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ポール・ドハティー『毒杯の囀り』(創元推理文庫)
リンクにkazuouさんの『奇妙な世界の片隅で』を追加。主に翻訳物、とりわけ異色作家系を中心にレビューしているサイトです。ミステリ以外の作家も多く、参考になります。
さて、本日の読了本はポール・ドハティーの『毒杯の囀り』。
鳴り物入りで紹介された邦訳第一弾の『白薔薇と鎖』が、意表を突いて冒険小説寄りだったことはまだ記憶に新しいポール・ドハティー。けっこう楽しくは読めたものの、なんせ期待していたのは本格である。そういう意味では少々すかされた部分もあったのだが、本作は紛れもない時代本格ミステリ。これがなかなかの出来である。
時は14世紀、舞台はロンドン。貿易商を営むトーマス・スプリンガル卿が、屋敷の自室で毒殺された。しかも犯人と覚しき執事は屋根裏で縊死しているところを発見される。検死官のクランストンとその書記であるアセルスタン修道士は、さっそく調査にあたるが、家族の証言からスプリンガル卿と執事は昼間に口論しているところを目撃されており、事件は明白に思えた。すなわち執事が犯行の後に自殺したのだと。だが、家族の言動にきな臭いものを感じた二人がさらなる調査を進めると、新たな犯行が……。
すぐれた歴史ミステリの条件とは何かと問われたら、それはミステリとしてのしっかりした骨格を備え、かつ扱う時代の必然性があることと答えたい。もちろん絶対にその双方が必要というわけではない。歴史が単なる味付けに終わってもかまわないといえばかまわないし、そういう傑作もあるだろう。
だが、せっかく舞台をそういう特殊な状況に置くのであれば、やはりそこに意味を見出したい。それがミステリものの性である。司法制度が発達していない、科学が発達していない、そんな時代性を逆に縛りとする(ルール化)ことで、ミステリが成立することもあるのである。
当然、作者は大変な苦労を強いられるわけだが、成功した場合のカタルシスたるや半端ではない。山田風太郎の『妖異金瓶梅』などがその好例である。
本作『毒杯の囀り』も、そういう意味でかなり良い線をいっている。
大がかりなトリックこそないけれど、あちらこちらにこの14世紀という時代ならではのネタが仕込まれ、見事に本格を成立させている。伏線の張り方もフェアだし、関係者全員を集めての謎解きも鮮やかで印象的だ。司法など権力者の腹ひとつでどうにでもなる時代でありながら、そこに宗教や王位継承争いという要素を絡めることで、ぎりぎりのバランスを保ち、本格が成立する世界を築いている。もしかするとこの世界観構築の技術こそ、本書でもっとも注目すべきところなのかもしれない。
ただ、本書が素晴らしいのはミステリの部分だけではない。これは『白薔薇と鎖』でも感じたことだが、ストーリーテリングや人物造形のレベルが高い。特に登場人物たちはややカリカチュアされてはいるものの、それがこの時代を感じさせるのにちょうどマッチしており、非常に魅力的である。主人公の二人、酒好きで陽気なクランストンとまじめな修道士のアセルスタンの掛け合いは、非常にツボを押さえたもので、(冗談抜きで)ドハティーという作家を語るときの重要なポイントになると思う。
とにかく個人的には大満足の一冊。ぜひぜひ創元さんはシリーズの続きを早く出してもらいたい。
さて、本日の読了本はポール・ドハティーの『毒杯の囀り』。
鳴り物入りで紹介された邦訳第一弾の『白薔薇と鎖』が、意表を突いて冒険小説寄りだったことはまだ記憶に新しいポール・ドハティー。けっこう楽しくは読めたものの、なんせ期待していたのは本格である。そういう意味では少々すかされた部分もあったのだが、本作は紛れもない時代本格ミステリ。これがなかなかの出来である。
時は14世紀、舞台はロンドン。貿易商を営むトーマス・スプリンガル卿が、屋敷の自室で毒殺された。しかも犯人と覚しき執事は屋根裏で縊死しているところを発見される。検死官のクランストンとその書記であるアセルスタン修道士は、さっそく調査にあたるが、家族の証言からスプリンガル卿と執事は昼間に口論しているところを目撃されており、事件は明白に思えた。すなわち執事が犯行の後に自殺したのだと。だが、家族の言動にきな臭いものを感じた二人がさらなる調査を進めると、新たな犯行が……。
すぐれた歴史ミステリの条件とは何かと問われたら、それはミステリとしてのしっかりした骨格を備え、かつ扱う時代の必然性があることと答えたい。もちろん絶対にその双方が必要というわけではない。歴史が単なる味付けに終わってもかまわないといえばかまわないし、そういう傑作もあるだろう。
だが、せっかく舞台をそういう特殊な状況に置くのであれば、やはりそこに意味を見出したい。それがミステリものの性である。司法制度が発達していない、科学が発達していない、そんな時代性を逆に縛りとする(ルール化)ことで、ミステリが成立することもあるのである。
当然、作者は大変な苦労を強いられるわけだが、成功した場合のカタルシスたるや半端ではない。山田風太郎の『妖異金瓶梅』などがその好例である。
本作『毒杯の囀り』も、そういう意味でかなり良い線をいっている。
大がかりなトリックこそないけれど、あちらこちらにこの14世紀という時代ならではのネタが仕込まれ、見事に本格を成立させている。伏線の張り方もフェアだし、関係者全員を集めての謎解きも鮮やかで印象的だ。司法など権力者の腹ひとつでどうにでもなる時代でありながら、そこに宗教や王位継承争いという要素を絡めることで、ぎりぎりのバランスを保ち、本格が成立する世界を築いている。もしかするとこの世界観構築の技術こそ、本書でもっとも注目すべきところなのかもしれない。
ただ、本書が素晴らしいのはミステリの部分だけではない。これは『白薔薇と鎖』でも感じたことだが、ストーリーテリングや人物造形のレベルが高い。特に登場人物たちはややカリカチュアされてはいるものの、それがこの時代を感じさせるのにちょうどマッチしており、非常に魅力的である。主人公の二人、酒好きで陽気なクランストンとまじめな修道士のアセルスタンの掛け合いは、非常にツボを押さえたもので、(冗談抜きで)ドハティーという作家を語るときの重要なポイントになると思う。
とにかく個人的には大満足の一冊。ぜひぜひ創元さんはシリーズの続きを早く出してもらいたい。
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カーの歴史ものはけっこう読み残しが多いです。数年前から全作読破を目ざしているというのに、買った本が見つからないんですよね。ああ、情けない。
Posted at 05:32 on 05 16, 2007 by sugata