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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


Posted in 04 2024

ウィリアム・マレー・グレイドン『柬埔寨の月』(ヒラヤマ探偵文庫)

 ウィリアム・マレー・グレイドンの『柬埔寨の月』を読む。「貧しきもののシャーロック・ホームズ」と言われたセクストン・ブレークものの一冊である。

 まずはストーリー。カンボジアの旧都ブノンペンへ取材に訪れた旅行ジャーナリストのマルコルム・グレーは、当地で王女のラオチパと恋に落ちる。しかし、英国人と王女の結婚が許されるはずもなく、再会の暁には駆け落ちの約束を交わし、グレーはいったんロンドンに戻っていった。
 帰国したその夜、グレーは旧友と偶然に再会し、酒場で土産話を披露する。その話題は王室の財宝に及ぶが、その会話を密かに聞いていた二人組の男がいた。彼らはロンドンでも屈指の悪党であり、グレーの持っていたブノンペンについてまとめた記事や写真等の資料を奪い取る。その資料をもとにブノンペンで財宝を盗もうというのだ。探偵セクストン・ブレークはその計画を阻止すべく、さっそく調査を始めるが……。

 柬埔寨の月
▲ウィリアム・マレー・グレイドン『柬埔寨の月』(ヒラヤマ探偵文庫)

 序盤はマルコルム・グレーを中心に幕を開けるが、グレー負傷後はブレークにバトンが渡され、悪党の足取りを追って物語が進んでゆく。前半はロンドン、後半はいよいよカンボジアへ舞台を写し、飛行機あり、象あり、水牛ありの派手な活劇が繰り広げられるというもの。
 1922年の活劇小説であり、ホームズもののような謎解き興味はほぼないけれど、変に急いだりゆるかったりするところがなく、バランスよくまとまった楽しめる内容である。活劇の面白さはもちろんだが、グレーのロマンスで最後にもう一波乱見せてくれるところも上手いものだ。
 さすがに今読むと特筆すべきものはないけれど、娯楽の少ない当時にあっては十分な内容で、しかもさらっと読める手軽さもあり、人気を集めたのも十分理解できる。
 日本でも早くから紹介されたようだが、本作は加藤朝鳥が翻訳しており、その名調子も日本での人気に貢献しているように思う。

 ちなみにセクストン・ブレイクものはペリー・ローダンのように、同一キャラクターの物語を複数作家によって書き継がれたものだ。その作者数は200人以上、作品は4000編以上になり、およそ七十年に渡って刊行され続けたから驚きだ。
 本作の著者ウィリアム・マレー・グレイドンはそのメインの作家の一人で、二十五年ほどの間に400作以上を発表している。最低でも月に一冊以上を二十五年間書いていたわけで、よくぞ似たような話をこれだけ飽きずに書き続けたものだ。おまけにウィリアムの息子、ロバートもかなりの数を書いているから、さらに驚きである。

 まあ、他愛無い話ではあるが、他の作者がどのように書いているか、キャラクターの統一などはされているのかはちょっと興味があるし、ヒラヤマ探偵文庫ではブレークものをシリーズ化しているので、いずれまた読んでみたい。

宮野村子『幽霊の接吻 他九篇』(盛林堂ミステリアス文庫)

 宮野村子の『幽霊の接吻 他九篇』を読む。これまで盛林堂ミステリアス文庫から出た宮野村子の作品集のように未発表作品こそ含まれてはいないが、こちらは古い掲載雑誌までわざわざ探して読むほどの鬼ではないので、これでも十分にありがたい内容である。収録作は以下のとおり。

「罠」
「夜の魚」
「心の記録」
「黒眼鏡の貞女」
「怪奇探偵 運命の足音」
「紫夫人」
「恐ろしき弱さ」
「幽霊の接吻」
「二つの遺書」
「あやかしの花」

 幽霊の接吻他九篇
▲宮野村子『幽霊の接吻 他九篇』(盛林堂ミステリアス文庫)

