fc2ブログ
探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 03 2024

ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』(早川書房)

 ジェイソン・レクーラックの『奇妙な絵』を読む。ポップだがチープな装丁、そして帯にはスティーブン・キング、ジョー・ヒルのダブル推薦文が踊っていて、そこはかとなく漂う地雷臭がなんともいえない感じである。なんせキングの推薦文に当たりなし、とは以前よく言われていたことだし、聞いたこともないお初の作家。普段なら十中八九手を出さないところなのだが、ネットでの褒めている感想をたまたま続けて目にしたため、つい買ってしまった一冊。

 こんな話。舞台はニュージャージー州郊外の町スプリングブルック。ドラッグの依存症から抜け出した二十一歳のマロリーは、リハビリとして住み込みのベビーシッターを務めることになった。雇い主はテッドとキャロラインのマックスウウェル夫妻、そして面倒を見るのは五歳の男の子テディである。
 離れを自分の部屋として与えられ、ようやく立ち直れそうな感じを持つマロリーだったが、やがて異変が起こる。テディが描いていたスケッチブックの中に、死体と思しき女性を引きずって歩く男の絵があったのだ。それはかつてこの地で起こった殺人事件を描いたもののように思われた。そして、テディはさらに不気味な絵を描いていくようになる……。

 奇妙な絵
▲ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』(早川書房)【amazon

 おお、地雷臭などと腐してみたものの、いざ読んでみたら、これは予想を遥かに超える面白エンタメではないか。
 作りとしては一応ホラーに属するのだろうけれど、これはミステリファンが読んでも十分納得の内容であり、むしろミステリ成分の方が強いかもしれない。
 それでも前半は比較的ストレートなホラーなのである。主人公マロリーがテディ少年の描く絵に不穏なものを感じ、その背景にある過去の事件を調べるうち、さらに現象がエスカレートしてゆく。すでにこの時点でなんとなく全貌がわかった気になってしまうが、実はこれが落とし穴。多くの読者が予想するであろう悲劇は、どうやら見当違いの方向であることが判明し、後半では一気に新たな真実と怒涛の展開が待っている。仕掛けられたサプライズはなかなかの衝撃で(とはいえ登場人物も少ないし、勘のいい人は気づくかもしれないけれど)、できれば無理に推理などせず、著者の企みに身を委ねた方が楽しめるだろう。

 本作を語るときに忘れてはなならないのが、テディ少年の描いた絵の数々。これが実際に挿絵として載っているのは悪くないアイデアだ。もちろん絵自体に意味があるからなのだが、役割としていうなら、事件現場の見取り図や暗号、ダイイングメッセージなどを載せるのに近い。すなわちそれが事件を解くヒントにもなっているのだ。
 ただ、だからといってフェアなのかといえば、それもまた違う。そこには合理的な根拠がないからで、そこがホラーたる所以である。

 本筋とはあまり関係ないけれど(いや、あるか)、本作に用いられている設定にはドラッグからDV、銃社会、トランスジェンダー、人種差別など、さまざまなアメリカの社会問題が詰め込まれている。たかだかホラー一冊でこれだけの問題を取り込んでしまうアメリカの闇はとことん深い。それだけに希望に満ちたラストには救われる思いである。

ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(創元推理文庫)

 ホリー・ジャクソンの『受験生は謎解きに向かない』を読む。ご存知ピップ・フィッツ=アモービのシリーズだが、いったん三部作が完結したあとに書かれた前日譚である。

 こんな話。高校生のピップに招待状が届いた。週末に友人の家で開催される犯人当てミステリーゲームへの招待である。大学進学のために必要な自由研究のことが気になるピップは、最初は乗り気ではなかったが、徐々にその面白さにのめり込んでゆく……。

 受験生は謎解きに向かない
▲ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(創元推理文庫)【amazon

 頁数は160ページ余りと中編レベルで、ストーリーもミステリーゲームがすべてであり、実際の事件は起こらない。そこまで力の入ったものではなく、言ってみればシリーズのボーナストラックのような位置付けなのだろう。

 ちなみにここで用いられている犯人当てミステリーゲームは、よく見るボードゲームやゲームブックとは少し異なっていて、シナリオとプレイ中で使われるカード等の備品がセットになったもののようだ。ゲームの進行役も含めてすべての参加者が登場人物に扮し、シナリオに沿ってストーリーを演じ、最後にそれぞれが殺人事件の犯人を推理するものらしい。
 つまりピップたちがプレイしているこの犯人当てミステリーゲームを、読者も一緒に推理するという趣向である。

