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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 02 2024

池央耿『翻訳万華鏡』(河出文庫)

 ミステリ関係の評論やエッセイといえば、作家や評論家、書評家はもちろんだが、最近は翻訳者の著作もよく見るようになった。なんとなくだけれど、やはりその背景にはインターネットやSNSの発達があるように思われる。これまではそもそういう場の少なかった翻訳者だが、自らホームページやブログ、SNSなどを通じて発言する機会が増え——それこそ翻訳者ならではの苦労や面白いエピソードも多いはずなので——それが書籍化に結びついているように思う。
 ただ、翻訳者に限らず、積極的にそういった発信を行うのは、やはり若い人たちが中心である。今現在、精力的に活躍している人の話はもちろん面白いのだけれど、個人的には自分が若い頃に読書でお世話になったベテラン翻訳者、これまであまり発信する機会のなかった方々の話を聞いてみたいのである。
 そういった欲求を満たしてくれる本が、この度文庫になった。池央耿の『翻訳万華鏡』である。

 翻訳万華鏡
▲池央耿『翻訳万華鏡』(河出文庫)【amazon

 思えば池央耿という翻訳者は、海外ミステリを読み始めた頃から頻繁に目にする名前であった。しかし、上で書いたように、この時代から活躍している翻訳者はブログやSNSではほぼお目にかかれない。池央耿も同様で、その業績こそ翻訳書があるから一応知ってはいても、どういう人物なのか一切不明なのである。そんなモヤモヤしたところが今回の読書で解消されたのがまず何よりであった。

 内容も予想以上に面白かった。個人的に気になっていたのは、著者が訳したミステリに関する裏話やエピソードがどれぐらい盛り込まれているかであったが、光文社の『EQ』や「黒後家蜘蛛の会」シリーズや「マフィアへの挑戦」シリーズなど、これまであまり知られていない話も多く取り上げられ、ミステリ好きには十分に渇きを癒せるものだった。特に「マフィアへの挑戦」について言及されている本なんて滅多にないので、当時のマフィアブームに絡む出版事情が読めて実に楽しかった。

 ただ、厳密にいうと、この本の真価はミステリファンのための裏話なんかではなく、翻訳者・池央耿の凄さを改めて知らしめてくれたことにある。どうしてもエンタメ系の業績に目を奪われてしまいがちだが、著者の長年の活躍は、紛れもなく著者の古典や文学、日本語に対する造詣の深さに支えられてきたものであることがわかるし、本書中で披露されるそのハイブロウな遊びにも唸らされる。
 決して系統立てた翻訳論とかいう類ではない。もっと一般に向けて書かれた軽いエッセイではあるのだが、それでも文学や日本語に対して、いろいろと気付かされる点が多い好著であった。

エド・レイシイ『さらばその歩むところに心せよ』(ハヤカワミステリ)

 しばらく前に読んだホレス・マッコイが非常に良かったので、少し古めの犯罪小説やハードボイルドが気になってしまう。元々好きなジャンルなのだが、ハマり始めたのはネオハードボイルドのおかげなので、これまで御三家や一部の作家を除くと、古いものはそこまで読めていない。この辺りも今後の宿題だなと思いつつ(また宿題が増えてしまった)、手始めにエド・レイシイの『さらばその歩むところに心せよ』を手に取ってみた。

 こんな話。バッキーは先輩のベテラン刑事・ドックとともにある家に身を潜めていた。二人の前には三つのスーツケースに入った百万ドルがあった。ある手段でこれを入手した二人は、これを完全に自分たちのものにするため、今後の計画を練り始める……。
 ドックはバッキーの理想のヒーローであり、自分も彼のような男になりたいと密かに憧れていた。しかし、元々バッキーの理想像は父のネイトであり、さまざまなことをネイトから教わった。だが、あるとき二人は本当の親子でなく、あまつさえ養子ですらないことを知ってしまい、自ら自堕落な生活に堕ちていく。やがて朝鮮戦争に志願し、帰国後は警察に入るあたりで運が向いてくる。そして、ある事件をきっかけにドックと知り合い……。

