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 河出文庫の『長崎ミステリー傑作選』を読む。1985年頃から狂ったように刊行された、河出文庫のミステリー・アンソロジーの一冊である。

 いきなり話はそれてしまうが、このアンソロジー・シリーズの中心となったのが、当時すでに人気を博していたトラベル・ミステリーだ。北は北海道から南は九州沖縄まで、ありとあらゆる土地がミステリの舞台となり、まあ言ってみれば全国のあらゆる観光地で殺人事件が起こっていたわけである。鎌倉、京都といったメジャーどころから始まり、ひととおり主要な地域をクリアしたあとは紀州や瀬戸内という具合にややエリアを広めつつ、おそらく最終的には20冊ほどが刊行されたはず。
 その後はトラベル・ミステリーから離れ、古代史や占い等のテーマ別アンソロジーに移行していくことになったが、特にシリーズ名などないこのアンソロジーがここまで続いたのだから、やはり売れ行きはそれなりに立っていたと考えるのが自然だろう。
 もちろん流行りのトラベル・ミステリーということもあろう。また、収録された作品の質が比較的高いレベルだったことで、それなりにリピーターも獲得していたはずだ。しかも現代の作家だけでなく、昭和初期に発表された古い探偵小説を秘かに収録していたのもなかなか心憎い。当時、トラベル・ミステリーに興味を持っていた人が、木々高太郎あたりを好むともあまり思えないので、これは編者の自己満足、あるいは一般のファンだけでなくマニアも押さえておこうという計算高さ、このいずれかであろう(笑)。
 ちなみにこの河出文庫のアンソロジーの流れは1990頃にいったん途絶えるのだが、それから十数年たった現在、「奇想コレクション」という叢書が河出書房新社でスタートして好評を博していることはご存じのとおり。ミステリーとはやや縁遠いイメージの河出書房新社だが、意外に貢献度は高いのだなとも思ったりした次第。
 あ、そういや本格ミステリコレクションという神のようなシリーズもあったが、さすがにこれはもう打ち止めなんだろうな。

 で、本書の話。収録作は以下のとおり。

笹沢左保「鬼の眼」
久生十蘭「長崎ものがたり」
伴野朗「凧の写真」
草野唯雄「すすき河原に血がしぶく」
木々高太郎「大浦天主堂」
石沢英太郎「虹」
高木彬光「渡海志願」

 長崎ミステリー傑作選

 結論から言うと、いわゆる謎解き的な楽しみという点では、やや薄めであった。例えば「鬼の眼」は人情もの、「すすき河原に血がしぶく」はハードボイルド、「長崎ものがたり」や「凧の写真」「渡海志願」は歴史もの、といった具合。謎解き要素がないことはないものの、その興味の中心は主人公の生き様であったり、長崎という風土であったり、歴史の一コマであったり。
 ただ、本格味は薄いものの、けっこう読みごたえのある作品は多い。とりわけ「すすき河原に血がしぶく」は、草野唯雄という作家はこういうものも書くのだという新鮮な驚きがあり、個人的には一番の収穫であった。でも実はこの作品、最大の反則ワザを犯していて、全然、長崎が舞台じゃないんだよなぁ(苦笑)。筑豊は確かに近いけど、どう考えても長崎には入らんぞ。
 「長崎ものがたり」や「凧の写真」「大浦天主堂」といったあたりは、蘊蓄の絡め方が巧いというか、むしろそちらが勝ちすぎている感もあるのがマイナス点。ただ「渡海志願」の奇想にはさすがに脱帽(ミステリとは思えないが)である。
 唯一、実にまっとうな推理小説に仕上がっているのが「虹」。冒頭の意外な展開で一気に引っ張り込み、途中ではトラベル系蘊蓄も盛り込み、最後は意外な真相とほろ苦い結末、そして新たな希望の光で締める。まさにトラベル・ミステリーの教科書のような作品。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌



















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