 論創ミステリ叢書から出ていた『宮野村子探偵小説選 I』、『宮野村子探偵小説選 II』は言ってみれば傑作選だから、作者の特徴が色濃く出た作品、つまり濃密な心理描写を軸とした犯罪小説が中心であった。一方、盛林堂ミステリアス文庫では未発表作品を目玉にレアどころを中心に収録しているためか、より幅広い作品が多いようで、特に本書ではその傾向が強い。
 そういえば大阪圭吉も次々と作品集が編まれると、本格探偵小説だばかりでなく、意外に幅広い作風であることがわかったのだけれど、宮野村子も決して異常心理ものばかり書いていたわけではないようだ。やはり、こういうのは読んでみないとわからないものだ。以下、作品ごとのコメント。

 「罠」は遺産狙いで老人を殺害する男が主人公。典型的な倒叙形式で、もちろんラストでは主人公が予想しなかった事実により犯罪が発覚してしまう。導入の雰囲気は悪くないが、プロットが雑でこれはいただけない。

 「夜の魚」は夜の世界で働く若者を描いた犯罪小説。登場人物のキャラクターが今ひとつ世界観にマッチしきれていない感じで、やや違和感あり。

 上の二作がちょっと物足りなかったが、中篇「心の記録」で巻き返し。酒場勤めをしていた内縁の妻を殺害したとして、タクシー運転手の男が逮捕される。素直に犯行を認めた男だったが、裁判官はなぜか男が真実を隠しているのではないかという疑念に囚われる……。
 男の回想で二人の過去、そしてなぜ犯行に至ったかが明かされる。司法では救うことのできない犯罪があることを知らしめる、悲しく切ない一作である。

 「黒眼鏡の貞女」はごく普通に暮らしている女性が、ひょんなことから犯罪者に転落するという犯罪小説。よくあるパターンだが、主人公の設定と犯罪に手を染めてしまうまでの心の流れが上手い。

 「怪奇探偵 運命の足音」は、あえて“怪奇探偵”という副題がついているので、てっきりエンタメ性が強い作品かと思っていたら、本書の中ではもっとも重い作品であった。構成も上手く、インパクトもある。今では商業出版が難しい内容なので、これは貴重だろう。

 「紫夫人」はそっくりの顔をした少年が立て続けに誘拐されるというストーリーが魅力的。ただ、真相と終盤の展開が今ひとつ。これはもっと練ってほしかった作品である。

 強盗を働いた少年とその母親の関係性を描く「恐ろしき弱さ」。母子関係だけでなく、さまざまな人間関係を重層的に絡め、その心理を明らかにする。作者の本領発揮ともいうべき佳作。

 表題作の「幽霊の接吻」はユーモア作品。おおらかな性格の青年ポンちゃんは職場の同僚、伊代子に気があるが、伊代子はその気になれない。そのうちポンちゃんは大病を患い、見舞いに来た伊代子に、幽霊になって出てきたら接吻してほしいとお願いするのだが。ラストでミステリ的な趣向も持たせてはいるが、ポンちゃんの性格づけがもう一つ締まらなくて、これは凡作。なぜ、これを表題作にしたのかな? 字面の印象か?

 「二つの遺書」は貴重なシリーズキャラクター広岡巡査ものの一編。市井の一般人の犯行を描きやすいとか、ストーリーが展開しやすいとか、作者の意図としてはいろいろあったのかもしれないけれど、明らかに他の作品とは一線を画し、本格風味が強く出ているところが興味深い。

 「あやかしの花」は生前に発表された中では最後の作品であるという。珍しくトリックをきちんと仕込み、そのトリックそのものは他愛無いものではあるが、雰囲気づくりや人物造形、終盤のサスペンスなど、全体的には非常に読み応えのある作品である。宮野村子作品の一つの理想と言えるだろうが、それだけにトリックが惜しい(笑)。

ゾラン・ジヴコヴィチ『本を読む女』(盛林堂ミステリアス文庫)

 ゾラン・ジヴコヴィチの『本を読む女』を読む。盛林堂ミステリアス文庫からシリーズとして刊行されている《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》の二冊目である。

 本を読む女
▲ゾラン・ジヴコヴィチ『本を読む女』(盛林堂ミステリアス文庫)【amazon

Apples「リンゴ」
Lemons「レモン」
Blackberries「ブラックベリー」
Bananas「バナナ」
Apricots「アプリコット」
Gooseberries「グーズベリー」
Melons「メロン」
Fruit Salad「フルーツサラダ」