 さらばその歩むところに心せよ
▲エド・レイシイ『さらばその歩むところに心せよ』(ハヤカワミステリ)【amazon

 これはまいった。よいとは聞いていたが、まさかこうくるとは。悪徳警官もののハードボイルドとして読み始め、その意味でもまったく期待を裏切らないレベルなのだが、それだけにとどまらない魅力がある。

 おすすめポイントはいくつかあるが、一つはやはりハードボイルドとして優れていること。主人公バッキーがとにかくよい。
 バッキーは父親を英雄視していたが、姓の問題から仲違いする。半ば自暴自棄になりつつも、ある種の上昇志向はあり、その時々で自分なりに考えて行動する。その結果チャンスは少しずつ転がり込んでくるのだが、必ずしも自分の描いたプランではないことも多く、それがまたバッキーのプライドを削ってゆく。彼の目線の先には常にネイトが、そしてドックがおり、その偶像との差に苦しめられる。
 この屈折したバッキーの生き様に引き込まれるわけで、加えて彼のターニングポイントとなるエピソードの一つひとつが面白い。ネイトの凄さを初めて感じた事件、軍隊での勲功、ドックと知り合うきっかけの事件などなど。それだけで短篇が書けるぐらいの濃さがある。

 カットバックを使って過去と現代を交互に描く手法も、現代ミステリでは食傷気味だが、こういう使い方であれば効果的だ。現代パートでは100万ドルを手にしたバッキーとドックの潜伏の様子が描かれ、過去パートでは上に挙げたようなバッキーの半生が語られ、彼がどのような人間なのかを克明に描いてゆく。

 著者が上手いのは、そういうバッキーの生き様が本作のテーマでもあると同時に、全体の大きな伏線にもなっているということか。いやまあ、それ自体はトリックというわけでもなんでもないのでネタバレではないのだが、バッキーを深く描写することがラストへつながることは確か。
 そもそもバッキーとドックは何をやらかしたのかという興味があって、バッキーの半生を語り終わった時、現代パートと結合し、二人の本当のドラマ、そして驚きの真相が明らかになるという趣向である。バッキーの人生に深く入り込むほど、その衝撃は大きい。

 ということで、これは傑作認定。ただ、ポケミスでしか翻訳がなく、しかも長らく品切れなのが残念。ロス・マクドナルドのいくつかの作品もそうだが、こういう優れた作品を文庫化もせず塩漬けにしておくのはいかがなものか。是非とも復刊して、広く読まれてほしい一冊である。

クリフォード・ナイト『〈サーカス・クイーン号〉事件』(論創海外ミステリ)

 クリフォード・ナイトの『〈サーカス・クイーン号〉事件』を読む。黄金時代に書かれたハント・ロジャーズ教授を探偵役とするシリーズの一作。
 著者の作品はかつて原書房から刊行された『ミステリ講座の殺人』を読んだことがあり、そちらはミステリ作家が自宅で開催したミステリ講座の最中に発生した殺人事件を描くというストーリーであった。ただ、設定としては魅力的ながら出来そのものはその域に及ばず、さて本作はいかに、というところである。

 まずはストーリー。貨物船一隻に丸々サーカス団を詰めこみ、寄港先を興行して回るカービー・マーティン・サーカス一座。ある時、その団長カービー・マーティンが死亡する。サーカス団で飼育するゴリラによって起こされた不幸な事故かと思われたが、カービーの後を継ぐ姪のドリス・マーティンが乗船したことで、さらなる悲劇が発生し……。

 〈サーカス・クイーン号〉事件
▲クリフォード・ナイト『〈サーカス・クイーン号〉事件』(論創海外ミステリ)【amazon

 本作も設定はなかなか面白い。サーカス一座を乗せた船内で繰り広げられる事件という、なかなか凝った設定である。外部のものが理解しにくい独特のショービジネスの世界であり、そこで働く人々も変わり者や一般社会に馴染めない者が多かったりと、まずその世界観が魅力的である。
 普通だとサーカスのスターや演者をメインに持ってきたくなるところだが、著者はサーカスの経営にスポットを当て、いわゆるバックヤード側、管理や事務方スタッフのドタバタを中心に描いているのが珍しくてよかった。そこまで詳しいわけではないが、お仕事ミステリという読み方も楽しい。