 ミステリーゲームとはいえ、いや、ミステリーゲームだからこそ本格ミステリとしては逆にしっかりしている。面白いストーリーかどうかは微妙だが、要はそれを演じているピップたちのやりとりが本筋というか、そこが読みどころ。本格ミステリのパロディとして楽しむのも良いだろう。

 独立して読めるものの、後に起こる三部作のフリもふんだんに盛り込まれており、そういう意味でも本作はやはりシリーズのファンのためのボーナストラックと見たほうがよい。
 ただ、三部作をすでに読んだ者にとっては本作のピップたちの無邪気な姿がむしろ痛々しく、本作をあえて書く必要があったのかどうか、少々疑問ではある。どう見てもキャラクターありきの作品なのは間違いないところで、なんだか著者自身による二次創作のような感じを受けてしまった。

泡坂妻夫『猫女』(双葉文庫)

 泡坂妻夫の『猫女』を読む。傑作揃いの著者の作品の中では、比較的、取り上げられることの少ない本作だが、実際に読んでみると、確かにそれも仕方ない感じを受けた。

 まずはストーリー。音澄陶磁の御曹司、音澄忠行と佐竹理子の結婚披露宴の席上のことであった。どこからか忍び込んだ黒猫がテーブルに飛び乗り、そのショックで忠行の祖父にして音澄陶磁の会長・甲六がショック死するという事件が起こる。
 さらには病気療養中の甲六の次男・養介が病死、音澄家には凶事が相次いだ。忠行の父でもある社長の素仲は、これが自勝院家の呪いだと信じるようになった。今日の音澄陶磁の反映には、窯元・自勝院家の乗っ取りという背景があったのだ。
 素仲は自勝院の様子を探らせるため、社員の柚木孝生を陶芸家志望の青年と偽らせて送り込むが……。

 猫女
▲泡坂妻夫『猫女』(双葉文庫)【amazon

 泡坂妻夫の作品はどれもこれも異色作揃いなのだが、本作もまた妙な設定で攻めている。
 舞台となるのが陶芸の世界である。近代化した事業としての陶磁を推し進める企業と、あくまで伝統工芸として昔ながらの製法をとる窯元を対比する。これだけなら著者お得意の職人世界を舞台にしたミステリとなるのだが、ここに絡ませるのが、なんと鍋島の化け猫騒動を彷彿とさせる復讐譚。しかも猫の生まれ変わりではないかという怪しいヒロインを二人も登場させ、そのうち一人には臨死体験までやらせている。

 泡坂妻夫といえども、さすがにこれでは落としどころが難しいのではないかと思っていると、割とストレートに決着をつけており、そこには逆に驚いてしまった。ただ、ストレートとは言っても一歩間違えればバカミスであり、かなり危ういところではある。
 ただ、実はそれ以上に気になったのが、ストーリーラインが今ひとつはっきりしない点である。特に二人のヒロインの扱いがいろいろとアバウト。ホラー要素を押し出そうとした弊害なのか、結果的に(彼女たちの扱いを含め)、諸々が説明不足というか、偶然に任せてしまったり、説明なく流したりというのが多い。
 化け猫テーマは面白いのだけれど、いつものようなキレはあまり感じられず、そういう意味ではやや残念な一作であった。

マルレーン・ハウスホーファー『壁』(同学社)

 マルレーン・ハウスホーファーの『』を読む。十年ほど前に映画化もされ、日本では2016年に公開されて一部で話題になった作品の原作。サバイバル小説の傑作とは聞いていたので入手はとっくにしていたが、例によって長らく積んでしまい、それがこの度、著者の短篇集『人殺しは夕方やってきた』が出るという情報を見かけて、取り急ぎ消化してみた次第である(最近このパターン多し)。

 ストーリーは実にシンプルである。従姉妹夫婦の山荘に誘われたアラフォー女性と思しき「わたし」が主人公。従姉妹夫婦が買い物に出かけた間に、狩猟小屋でぐっすりと眠った「わたし」はそのまま朝を迎えてしまう。ところがなぜか姉妹夫婦が帰った様子がない。不審に思った「わたし」が外を調べてみると、なぜか峡谷の途中から先へ進めなくなる。
 そこには目に見えない透明の「壁」が存在し、外界とすべてを遮っていたのだ。やがて、壁は狩猟小屋のある峡谷を中心に取り囲むように存在していることや、壁の外ではすべての人や動物が死に絶えていることが明らかになる。「わたし」は途方に暮れつつも、壁の内側にいた動物たちと共に、生き延びようとする……。

