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ヘンリー・ウエイド『議会に死体』(原書房)
とある地方都市の市庁舎を激震が走る。こともあろうに議場で殺人事件が発生してしまったのだ。被害者は直前の議会で徹底的に市政を批判し、不正を追及すると宣言した議員。攻撃的な性格のため敵は多かったが、殺害時間に市庁舎を出入りした人間は限られている。指揮を執ることになった新任の警察本部長は、地方政治故の特殊な状況や人間関係に頭を悩ませ、スコトランドヤードに助けを要請する……。
(もしかしたら今回ちょっとネタバレっぽいところがあるかもしれません)
『塩沢地の霧』以来、久々のウエイドである。ウエイド作品は出来不出来のムラがなく、どれも安心して読めるのが大きなアドヴァンテージ。
だが本作は議会政治を扱っていることから、ちょっと不安もあったのだが(個人的に政界や財界を舞台にした本格が好きではないのだ、スパイ小説とか謀略小説とかならいいんだけど。なんか変?)、もうまったくの杞憂であった。正に英国の本格探偵小説を代表する作風であり、地味ではあるが、いつもどおり豊かで上質の味わいが楽しめる。
それを最大に感じられるのが、やはり語りの巧さ、描写の巧さであろう。持って生まれた才能か、とにかく他のミステリ作家が苦労しているハードルをやすやすとクリアしており、だからこそ地味な展開であろうとも読者を退屈させることなく引き込んでゆく。
例えば本作では、容疑者はごく限られた人物に絞られ、状況もかなり限定されている。ちょっとスレたマニアなら、ある程度は結果を想定できてしまうのだが、それでも興味深く読めるのは捜査側、容疑者側ともに際だった個性(だが突飛ではない)を描いているから。しかもその個性がただの味つけに終わっていないのが、また巧いところなのだ。こういう性格の人物だからこそ、こういう結果に至るのだという、この説得力。それは終盤の謎解きでより鮮明になり、この一見ゆったりした物語が、実は隙のない構成であることが理解できるわけである。
また、動機にしても名誉、金銭、愛憎など、容疑者によってさまざまであり、各人の人生をおぼろげにあぶり出してみせる手際が鮮やかだ。
もちろんただ小説が上手いというわけではなく、本格としての企みも十分に備えており、このバランスの良さなくしてはウエイドは語れない。
再三、地味といいながらも、本作では現場の見取り図やアリバイ表、ダイイング・メッセージなどの本格コードをきっちり盛り込んだうえ、犯人のみならず真の探偵役は誰かという結構まで備えるサービスぶり。そして、ラスト1行でのサプライズ。逆に言うと、ここまでやっても地味だと言われるウエイドもいい迷惑だ(笑)。まあだからこそウエイドの作品は今でも評価されるのだろう。
各出版社には、ぜひ今後とも翻訳を続けてもらいたいものである。
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Comments
レオ・ブルース
Sphereさん、sugataさん
レオ・ブルースの件、しっかり受け止めました。すぐにどうこうするのは無理ですが、なんとか難局を打開していきます。ブルースも日本にファンを得て幸せだと思います。
Posted at 21:30 on 11 25, 2007 by 小林 晋
Sphereさん
管理人としても小林晋さんに書き込んでいただけるのは光栄の至りです。この際ですから、Sphereさんからもぜひブルースの翻訳をプッシュしておいてください(笑)。特にゴリンジャー校長ものだけは(だから違うって)。
Posted at 19:25 on 11 25, 2007 by sugata
うわ、小林晋さんがいらしたのですね。さすがsugataさんのブログだ・・私ファンなのです。レオ・ブルースを訳していらっしゃることもですが、国書刊行会の世界探偵小説全集の解説で面白いと思ったのがだいたい小林さんのお書きになったものだったので。アリンガムもウェイドもよいですが、やっぱりブルース!ゴリンジャー校長の活躍(違う)をたくさん読める日が待ち遠しいです(^o^)/
それはそうと『議会に死体』って『国会議事堂の死体』と混同してました。私も政界が舞台のミステリは苦手(;_;) でもこれは政治っぽくなく読めそうですね。
Posted at 16:33 on 11 25, 2007 by Sphere
アリンガムも楽しみです。個人的にアリンガムは評価を定めにくい作家で、けっこう作品によって不満もあるのですが、やはり出るものはすべて買っています。
ブルースに関しては、小林さんが同人などでも翻訳をされているのは知っていますが、やはり出来れば商業出版されたものが読みたいですね。気長に待ちますのでぜひともよろしくです。創●のアレとかも期待しております(笑)
Posted at 01:04 on 11 25, 2007 by sugata
レオ・ブルース
このところアリンガムの紹介にかまけて(来月、Sweet Danger『甘美なる危険』が新樹社から出ます――以前、別冊宝石に『水車場の秘密』として掲載された長編です)、ブルースの方は中断状態ですが、適切な出版社さえ見つかれば、後続のビーフ物とディーン物を順番にご紹介したいと思っています。レオ・ブルースはぼくにとって大切な作家で、今は忍耐強く機会を待っているといったところです。いつとは申し上げられないのですが、売り込み活動に努めますので、しばらくのご辛抱を。
Posted at 00:05 on 11 25, 2007 by 小林 晋
小林晋さん
おお、情報ありがとうございます。まさか訳者の方からコメントいただけるとは思いませんでした。『死はあまりにも早く』、もちろん買わせていただきますよ(恥ずかしながらこれでもROMの会員です)。
最近、レオ・ブルースの方は途絶えてしまっているようですが、こちらもぜひ頑張ってくださいませ。
Posted at 15:41 on 11 24, 2007 by sugata
ウェイドの長編刊行!
ROM叢書でウェイドの『死はあまりにも早く』が刊行されました。実質的に限定版ですので、ウェイド・ファンの方はお早めにどうぞ。お問い合わせは下記URLまで。
http://page.freett.com/LeoBruce/ROM-j.htm
一般への頒布は年明けになりそうですが。
Posted at 12:14 on 11 24, 2007 by 小林 晋
じっちゃんさん
ウエイドはいいですよ。どぎもを抜くような爆発力やケレン味こそないものの、ミステリを趣味にしていてよかったという、しみじみとした満足感を常に感じさせてくれます。
邦訳されているものはどれもハズレなしだと思いますので、ぜひどうぞ。
Posted at 03:51 on 11 20, 2007 by sugata
小林晋さん
いえいえ、こちらこそ色々と無理をいって申し訳ないです。陰ながら応援しておりますので、ぜひ今後ともよろしくです。
Posted at 23:58 on 11 25, 2007 by sugata