 これらだけでもかなりのアドバンテージではあるのだが、著者はそこに甘えることなく、犯人からと思われる脅迫状をアクセントとして効果的に挿入し、連続殺人劇としてテンポよく仕立て上げる。リーダビリティは全体に高く、決して退屈はしないストーリーである。

 ここまでやってくれたら、あとはそれなりの犯人を用意してくれれば合格点は楽勝でクリアできるところなのだが、この著者は残念ながら、どうにも肝心のミステリ部分がいまひとつ。
 サーカス一座の重要人物を次々と殺害しておきながら、この犯人と動機ではあまりに絵にならないし、読者が思わす悔しがる手がかりも提示できていない。お話作りのアイデアに上手さはあるのだけれど、それを本格ミステリとしてフィニッシュさせる技術というか山っ気にかけるというか。そこが惜しい。

 本書の読後、そんなことを思いながら解説を読んでいると、そこにも「クリフォード・ナイト作品は本格ミステリのバイプレーヤーという評価軸を外した方が楽しめるでは」というようなことが書かれていて、そうだよね、と納得した次第である。

山沢晴雄『ダミー・プロット』(創元推理文庫)

 短篇集『死の黙劇』に続いて、長篇『ダミー・プロット』を読む。山沢晴雄は四作の長篇を残しており、本作はその第二作、著者が自ら代表作に推す作品である。

 こんな話。私立探偵・砧順之介が友人の岸浜竜二から紹介された妻の涼子は著名な服飾デザイナーだが、ミステリや将棋にも詳しく、砧に不思議な印象を残した。そんな彼女は、ある時、自分にそっくりな女性・柴田初子を見つけ、初子を自分の替え玉に仕立てようとする。
 そんな頃、ルポライターとは名ばかりで、その実は入手した情報をもとに強請を働く布施香子。彼女は役人の大幹昌雄と占い師・壬庚子のホテルでの密会写真を撮り、早速、強請を開始する。
 一方、商社社員の風山秀樹は、殺人容疑のピンチに陥った友人の小島に泣きつかれ、アリバイ工作を検討する。
 三者三様の思惑が、何の因果かそれぞれが導き合い、連続殺人事件へと発展してゆく……。

 ダミー・プロット
▲山沢晴雄『ダミー・プロット』(創元推理文庫)【amazon

 『死の黙劇』の感想で、「著者の短篇はやりすぎ、詰め込みすぎの感が強く、小説としての味わいや潤いに乏しい、長篇の方が向いていたのかも」なんてことを書いたのだけれど、初めて山沢晴雄の長篇に接し、これはけっこういい線をついていたと実感。もちろん、それは本作が予想以上に楽しめたからであり、短篇で感じた欠点をほとんど意識することもなく読み終えることができた。

 まず導入がいい。群像劇かと思うようなさまざまなキャラクターのエピソードで幕を開け、それがどのように絡み合うのかという興味がある。これがサスペンス小説とかならむしろ常套手段だったりするし、本格でも「嵐の山荘」系であれば、否応なく登場人物は集まるしかない。だが、本作はガチガチのトリックメーカーになる作品だから、そんな緩い手は使うまい。
 実際、まったく結びつきようがないと思われる三つのエピソードであり、まずこれをどのような事件に持っていくか、という点だけでも惹かれること請け合い。

 そして、中盤で徐々に明らかになる関連性。何となくボヤーとしていた手がかりの輪郭が明らかになり、ラストではそれぞれが真実に向けて収斂されていく快感が素晴らしい。中でも核になるのが、涼子と初子による二人一役であり、それが事件の中でどのような意味を持ってくるのか。著者が最初から「二人一役」という大きなヒントを提示しているのに、管理人などはすっかり騙されてしまった(苦笑)。