 壁
▲マルレーン・ハウスホーファー『壁』(同学社)【amazon

 いやはや、これは凄い。とんでもない傑作ではないか。
 SF的設定ではあるが、壁自体にはほぼ何の説明もないし、壁の外が絶滅している理由もほとんど触れてはいない。その辺りは序盤でサラッと片付けられ、あとはとにかく生きるために行動する主人公の暮らしと心情が描かれてゆく。小説としてはほぼ冒険小説、サバイバル小説なのである。
 主人公は多少、アウトドアへの知識があるとはいえ、特にそういう生活に慣れているわけでもない。そんな彼女がどのように山荘にあるものを使って生き延びていくのか、そういったサバイバルの日々が実に細かく丁寧に描かれ、まったく飽きさせない。

 ただ、それだけではサバイバルのマニュアルで終わってしまう。そこを補って小説としての深みを出しているのが、彼女の内面の描写、そして動物たちとの交流である。
 隔絶された世界で一人で生きることは、サバイバルという要素がなくとも辛いことだろう。主人公は目の前の困難に対処していても、ふとしたことでかつての日常を思い出し、悩まされる。だが主人公は内省を経て、そういう弱さを乗り越えるメンタルの強さがある。というか、乗り切ることと引き換えに、己の心の中の何かをひとつ犠牲にしている感じも受けるのである。それが強くなるということならば、生きるというのはなんと悲しいことなのだろう。
 ただ、そういう悲しみを癒すのが動物たちとの交流だ。犬、猫、牛。主人公とそれぞれの動物との関係性によって、主人公は友人や親といった役割を与えられ、それが彼女の人間性を維持している。非常にきめ細やかに描かれた主人公と動物たちとの交流が、実は本書最大の読みどころといっていいかもしれない。

 結局、最後まで「壁」そのものの答えは一切与えられない。終盤である悲しい事件は起こるが、すぐにまたサバイバルの日常が戻ってくる。何やら無常感に通じるものもあり、サバイバル小説にありがちなラストの爽快感はまったくない。それでも心に深い爪痕を残す。本作は実にシンプルな小説ながら、実に奇妙な小説でもある。

 野暮を承知であえて付け加えるなら、「壁」はやはり社会的、政治的な存在であり、外界の人や動物が死滅する状況もその結果なのだろう。その答え合わせを作中で一切行わない著者の思い切りの良さにも感心する。

ヤーン・エクストレム『誕生パーティの17人』(創元推理文庫)

 “スウェーデンのカー”との異名をとるヤーン・エクストレムの新刊『ウナギの罠』が、今月末に扶桑社から出るというので、本格ファンの間で少し話題になっている。その予習ということで、三十年ほど前に創元推理文庫から出た『誕生パーティの17人』を読んでみた。
 といっても、実はリアルタイムで読んだ記憶があって、そのくせ内容は完璧に忘れており、面白かったかどうかすら記憶にない。もうこの時点で、そこまで傑作ではなかった感じもするのだけれど、それはそれとして。

 こんな話。レタンデル一族の長老エバ・レタンデル、九十歳の誕生パーティが催されることになった。集まったのは、エバの三人の娘の家族やその血を引く者たち総勢十七名。皆、口には出さないが心の中では相続がどうなるかでいっぱい。それぞれに思惑があるなか、パーティの当夜に二人の死体が発見された。さっそく
捜査に乗り出したドゥレル警察だが、表面的には単純な事件に思えた……。

 誕生パーティの17人
▲ヤーン・エクストレム『誕生パーティの17人』(創元推理文庫)【amazon

 なるほど。こういう話だったか。結果から言うと、著者の狙いはわかるし、一つひとつの要素を見ると悪くはないのだが、傑作とまではいかない。全体的なリーダビリティに欠けるというか、物語を引っ張る力と魅力に乏しいのである。内容を忘れていたのも仕方ない(自己弁護)。

 ミステリとしてみた場合、肝はやはり密室殺人と犯人当てになるだろう。遺産相続をめぐる殺人という王道の設定もミステリファンに対する十分なフックとなる。
 特に密室トリックはやや強引な感じもあるが、独創的ではあるし面白かった。強引といえば、読者に対するトリックみたいなものも終盤に用意されており、こちらは強引さが勝ってしまい、勇み足というところだろう。むしろ犯人を特定する道筋はしっかりしており、地味ながらも犯人当てとしてはよく考えられていると思う。

