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 天城一の『宿命は待つことができる』を読む。日本評論社から日下三蔵氏の編集で刊行されている天城一の傑作集で、その三巻目。なんと今回は長編の『宿命は待つことができる』を丸ごと収めたうえに、加えて短編を8つ。しかもそのうち1編は書き下ろしというから、相変わらず素晴らしい仕事ぶりである。まずは収録作から。

『宿命は待つことができる』
「彼らマンダレーより」
「春は名のみか」
「春の時代の殺人」
「落葉松の林をすぎて」
「東京駅23時30分 ―湘桂ブルース―」
「春 南方のロ-マンス」
「早春賦」
「失われた秘策」

 本書の肝はもちろん長編の『宿命は待つことができる』だ。これは天城一の二つ目の長編であり(ちなみに一作目「圷家殺人事件」は光文社文庫『甦る推理雑誌5「密室」傑作選』で読めます)、かつて第一稿が書かれた際には東西の探偵作家らに「小説が下手」と散々な言われようだった曰く付きの作品。それが長い年月と改稿(なんと本作に収められたのは第六稿らしい)の果て、遂に刊行されたわけであるから、探偵小説好きにはこのエピソードだけでも堪えられない。
 ただ、そんなエピソードを知ってしまうと、これはとんでもない地雷に大枚をはたいたのかと思いきや、マニアに独占させておくにはもったいないほどの出来ではないか。

 語り手は主人公にして探偵役の島崎警部。一枚の写真に写った女性について、島崎が回想するところから物語は幕を開ける。その女性はある事件において重要な役割を果たしたが、その後消息を絶ち、島崎と再会したときにすべてを打ち明ける。そして島崎と女性の会話のなかで、島崎まだ若かりし頃の当時の事件が浮かび上がってくる……。

 本作は普通なら本格というジャンルに位置づけされる作品ではある。密室殺人然り、意外な犯人然り。それらの要素は今までの天城作品をしっかりと踏襲するものであり、本格マニアを満足させる部分ではあった。だが長編という性質ゆえか、いつもの天城作品をよりピーキーに際だたせている特徴もあり、それが本作をただの本格に終わらせていないようにも思える。
 例えば、戦後という空気をより鮮明に浮かび上がらせる設定。例えば本格にあるまじき主人公の思考や苦悩。例えば、ヒロインという立場以上の存在感を持つ華族にして娼婦の女。明らかにそれらの要素は、本格というよりハードボイルドのそれに近い。
 しかしハードボイルドというにはまた少し違うわけで、結果として本格でもないハードボイルドでもない独自の世界を作り上げている。無茶を承知で言えば、スタンスはクイーンのライツヴィルものに近いのかもしれない(むしろそれより濃いか)。ミステリをミステリとして終わらせない何か。かつてクイーンがはまった道を、天城一も辿ろうとしたのか。それは作者以外にわかるわけもないが、少なくとも「戦後」という要素は、本作において明らかに本格のガジェットを越えたところにある。
 ヒロインの告白。真犯人の告白。島崎の活躍だけでは追いつかない場面もあり、構成的にもどうよ、という感じはするのだが、ここはあえて良しとして、作者の主張に耳を傾けるべきであろう。
 個人的には大満足の一冊。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌





ポール・ブリッツさん

私も好きな作品ですが、人にどこが面白いのか説明しにくいのが困ったところです。自分のなかでもあまり上手く消化できていない気もするんで、また数年後には読み直そうかなとも思ったり。
ちなみに結城昌治はほとんど読んだことがないのですが(『ゴメスの名はゴメス』と短篇をいくつかぐらい)、イメージがかぶるのであれば、ちょっとかじってみたいですね。
【2009/04/04 02:09】 URL | sugata #8Y4d93Uo[ 編集]

おすすめに従って、図書館で借りて読んでみました。
面白い! 普通のミステリみたいだ!(笑)
まあ半分は冗談ですが、いつもの、圧縮ソフトをかけたのかと思うほど高密度で情報が詰め込まれているあの文体とは違って、非常に読みやすかったのがびっくりでした。てっきりわたしは、あの文体で数百枚の長編を読まされるものだとばかり思っておりまして……。
作中で明かされる真相にしても、おっしゃるとおり、ハードボイルドとも本格ともつかない、かなりユニークなものとなっていると思います。わたしはこの陰惨な真相に、どこか結城昌治の真木シリーズのような読後感を覚えました。なぜだろう?
収録短編も面白かったですね。「落葉松の林を過ぎて」が中ではいちばんわたしの好みに合いました。
こんな面白い小説が、半世紀にわたって一部の限られた人しか読めなかったなんて……ズルい、であります(^^)。
【2009/04/03 17:02】 URL | ポール・ブリッツ #0MyT0dLg[ 編集]

個人的には島崎ものであの文体が最高です。摩耶ものだといかにもな感じがしすぎて。ともかく日本の本格でここまで文体が影響する作家は、他に思いつかないですね。
もし普通の文章で書かれていたとしたら、その後の評価がいったいどうなっていたのか気になるところです。
【2007/07/07 23:28】 URL | sugata #-[ 編集]

なるほど、あのストイックな文体にはそんな理由があったんですか。私も最初(1巻目)はなんだこれ?と思いましたが、病みつきになるのわかる気がします(^^;
【2007/07/07 20:20】 URL | Sphere #-[ 編集]

天城一の文体は、当時の雑誌事情に合わせて、できるだけ文字数を減らそうと努力した結果、ではなかったでしたっけ?
おそらく長編はその点を考慮する必要がなかった(というか掲載誌が決まっていなかったか)ので、短編ほど刈り込まずにすみ、その分、文体もやや柔らかくなって読みやすいのではないでしょうか。あくまで推測ですが。
でも慣れると、あの文体はかなり病みつきになります(笑)。
【2007/07/07 01:07】 URL | sugata #-[ 編集]

「宿命は待つことができる」はかなりインパクトがあり、私も大満足でした。ここまで「戦後」「占領」という時代背景を堂々と押し出してきた本格ってあまりないですよね。天城一は(特に島崎警部モノで)それが際だった特徴であるように思います。
また、この人ってかなりそっけない文体ですが、短編より「宿命~」や「圷家~」のような長編の方が読みやすいし面白い気がします。文体に慣れるせいでしょうか・・
【2007/07/06 20:54】 URL | Sphere #-[ 編集]















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