 ともあれこうして著者の代表作が読めたことは実に喜ばしい。残る三長篇もぜひ期待したいところである。

山沢晴雄『死の黙劇』(創元推理文庫)

 久々の山沢晴雄作品、短篇集の『死の黙劇』を読む。日本評論社から出た初の作品集『離れた家 山沢晴雄傑作集』を読んで以来ではないか。まずは収録作。

「砧最初の事件」
「死の黙劇」
「銀知恵の輪」
「金知恵の輪」
「見えない時間」
「ふしぎな死体」
「ロッカーの中の美人」
「密室の夜」
「京都発”あさしお7号”」

 死の黙劇
▲山沢晴雄『死の黙劇』(創元推理文庫)【amazon

 山沢晴雄といえば、生涯アマチュアを通したことや本格一辺倒の作風で知られている。とりわけ徹底的なまでにパズル性にこだわったことが最大の特徴であり、自ら「手品文学」と自作を表したぐらいなので、ガチガチの本格好きな人には根強い人気のある作家だ。
 ただ、アマチュアということもあって発表の場も非常に限られ、『離れた家 山沢晴雄傑作集』が出るまでは本当に読むことすら難しい状況があった。それが今ではこうして文庫で読めるのだから、まずは慶賀すべきことである。
 ただ、決して読みやすい作品ではない。特に短いものほど複雑なネタを詰め込んでおり、やり過ぎの感は強い。基本的にはトリックありきで作品を書いていることもあって、小説としての味わいや潤いに乏しい面もあり、一般ウケは難しいイメージである。単独で商業出版がなかなかされなかったのは、おそらくそういったことも影響しているだろう。

 とはいえ、本格好きなら一度は読んでおきたい作家であることも確か。本書は『離れた家 山沢晴雄傑作集』と多少収録作に被りがあるものの、その全貌が理解できるよう初期と後期の両方から作品が採られている。再読作品が意外に多かったのだけれど、すっかり内容を忘れていたので、問題なく普通に楽しめてしまった(笑)。以下、簡単に簡素王など。

 初っ端の「砧最初の事件」は強烈である。プロット、トリックともに複雑で、著者の真骨頂。続く表題作の「死の黙劇」も複雑さでは負けていないし、「銀知恵の輪」はアリバイトリックがお見事。シンプルなはずの事件を二重三重に仕掛けてくるところがさすがで、この冒頭三作で一気に引き込まれる。ちなみに「銀知恵の輪」という題名はなんのことかと思ったが、有名な詰将棋の問題のタイトルから取っているとのこと。

 「金知恵の輪」も同じく、詰将棋の問題から題名が付けられている。ちょっと出来は落ちるが、犯人の視点から描かれており、こういうスタイルも書くのだという驚きもあり。
 「見えない時間」、「ふしぎな死体」も欠点がやや目立つ。「金知恵の輪」もそうだけれど、これら三作は九十年代という後期の作品で、そのあたりが関係している可能性もないではない。

 「ロッカーの中の美人」は非常に短い作品だが、いつもとは逆に、それが結果的にいい方に出ていて嫌いではない。ラストの「密室の夜」、「京都発”あさしお7号”」も悪くない。特に後者は質的ボリューム感が強く、元々は百枚ほどあった中篇作品を六十枚ほどに削ったものだということで、それも納得。

 まとめ。これが山沢晴雄の作風といえば作風であり、そこに感心はするのだけれど、無理やりに詰めた感じがいつももったいなく感じてしまう。もしかすると著者は長篇の方が向いていたのかも、ということで次は本書に続いて刊行された『ダミー・プロット』を読んでみたい。

笹沢左保『ふり向けば霧』(ノン・ポシェット)