 ただ、問題はリーダビリティの不足である。本作は事件関係者の視点によって描かれるが、章ごとにその関係者が交代する形をとっている。視点が変われば他者に対する印象も変わり、読者を煙に巻く効果はあるのだけれど、いかんせん登場人物が多すぎるのと、キャラクターの書き分けが甘いこともあって、正直、成功しているとは思えない。
 だからせっかくの犯人探しも、ロジックとしてはまずまずしっかりしているものの、ストーリー的には冗長な感じばかりが先に立って興味が減退するのである。

 繰り返すが、各要素はそれほど悪くないのである。だから単純に登場人物を減らし、ボリュームを少し絞れば、それだけでも面白さはアップしたのではないか。とにかく『ウナギの罠』での巻き返しに期待したい。

校條剛『ザ・流行作家』(講談社)

 校條剛の『ザ・流行作家』を読む。著者の名前は講談社現代新書の『作家という病』で知ったのだが、そちらは文芸編集者として知りあった作家のエピソードを綴った内容で、これが作家という人種の業を感じさせ、実に面白かった。

 ザ・流行作家
▲校條剛『ザ・流行作家』(講談社)【amazon

 本書『ザ・流行作家』も方向的には同じような内容である。『作家という病』以前に書かれたもので、著者が担当した中で最も売れっ子であった川上宗薫と笹沢左保の二人を取り上げている。
 ただ、作家という人種の特殊な生態を炙り出そうとした『作家という病』とは少し異なり、初めから稀代の流行作家という観点で二人にアプローチしているところがポイントである。どちらも売れっ子ではありながら、正反対の性格な二人を対比させ、あるいは共通点を見出してゆく。

 と書くと、何やら小難しい評伝みたいな感じも受けるが、実際は非常に面白いエピソードの積み重ねであり、とにかく昭和という時代の流行作家の特殊な生態があからさまに書かれている。もちろん担当編集を長年続けた著者だからこそ書ける内容であり、正直、令和のいまでは名誉毀損になりそうな話も多く、さすが昭和の文壇は次元が違う。

 しかし、流行作家とはいえ、二人の胸中はいかばかりだったのか。売れてはいるがその分、犠牲にしているものも多く、なにより文壇での高い評価を得ることができなかった。
 川上宗薫はそもそもポルノ作家で売れたこともあるのだけれど、自伝風の作品もあり、かなり自虐的に自分の反省を描いている。その中には人格否定みたいな評価をされたこともあったようで、傍目からは鋼のメンタルなのかあまりに鈍感なのか分かりにくいのだが、内心は忸怩たるものがあったと思いたい。
 かたや笹沢左保はミステリも時代小説も買いたが、知られているのは「木枯し紋次郎」ばかりで、それもテレビの影響が大きい。ミステリではオールタイムベストなどがあってもランクインは滅多にない。あっても処女長編の『招かれざる客』ぐらいである。現在の読者には「トクマの特選!」のおかげで再評価が進んでいる笹沢左保だが、当時はいわゆるミステリ史に残るような作家のイメージではなかったのである。
 作家としては大成功の部類に入る二人だが、その最深部ではさまざまな思いはあっただろう。面白いだけでなく読んでいて鬱になるようなエピソードもあり、亡くなったときの話も含め、ただのエピソード集だと思っていると足元を掬われるのでご注意を。

 本書はあくまで川上宗薫、笹沢左保という人間を浮き彫りにするものであり、評論の類いではない。その意味では、本書にそもそも作品解説などを求めるのは筋違いではあるのだが、それを承知であえて注文をつけさせてもらうなら、彼らの作品全体を俯瞰するような資料があればなお良かった。そして、できれば暮らしぶりと書かれた作品がどのようにリンク、対応していたか、そういう考察もほしかったところだ。いや、贅沢な望みなのはわかっておりますが。

キャロリン・キーン『ナンシー・ドルーと象牙のお守り』(ヒラヤマ探偵文庫)

 キャロリン・キーンの『ナンシー・ドルーと象牙のお守り』を読む。アメリカでは今でも人気だという少女探偵ナンシー・ドルーの活躍するシリーズの一冊。アメリカ版の少年探偵団みたいな位置付けだが、大きな違いは著者がハウスネーム、すなわち複数作家が同一ネームで書き継ぐシステムをとっていること。
 本作はその中でも聖典として扱われる初期の二十五作の中の一作である。また、本当の著者は、その二十五作の大半を書いたミルドレッド・A・ワート・ベンソンである。

