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 エッセイや評論などを読んでいたりして、たまに目にするのが短編型とか長編型とかいう言い方。どちらかに特化した、あるいは得意とする作家というわけだが、さしずめエドワード・D・ホックなどは短編型作家の代表格だろう。また、日本の作家でも、江戸川乱歩などは本質的に短編の作家である、なんていう記述を見かけたりする。
 ところが何となくそういう刷り込みをされているものの、ふと気がつくと現代の作家は、意外と長編も短編も得意だったりする。ローレンス・ブロックやジェフリー・ディーヴァーらは長編型かななどと思っていると、意外に短編巧者だったりして、まあ結局、上手い人は何を書かせても上手いということなのだろう。

 しかし、この日本において、短編と長編でまるっきり評価が違う作家がいる。しかも優れた描写力と独自の作風で、日本の探偵小説史において偉大な足跡を残し、マエストロの名にもふさわしいほどの作家だ。誰あろう日影丈吉その人である(我ながら仰々しい)。

 日影丈吉の長編が短編に比べて落ちるというのは、マニアの間では常識だろうが、なんせ日影丈吉である。落ちるといっても他の作家に比べれば全然ましなはず、そう信じて、ここ数年ちんたらと読み続けてきたのだが、いやあ確かにちょっとしんどくなってきた(苦笑)。『応家の人々』や『孤独の罠』なんていう優れた作品もないことはないのだが、いかんせん打率が低いんだよなぁ。


 本日の読了本は、そんな打率を落とす方の長編、『咬まれた手』である。
 映画評論家の作礼藻二花は、年下の芸能記者、信吉と結婚したが、仕事の関係ですれ違いが多い毎日だった。そんな二人が暮らす家で、物がなくなるという事件が度々起こるようになり、二人はますます互いが信じられなくなる。そしてある日、藻二花が帰宅すると、部屋のソファで見知らぬ男が死体となって横たわっていた……。

 最初に出てくる登場人物が、作礼藻二花(さらい もにか)という名前で、いきなり挫けそうになるが、そこを我慢して読んでいくと、序盤はそれほど悪くない。被害者の正体に対する興味や映画の蘊蓄などでまずまず快調に引っ張っていく。
 しかし、中盤から物語の視点というか軸がまったく定まらず、後半はぐだぐだ。登場人物も少ない割に、変なところで描写が不足気味となり、盛り上がりにも欠ける。そしてとどめの、後味の悪い結末とオチ。ああ、日影長編の中でも本作はワーストに近いかもしれない。

 新書とはいえ古書価はそれなりにする本書。買う前に、本当にこれが読みたいのか、もう一度考えるべきであろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



















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