでの経緯の論理的かつ唯一可能なクライマックスとなる、この上なく納得のいく探偵小説」という言葉を挙げているが、まさしくそのとおりである。ここに謎解き小説の本質がある。

 ちなみにアリンガムの人物造形にはいつも感心するが、本作のファラデー家の面々も全員捨てがたく、個人的には誰が犯人でも面白かっただろうなという、変な感想を持ってしまった。
 ネタバレ回避のため人物名は書かないが、誰それが犯人だったらクリスティのアレ風だったとか、こいつだったらクイーンのアレっぽいとか……そんな感じで全員分妄想できるわけである(決して推理ではない)。そういう意味では、アリンガムの作品は名優が勢揃いして演じる舞台を観るような、そんな楽しみもあるといえる。

鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』(中公文庫)

 何年か前にTwitterで少し話題になっていたジュヴナイル・ミステリ、鈴木悦夫の『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』が復刊されたというので読んでみた。解説が松井和翠氏だというのもびっくりで、復刊を知ったのも確か氏のXでの書き込みだったように思う。

 こんな話。カメラマンの中道勇一郎は妻の由美子、長女で高校二年生の一美、長男で中学二年生の行一、次男で小学六年生の省一の五人家族である。仕事に使うスタジオを備えた新居へ引っ越したばかりである。そこへ勇一郎の友人でCMの演出家をしている西浦尚平が、スタッフを連れて訪ねてきた。
 絵に描いたように幸せそうな中道一家を、一年がかりで撮影し、《幸せな家族》というシリーズのCMにしたいのだという。由美子は少し渋ったものの、最終的には賛成し、中道家の暮らしにCMスタッフが出入りするようになった。
 ところが肝心の勇一郎が仕事で忙しく、撮影は今ひとつ順調に進まない。そしてようやく勇一郎が撮影に参加できることになった日の朝、彼は死体で発見される……。

 幸せな家族
▲鈴木悦夫『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』(中公文庫)【amazon

 なかなかネット上での評判が良かったものの、それはあくまでジュヴナイルというフィルターを通しての感想だと思っていたのだが、いやあ、これは確かに一読の価値がある。そもそも語り手が小学生というだけで、これはジュヴナイルというより、むしろ大人が読むべき小説ではないか。ただ、傑作というような印象ではなく、個人的には異色作とか怪作とか、そういう形容の方がふさわしいようにも思う。

 とにかく強烈な作品であることは間違いないのだが、個人的にそう感じた理由は二つある。
 ひとつはミステリとしてのスタイル・構成・大ネタである。ミステリにちょっと詳しい人なら、本作がクリスティの代表作のアレとアレを足して割ったような構成であることはすぐにわかると思う。この有名な作品のスタイルを借り、かつ物語の語り手を次男の小学生、省一にすることで、読者はすでに嫌な先入観を持ってしまう。著者の狙いは悪質である。
 しかし、そうはいってもジュヴナイルである。探偵小説とは論理が恐怖を鎮める物語である、とかいうような言葉もあるように、もし悲しい物語であったとしても、ラストには読者の子供たちに知的好奇心を満足させ、希望を与えるような本格ミステリ的なエンディングが待っていると思っていた。しかし、そんな大団円などはなく、本作はスリラーに終始する。ここにも著者の悪意が窺える。
 このミステリの型、ジュヴナイルの型といってもいいのだが、それをジュヴナイルにおいて壊すところに本作の大きな意味がある。

 ただ、実はミステリとしてどうこうではなく、本作が本当に強烈な理由はもうひとつの方だ。といっても結局はジュヴナイルの型を壊すことにも関連はするのだが、それが《幸せな家族》というテーマそのものであり、その描き方である。
 CM撮影に起用された幸せな家族は、本当に幸せな家族なのか。家族はカメラの前で幸せな家族を演じるが、普段の生活が演技ではないと誰が断言できるのか。そういう怖さがある。実際、著者の家族の描き方は非常に生々しく、特に人間のみっともない部分、いやらしい部分を見事に暴いている。
 語り手の省一などは特に兄に対してそういう気持ちを強く持っているのだが、その省一自身がよりモンスターであることに本人は気づいていない。そして省一をそうさせているのは、結局大人なのである。これもまた怖い。
 そして家族それぞれが持つそうした嫌な部分が連鎖する。同時にそれは家族の絆でもあるのだが、それが連続事件の鍵を握っているところが最も怖いのかもしれない。

 《幸せな家族》どころか、家族という概念すら幻想なのではないか。救われないラストに恐怖するのは、やはり大人の読者なのだろう。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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