 こんな話。長期休みから帰るため、駅で列車を待つナンシー、ベス、ジョージの仲良し三人組。そこへやってきたのはサーカス団が移動に使うサーカス列車で、三人はゾウを可愛がるインド人の少年コーヤ、その父を名乗る乱暴者のライと知り合いになる。
 ところがそのとき、木の上から巨大なヘビが落ちてきて、危うくナンシーは首を絞められそうになる。すぐに蛇の飼い主であるサーカス団員が駆けつけ、無事に助け出されて安心する三人。するとライは、象牙のお守りをナンシーに渡し、これで悪いことが起こらなくなると告げるのだった。
 そんな出来事の後、ようやく列車に乗り込んだ三人だったが、今度はその列車にコーヤが無賃乗車していることが発覚。三人はコーヤをかばい、ひとまず家に連れ帰ることにしたのだが……。

 ナンシー・ドルーと象牙のお守り
▲キャロリン・キーン『ナンシー・ドルーと象牙のお守り』(ヒラヤマ探偵文庫)

 ナンシー・ドルーのシリーズを読むのはこれで三冊めだが、まあ、いつもどおりと言えばいつもどおり。インド人の少年と象牙のお守りをめぐる冒険活劇といった内容で、いろいろなピンチをナンシーが持ち前の度胸と機転で切り抜けてゆく。
 溌剌としたナンシーの魅力、適度なハラハラドキドキとテンポのよいストーリーが人気の秘密だが、ご都合主義が目立つのはご愛嬌。基本的には仕様と思って割り切るのが吉なのだが、ただ、冒頭で三人娘がライに対して嫌悪感を抱いているのにもかかわらず、すんなり占いを受ける心理が意味不明。偶然には目を瞑るけれど、こういう性格の不統一はやはりダメだろう。

 それはともかく。実は内容よりも気になったのが、そこまで珍しいとも思えない本作をヒラヤマ探偵文庫がラインナップに加えた理由である。しかも中途半端な第十三作目であり、入手難とはいえ過去に翻訳もいくつかある。
 その答えは解説にあった。本書と同時期に刊行される作品社の『都筑道夫創訳ミステリ集成』に、本作を創訳した『象牙のお守り』が収録されることになった。それと原作との異同チェックに訳者の平山氏が駆り出され、そのついでに本作の完訳も依頼されて、それがヒラヤマ探偵文庫での刊行に結びついたようだ。
 結果的には作品社とヒラヤマ探偵文庫のコラボ企画ということになるのだろうが、こういう動きは片方が同人出版だから可能なのだろう。なかなか思い切ったものである。

大矢博子『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)

 大矢博子の『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』を読む。著者はもともと自分でミステリのホームページを運営していた有名なミステリマニアだが、少しずつ商業誌にも寄稿するようになり、今では書評家として活動している。ミステリサイト全体がまだ黎明期の頃からホームぺページを立ち上げ、何よりギャグ満載の文章が面白かったので、当時からご存じの方も多いのではないだろうか。

 その大矢氏は昔も今も名古屋に拠点を置いて活動しているが、地元のカルチャーセンターで「アガサ・クリスティを読む」という講座を六年も続けているらしく、その成果をクリスティ入門書としてまとめたのが本書である。

 クリスティを読む!
▲大矢博子『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)【amazon

 クリスティの関連書は、最近でも『アガサ・クリスティー とらえどころのないミステリの女王』や『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』などが刊行されており、相変わらずの人気ぶりである。単なる印象だけれど、ここまで関連書が出る海外ミステリ作家は他にコナン・ドイルぐらいであろう。黄金期の五大作家という言い方もあるが、一般人にも名前を知られ、現代でも普通に人気を集めているのはクリスティぐらいだ。まさに別格の存在、まさに女王である。
 ただ、関連書が多いとはいえ、けっこう本格的な評論が多くて、一般の人が手に取るようなものは意外に少ない。先の二冊もマニア向け、研究者向けというイメージである。これがコナン・ドイルの場合だと、それこそホームズという強力なフックがあるせいか、固いものから柔らかいものまでさまざまな関連書が出ている。クリスティ関連書とは大きな差があるのだ(近年で唯一の例外が、クリスティの全冊解説を試みた『アガサ・クリスティー完全攻略』だろう)。