 収録作は以上。本書はタマラさんという朗読を職業とする女性が主人公の連作短篇集である。彼女が遭遇する、読書や本にまつわる不思議な事件の数々が描かれている。
 ただし、タマラさんという主人公は共通なのだが、連作短篇という割にはストーリーとして辻褄が合わないことが多い。著者に言わせると、それぞれの短篇に登場するタマラさんは、ひとつの世界ではなく、パラレルワールド(平行世界)に生きる微妙に異なるタマラさんということらしい。
 少し見方を変えるとタマラさんは記号化された存在であり、本の世界への触媒、狂言回しと思えばよいのだろう。だから、たまたま同一設定の主人公が出てくるだけで、各短篇のストーリーとしての唾がりは一切ないのである。と思っていると、しっかりラストではそのパラレルワールドが融合したりするので油断ならない。また、各作品にはフルーツがモチーフとして用いられており、これもまた最後の「フルーツサラダ」に集約されるのも面白い。
 こういう構成のすべてが幻想作家、SF作家らしいアプローチで、著者が楽しんで書いているのは間違いなく、読んでいるこちらも嬉しくなる。

 もちろん、そういう遊びを気にせずとも、本書は十分に楽しい、第一弾の『図書館』以上に不思議な話ばかりで、とはいえストレートなわかりやすさもあって、本好きなら誰もが楽しめる、あるいは身につまされる内容になっている。
 たとえば巻頭の「リンゴ」では、本を1ページ読むたびにカットされたリンゴを食べるというルーティンを自ら課しているタマラさんが、その手順を失敗してしまい、なぜかこのまま読み進めると死んでしまうという強迫観念に襲われてしまう。それを回避するためにタマラさんがとった方法とは……という話、
 また、「レモン」では法律事務所に朗読の仕事を依頼されたタマラさんが、その奇妙な依頼の秘密を探るため、本を持ち帰ったところ……という展開。続く「ブラックベリー」では読んでいる本のアルファベットが1文字ずつ消えてゆくという話。
 なんだか星新一や筒井康隆、あるいはホームズ譚の「赤毛組合」を連想させる話である。それだけに日本人の口にも合いやすいだろうし、幻想小説にありがちなモヤモヤも少なく、広くお勧めできる一冊である。順調に翻訳が進むことを願う。

ウォルター・デ・ラ・メア『トランペット』(白水Uブックス)

 ウォルター・デ・ラ・メアの『トランペット』を読む。白水Uブックスでは『アーモンドの木』に続く二冊目の傑作選である。まずは収録作。

Missing「失踪」
The Trumpet「トランペット」
Pig「豚」
Miss Miller「ミス・ミラー」
The Orgy: An Idyll「お好み三昧――風流小景」
Alice’s Godmothrt「アリスの代母さま」
Princess「姫君」

 トランペット
▲ウォルター・デ・ラ・メア『トランペット』(白水Uブックス)【amazon

 デ・ラ・メアの印象といえば、以前は怪奇幻想小説の書き手という、かなり狭い印象しか持っていなかった管理人だが、『アーモンドの木』を読んでその認識が浅かったことに気づき、そして本書ではその豊穣な語りの魅力をさらに知ることができた。恐さや気持ち悪さだけではない。そこはかとないユーモアやウィット、シニカルな物の見方など、作品によってはブラックな味わいも含め、どっぷりと浸ることができるのである。
 全体にはっきりと真実を示すような爽快さはなく、曖昧模糊としたまま物語を紡いでゆく手法が魅力である。それは平易だが決して読みやすくはない文体にも表れている。そのダブル効果によって、静かな物語が多いのにいつの間にか作品世界に引き込まれてしまう。
 変にかまえることなく、ひとときの悪夢にうなされるようなつもりで読むのがよろしいかと。