 笹沢左保の『ふり向けば霧』を読む。『本格ミステリ・フラッシュバック』にも取り上げられている作品だが、その中では比較的知られていない方か。

 まずはストーリーから。短大生の千早芙美子は十八歳の時、三角関係のもつれから男女二人を刺殺してしまう。しかし連行される途中で警察官が心臓発作を起こし、その隙に芙美子は逃走。一時は自殺も考えたが、親切な人に巡り合い、長い逃亡生活を送ることになる。
 そして十三年の時が過ぎた。時効が迫る中、潜伏して暮らす芙美子の周囲も変化し、彼女は思い切って上京を決意する。ところが機中で、かつて自分が殺した女の夫・八ツ橋に出会ってしまう。絶望する芙美子だったが、なぜか八ツ橋は逃亡援助を申し出たのだった……。

 ふり向けば霧
▲笹沢左保『ふり向けば霧』(ノン・ポシェット)【amazon

 これは珍しく一発ネタ。ラストのサプライズがすべてであり、ストーリーはもっぱら逃亡生活を送るヒロインの心理描写とサスペンスで引っ張ってゆく。前半は八ツ橋と出会うまでの、中盤は八ツ橋に匿われての生活、そして終盤では、芙美子を追う謎の男の登場、そして八ツ橋自身がある事件に巻き込まれて容疑者となる。
 したがって物語が大きく動くのは終盤に入ってからで、そこまではロマンスとサスペンスを適度に混ぜた比較的まったり進行。ドラマ化を意識したようなロマンス、濡場も満載なので(といってもそこまで刺激は強くないけれど)、人によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。

 ただ、アイデア自体は非常に面白い。全体的にサスペンスを高める工夫がもう一つ欲しかったところだが、そこがあまり気にならなければ、ラストのサプライズで十分にお釣りは来るだろう。
 個人的には、もう少しヒロイン・芙美子に対して救いのあるラストだったらなお良かった。著者らしいといえば著者らしいストーリーではあるが。

アルバート・ハーディング『レイヴンズ・スカー山の死』(ROM叢書)

 ROM叢書をもういっちょ。アルバート・ハーディングの『レイヴンズ・スカー山の死』を読む。
 初めて読む作家だが、それもそのはず著者はまったくの無名作家。Wikipedeiaによると鉱業関係の会社員から上院議員となり、その後も内務省などで働いたとのこと。執筆はあくまで趣味や余技のようで、残した小説は本作を含め三冊。それ以外に癌との闘病記を描いたノンフィクションが一冊ある。

 こんな話。放浪生活を始めることにした初老のジョージ・プロッサーは、街で知り合った老人が暮らす湖水地方へ向かうことにした。その途中、元警官の女性私立探偵ジュディスと知り合い、彼女の伯父ベンジャミンの宝石盗難事件を手伝うことになる。
 ところが現地では、ジュディスのもう一人の伯父、ジョゼフの転落死事件が発生し、殺人ではないかという噂でもちきりだった。そして、ベンジャミンもまた同じ場所で転落死してしまう……。

 レイヴンズ・スカー山の死
▲アルバート・ハーディング『レイヴンズ・スカー山の死』(ROM叢書)

 1953年に刊行された未知の作家の作品とはいえ、ROM叢書で出るぐらいなので一定水準はクリアしていると想像はしていたが、これは予想以上だった。
 まず非常にリーダビリティが高いのが高ポイント。それに大きく貢献しているのが、テンポよく起伏に富んだストーリーである。第二の転落死事件、不審な交通事故、事件の背後に隠されたある事実などなど、エピソードの出し入れが巧く、その度に新たな手がかりが提示されていき、読者を煙に巻いていく。ロマンス要素も意外に多くて、最初は味付けレベルかと思っていると、これすら読者の目眩しにもなっている。
 キャラクターも生き生きと描かれ、特に主人公はアマチュア探偵ながらそれなりの人生経験と常識力を持って着実に真相に近づいていくので好感が持てる。あくまで第三者として関わる距離感もいい按配である。また、彼に関わる女性探偵や女性作家、宿屋の女将など、時代の波もあるのか、とりわけ女性キャラクターがしっかり自立している感じもいい。
 ストーリーやキャラクター造形など、全体的に古い感じがなく、現代物といっても通用しそうなテイストである。