 そういった状況が続いてきた中で、本書はクリスティ入門書として非常に手頃な一冊である。章によってテーマを決め、クリスティの作品をいろいろなアプローチで解説していく。探偵という括りでもいいし、キャラクターでもよし、ミステリのテクニックという角度もまたよし。文章も柔らかく、どこから読んでも楽しめる良さがある。
 また、クリスティの騙しのテクニックを実例を挙げて解説するなど骨太の記事もあり、決して入門書の枠に収まらないところもさすがであり、やはり長年、クリスティの講座を続けているだけのことはある。

 ただ、本書はクリスティ入門書ではあるのだが、正直なところをいうと、個人的にこういう本はクリスティをほぼ読み終えてからの方が楽しめると思っている。作品を読み、自分なりの答えを導いてから、答え合わせとして他の人の意見も見てみたいのだ。
 だから今回も実は精読というところまではいっていない。なんせ恥ずかしながらクリスティは半分ぐらいしか読んでおらず、クリスティ全冊読破計画が長年の宿題でもあるのだ。その際は『アガサ・クリスティー完全攻略』同様、本書もいい水先案内人になってくれることだろう。

ロス・マクドナルド『別れの顔』(ハヤカワ文庫)

 前回から少し間が空いたけれど、久々にロスマク読破計画を一歩前進。『別れの顔』を読む。

 まずはストーリー。
 なんとも煮え切らない依頼だった。私立探偵のリュウ・アーチャーが弁護士トラットウェルの事務所を訪れると、友人であるチャーマーズ夫妻のトラブル解決を頼まれる。チャーマーズ夫妻の外出中に泥棒が入り、金細工の小箱が盗まれたのだという。しかし、箱そのもの価値ではなく、どうやら中に入っていた物が重要らしい。だが弁護士もその中身は知らず、おまけに犯人はどうやら夫妻の息子のニックらしいことまで仄めかされる。やがてニックがかなり危うい状態であることを知るアーチャーは、何とか居場所を見つけるが、すでに悲劇の幕は開いていた……。

 別れの顔
▲ロス・マクドナルド『別れの顔』(ハヤカワ文庫)【amazon

 後期の作品はマンネリと言われるロス・マクドナルドだが、本日の読了本はまだまだ円熟期とも言える1969年の作。だからミステリとして特に物足りないということはなく、むしろ前回読んだ『一瞬の敵』以上に濃い目の作品である。
 強いていうなら、相変わらず家族や血のつながりをテーマにしており、人間関係は恐ろしいほど複雑である。というか『一瞬の敵』などともネタが似ていて、そういう意味での既視感は確かにあるのだが、本作で初めてロスマク作品に触れた人などは、その圧倒的な密度に恐れ入ることだろう。

 「密度」と書いたけれど、実際の話、本作では流しているような場面がほぼない。読み飛ばしを許さないというか、無駄な登場人物など一切おらず、アーチャーの行動や会話すべてに意味があから、どんな些細なことであっても見逃すことができない。
 アーチャーが弁護士を訪ねる冒頭から衝撃的なラストに至るまで、アーチャーは実に多くの人間と話をして、事件を再構築してゆく。といっても事実を集めてそこから推論を組立てる、というのとは似ているようで微妙に違う。本格ミステリなどでは描写のすべてが伏線や手がかりに通じているような作品があったりするけれども、それを登場人物の掘り下げでやっているのがロス・マクドナルドの後期作品である。
 それこそ薄皮を剥ぐようにして、アーチャーは目の前の人物を精神的な意味で裸にし、理解しようとする。だが真実は常に苦く、触れるものは皆、何かしら傷つけられる。だからアーチャーは過度の深入りをせず、あくまで観察者たる立場を崩さないのだが、かといって冷徹に事件を切るのでもない。特に若者を見る眼は優しく、そういう立ち位置もまた好ましい。事件の関係者がまだ若かった頃のホームムービー(もちろんビデオのない時代なので8mmフィルムか?)を見る場面があるのだけれど、これはアーチャーならずともグッとくるシーンである。

 『さむけ』や『縞模様の霊柩車』といったトップクラスには一歩譲るけれども、終わってみれば複雑な人間関係が収まるべきところへ収まる、著者の後期の特徴がよく出た一作である。

« »

03 2024
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

ツリーカテゴリー