 特に印象に残った作品では、まず「失踪」。猛暑を避けようと入った喫茶店で、目の前に座っていた男から身の上話を聞かされるというだけの話である。ただ、その話というのが同居していた女性が失踪し、妹は病死、今では一人暮らしがいたたまれないというもの。この内容だけで、もういやーな感じしか受けないのだが、その話し方もネチネチしていて、訳者によると原文も生理的拒否感を催すものだという。巻頭の作品としては申し分ない気持ち悪さである(苦笑)
 表題作の「トランペット」もいい。内気な少年フィリップとその友人の外向的なディック。二人は教会に忍び込み、天使の像が持つトランペットの言い伝えを確かめようとするが、そこに悲劇が待っていた。ストーリーは比較的はっきりしているが、天使のトランペットにまつわる幻想的な要素を全面に出しつつ、その裏に暗示されているフィリップとディックの関係が薄寒いものを感じさせる。
 「ミス・ミラー」はかなり妙な小説で印象深い。少女ネラは新しい子守りとトラブルになり、公園にやってきたが、そこでミス・ミラーという婦人と出会う。この婦人の話が微妙なものでとてもネラには理解できないのだが、なぜかネラの心境に変化が生まれ……というもの。「失踪」に近いストーリーだが、その味わいは真逆である。ミス・ミラーとは教育の本質を象徴する存在、具現化した存在なのだろうか。

 なお、訳者あとがきで和爾桃子氏が、翻訳者として矜持としていること、それが本書にどのように活かされているのかを記しているが、こちらもまた興味深く、深く頷けるものがあった。

コラン・ニエル『悪なき殺人』(新潮文庫)

 コラン・ニエルの『悪なき殺人』を読む。題名がなんとも言えない微妙な感じではあるが、中身の方もなかなか妙な作品であった。

 フランスの山間部にある、その小さな町ではかつて酪農が盛んだった。しかし今では衰退の一途で、残る酪農家の将来は厳しいものがあった。そんな町で酪農業を営むミシェルと、その妻でソーシャルワーカーとして働くアリスの夫婦。しかし二人の仲は冷え切っており、惰性で暮らすのみ。アリスはやがて牧羊を営む孤独な男、ジョゼフと不倫関係に陥るが、それもまた互いの虚無感を埋めるような、儚い関係であった。
 そんなある日、町でも有数の実業家である男の妻が行方不明になり、アリスはジョゼフが関係しているのではないかと疑うようになる……。

 悪なき殺人
▲コラン・ニエル『悪なき殺人』(新潮文庫)【amazon

 とりあえずはアリスが語り手となって物語は展開するが、実はそれも序盤だけのこと。続いてはジョゼフが語り手となり、そして次は……という具合に、本作は五人の人物が章ごとに語り手を交代する構成をとる。事件をそれぞれの立場から描写するわけだが、よくある叙述トリックの類ではなく、どちらかというと構成の妙を楽しむべきだろう。
 事件そのものはそこまで複雑ではなく、偶然の要素も多い。この偶然要素が曲者で、関わった当人からすると必然という感じもあるが、他者(読者も含め)にはそんなことがわかるはずもない。語り手が変わるたびに事件の知られざる面が一つひとつ明らかになり、そこに各人物がどのような役割を果たしていたのか、徐々に明らかになるという寸法である。
 各章の最後には必ずサプライズを設けたり、ストーリーが予想外の方向へ転がるところなど、お話の作り方はなかなかお見事だ。

 また、運命に翻弄される登場人物の様子、そして心理が丁寧に描写されているのもいい。この辺りはフランスミステリのお家芸であり、語り手それぞれのエピソードは短篇として書かれても悪くない出来である。
 「新しい酒を古い革袋に入れる」という言葉があるけれど、本作の場合は「古い酒を新しい皮袋に入れる」感じだろうか。

 ただ、偶然要素が多いこと、事件そのものに仕掛けがあるわけではないこともあって、傑作という感じではない。解説でも触れているが、読後感としては『ウサギ料理は殺しの味』に近い、といえば何となくイメージは伝わるだろうか。ちょっと変わったフランスミステリを読んでみたいという人にはおすすめだろう。
 著者にはフランス領ギアナを舞台にしたアナート警部シリーズもあるけれど、むしろ最近のノン・シリーズ作品の方を読んでみたい。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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