 もちろん長所はそれだけではない。何より本格探偵小説としてしっかりした構成で作られており、意外性も十分にある。真相を知ると、あれもこれも伏線だったのかという驚き。しかもそれらがけっこう大きい手がかりだったりするので、これはもう素直に脱帽するしかない。
 途中でけっこう気になる部分もあったのだけれど、その理由が最後になって腹に落ちる。まさにこういう快感こそがミステリの愉しみであり、著者はそれがよくわかっている。
 一つだけ大きなご都合主義のところがあり、それさえ綺麗に処理されていればもっと良かったが、まあ、それは贅沢というものだろう。

 ということで全体的には満足の一冊。
 ちなみに本書の刊行当時、といっても昨年の十二月だが、その頃はまだ著者情報がよくわかっていなかったようで、作品のレベルの高さから有名作家の別名義作品(たとえばジョン・ロードとかの)ではと解説に推測されていた。管理人も読了直後はロマンス要素の多さと女性の描き方の巧さから、これは女性作家ではないかなと思っていたのだが、フランス版Wikipediaの掲載記事によるとどうやら違ったようだ。ううむ。

レオ・ブルース『怒れる老婦人たち』(ROM叢書)

 レオ・ブルースの『怒れる老婦人たち』を読む。歴史教師キャロラス・ディーン・シリーズの第八作目にあたる。

 まずはストーリー。ディーンが勤めるクィーンズ・スクールのあるニューミンスターから、四十マイルほど離れたところにある小さな村グラッドハースト。そこで同居して暮らす三人の老姉妹がいた。
 長女ミリセントは熱心なキリスト教徒で資産家。次女ボビン夫人と三女フローラの生活の面倒も見ていたが、周囲とはトラブルばかり起こす村の厄介者でもあった。ある日、そんな彼女の死体が、教会墓地の掘ったままにしてある墓穴から発見される。
 警察は物盗りの方向で捜査を進めるが、警察を信用していないボビン夫人はディーンに調査を依頼する……。

 怒れる老婦人たち
▲レオ・ブルース『怒れる老婦人たち』(ROM叢書)

 前回の『ブレッシントン海岸の死』がちょっと弱かったこともあって少し心配ではあったが、本作はいつもどおりのラインに戻したようでひと安心。大傑作とは言わないけれど、長所短所合わせてレオ・ブルースならではの特徴がふんだんに発揮された佳作といえるだろう。

 短所からいうと、いつも以上に地味な作品である。もともとストーリーの起伏が少ないシリーズではあるが、本作は頭から尻尾まで、徹頭徹尾、キャロラス・ディーンの調査すなわち関係者への聞き取りに終始する。
 唯一、終盤で第二、第三の事件が起こるけれど、それ以外の部分は本当に動きがない。第二、第三の事件にしても非常に淡白な描き方で、そもそも第一の事件なんてボビン夫人から説明されるだけだからもっと始末が悪い。
 おまけに今回は賑やかしのゴリンジャー校長も悪ガキのブリグリーも控えめ。このケレンのなさがある意味、著者の作品の、とりわけキャロラス・ディーンものの大きな特徴ではあるのだが、もう少し山っ気があっても良いのになあとは思う。おそらくだが、ブルースにはこういう作品が多いから、なかなか一般的な人気が出ないのだろうなあ。

 ただ一方で、本格ミステリとしての山っ気は旺盛で、言うまでもなくこちらが最大の長所である。本作ではトリックと呼べるものがひとつ使われていて、それも悪くはないのだが、むしろ事件全体の構成そのものに工夫がされており、そちらの方にこそ感心する。
 要はプロット作りが上手いわけだが、大掛かりなトリックなどはなくとも、本格ミステリのコードを踏まえた上でそれを逆手に取るというか、読者がミステリに詳しいほど綺麗にやられる。本作もまさしくそういうタイプのネタではなかろうか。

 また、相変わらずの感想になってしまうが、ブルースは会話が実に上手い。ストーリーは地味だけれど全然退屈しないのは、この会話が面白いからである。本作ではタイトルからして“怒れる老婦人たち”とあるように、まずエキセントリックな老婦人が多く登場し、それぞれにディーンとの絡みを見せる。他にもメイドのナオミや警察官、その他大勢の関係者とのやりとりが見ものである。
 それこそ漫才にでも通じるような、よく読んでみるとボケとツッコミみたいになっている箇所が山ほどある。ここかしこに「何でやねん」とか「ちょっと何言ってるかわかんない」というようなセリフに思わず脳内変換してしまうほどだ。
 まあ、管理人の読み方が特殊なだけかもしれないが、淡々と進んでいるかのような会話が、実はくすぐり満載というところもを魅力としては小さくない。

 ということで、最初にも書いたように、本作は地味ながらもブルースの特徴が発揮された佳作である。これが私家版、同人という形でしか刊行されないことが本当にもったいない。翻訳の小林晋氏はレオ・ブルース全長編の邦訳を宣言なさっているが、まだ先は長い。それはそれで楽しみではあるが、どこかの出版社がぜひ協力できないものだろうか。

アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』(河出書房新社)

 河出文庫からアヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』が出るというので、長らく積んであった単行本を引っ張り出して読む。
 東欧の架空の小国で起こる不可思議な事件を、博覧強記のエステルハージ博士が解決するという連作短篇集である。収録作は以下のとおり。

Polly Charms, the Sleeping Woman「眠れる童女、ポリー・チャームズ」
The Crown Jewels of Jerusalem, or The Tell-Tale Head「エルサレムの宝冠 または告げ口頭」
The Old Woman Who Lived with a Bear「熊と暮らす老女」
The Church of Saint Satan and Pandaemons「神聖伏魔殿」
Milord Sir Smiht, the English Wizard「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンバートン・スミス卿」
The Case of the Mother-in-Law of Pearl「真珠の擬母」
The Ceaseless Stone「人類の夢 不老不死」
The King's Shadow Has No Limits「夢幻泡影 その面差しは王に似て」

 エステルハージ博士の事件簿
▲アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』(河出書房新社)【amazon

 おお、これはまた異色の作品集だ。タイトルが探偵小説っぽいし、ストーリーも一応はその体裁をとってはいるけれど、なんせ著者はSF畑の作家であり、語られる事件も常識外の奇妙なものばかり。その中身もペダンティズムやファンタジー要素に彩られ、加えて独自の造語・事象がふんだんに盛り込まれているから、これは手強い。

 ただ、一般的なミステリを期待してはいけない。扱われる事件はおよそミステリの文脈で解かれるようなものではなく、SF要素、ファンタジー要素、探偵小説要素がそれぞれ入り混じっており、じゃあ結果的にSFミステリ、あるいはホック『サイモン・アークの事件簿』のようなオカルトミステリの類いかとも思うのだが、表面的にはともかく、その本質は違うように思える。
 本書の殊能将之氏の解説によると、この特殊な世界観を久生十蘭や小栗虫太郎らの「戦前の国産探偵小説」に例えており、なるほどとは思うけれど、そちらはファンタジー要素、探偵小説的要素の両方を同時に満たすものが意外に少なく、こちらもまた目指しているところがやや異なるかなという感じもある。

 そこで、ちょっとネットでその印象を調べてみると、どなたかが諸星大次郎の『妖怪ハンター』を挙げていたが、個人的にはこれがけっこうしっくりきた。
 というのもエステルハージ博士は探偵役ではあるが、積極的に事件を解決するわけではない。関わりはするが、あくまで事象の本質を観察、独自の視点で検証するにとどめる。そこが『妖怪ハンター』の主人公、考古学者・稗田礼二郎に共通している。事件解決は二の次、森羅万象を読み解くことが肝で、ときには読み解けないままに終わることも珍しくない。著者はそんな世界で戯れているのである。

 というような作品ばかりなので、中には本当に意味が掴みにくい話も多い。個人的には多少なりともポイントを掴みやすい「眠れる童女、ポリー・チャームズ」、「熊と暮らす老女」、「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンバートン・スミス卿」、「真珠の擬母」あたりが好み。
 変化球だらけの作品集なので、多少、覚悟して読むのがよろしいかと。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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