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森下雨村『森下雨村探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書の『森下雨村探偵小説選』を読む。もちろん先日読んだ『探偵小説の父 森下雨村』つながりである。『呪の仮面』『丹那殺人事件』の長篇二作+エッセイ十七編を収録する超強力なラインナップ。これはもう快挙といってよいのではないか。

まずは『呪の仮面』からいこう。
映画館で映写技師として働く遊佐青年は、上司のセクハラを見かねて暴力を奮い、勤めを馘になってしまう。ヤケ酒とばかりにカフェへやってきた遊佐、その前へ現れた謎の紳士があった。紳士は遊佐に一時間ばかり、あるフィルムの映写をしてほしいと持ちかける。大変な報酬額ながら、目的地への道中では目隠しをされるなど、何やら怪しい雰囲気。そしていざ映写にとりかかった遊佐がスクリーンに見たものは、ある犯罪のワンシーンとも思えるものであった……。
この時代に多く書かれた、実に典型的な通俗スリラー(ちなみに本作は昭和七~八年にかけて雑誌『講談倶楽部』に連載されたもの)。以前に読んだ『青斑猫』と同様、ご都合主義的な部分は山ほどあるが、とにかく疾走感は素晴らしい。意外だけれどある意味予想どおりの犯人、国際的犯罪結社、追跡劇に舞踏会、秘密の通路に美女の誘拐等々、さまざまなギミックで読者を飽きさせない努力はさすがである。探偵小説の裾野を広げようという意志は例によって非常に強く感じられる。
ただ気になったのは、他の作家のこの手の作品に比べ、雨村のそれは少しスマートすぎるのではないかということ。徹底的に面白さのみを追求し、ここまでネタを詰め込んでいるにもかかわらず、後口は意外にサッパリしている。決してエログロに走らず、そのぶん毒も弱く、やや物足りなさが残るのである。雨村は少年向け探偵小説ばかりを書いていた時期があるのだが、この妙なサッパリ感は、その少年ものの名残なのだろうか。あるいは意識してそういう路線をとったのか。気になるところだ。
続いて『丹那殺人事件』。
保険会社に勤める高須青年は、仕事が性に合わず、ついつい仕事をさぼりがち。そこへあるとき現れたのが、戸倉と名乗る南米帰りの資産家の老人である。戸倉老人は久しぶりに日本へ帰ってみたものの誰も知り合いがおらず、誰か案内役を捜していたという。そこで思い出したのが、友人が話していた甥の存在、すなわち高須青年だったのである。高須青年は老人に誘われるまま旅に出るが、あるとき老人の姿が宿から見えなくなってしまう……。
本作は昭和十年に『週刊朝日』で連載された作品。掲載時には犯人当ての懸賞がついていただけあって、しっかりと本格の体裁をとっているのが大きな特徴である。
雨村がこうした本格探偵小説も書いていたことはちょっと意外だったのだが、『呪の仮面』などの弾けっぷりとは打ってかわって、えらく地味な作風で探偵の捜査ぶりを描写していることもまた意外。ただ地味とはいっても、導入などは如何にも何かが起こりそうな気配に満ちており、雰囲気は嫌いではない。
まあ、肝心の結末がそれほど驚くほどのものでもないのはご愛嬌というか予想どおり。ただ、作中でけっこう引っ張っているネタが、ラストの謎解きでさらっと流されてしまうと、さすがに「それはあかんやろ」とツッコミを入れたくはなるが。
結論としては、やはり本書はマニア向け以外の何物でもない。森下雨村という作家、日本の探偵小説の歴史に興味があるぐらいの人でなければ、本書はおすすめできないし、楽しむこともできないだろう。同時代の作家に比べても一枚落ちる気がするし、やはり名編集者必ずしも名作家ならずといったところか。
なお、もう何度か書いた記憶があるが、この叢書の意義や価値は計り知れないものがあると思うのだが、特殊な判型だけが実に惜しまれる。なぜ普通のB6判あたりにしなかったのだろう? 通勤電車の中で立って読むにはでかすぎて、相当に辛いんだよなあ。本書はページ数もあるだけによけいきつかった……。

まずは『呪の仮面』からいこう。
映画館で映写技師として働く遊佐青年は、上司のセクハラを見かねて暴力を奮い、勤めを馘になってしまう。ヤケ酒とばかりにカフェへやってきた遊佐、その前へ現れた謎の紳士があった。紳士は遊佐に一時間ばかり、あるフィルムの映写をしてほしいと持ちかける。大変な報酬額ながら、目的地への道中では目隠しをされるなど、何やら怪しい雰囲気。そしていざ映写にとりかかった遊佐がスクリーンに見たものは、ある犯罪のワンシーンとも思えるものであった……。
この時代に多く書かれた、実に典型的な通俗スリラー(ちなみに本作は昭和七~八年にかけて雑誌『講談倶楽部』に連載されたもの)。以前に読んだ『青斑猫』と同様、ご都合主義的な部分は山ほどあるが、とにかく疾走感は素晴らしい。意外だけれどある意味予想どおりの犯人、国際的犯罪結社、追跡劇に舞踏会、秘密の通路に美女の誘拐等々、さまざまなギミックで読者を飽きさせない努力はさすがである。探偵小説の裾野を広げようという意志は例によって非常に強く感じられる。
ただ気になったのは、他の作家のこの手の作品に比べ、雨村のそれは少しスマートすぎるのではないかということ。徹底的に面白さのみを追求し、ここまでネタを詰め込んでいるにもかかわらず、後口は意外にサッパリしている。決してエログロに走らず、そのぶん毒も弱く、やや物足りなさが残るのである。雨村は少年向け探偵小説ばかりを書いていた時期があるのだが、この妙なサッパリ感は、その少年ものの名残なのだろうか。あるいは意識してそういう路線をとったのか。気になるところだ。
続いて『丹那殺人事件』。
保険会社に勤める高須青年は、仕事が性に合わず、ついつい仕事をさぼりがち。そこへあるとき現れたのが、戸倉と名乗る南米帰りの資産家の老人である。戸倉老人は久しぶりに日本へ帰ってみたものの誰も知り合いがおらず、誰か案内役を捜していたという。そこで思い出したのが、友人が話していた甥の存在、すなわち高須青年だったのである。高須青年は老人に誘われるまま旅に出るが、あるとき老人の姿が宿から見えなくなってしまう……。
本作は昭和十年に『週刊朝日』で連載された作品。掲載時には犯人当ての懸賞がついていただけあって、しっかりと本格の体裁をとっているのが大きな特徴である。
雨村がこうした本格探偵小説も書いていたことはちょっと意外だったのだが、『呪の仮面』などの弾けっぷりとは打ってかわって、えらく地味な作風で探偵の捜査ぶりを描写していることもまた意外。ただ地味とはいっても、導入などは如何にも何かが起こりそうな気配に満ちており、雰囲気は嫌いではない。
まあ、肝心の結末がそれほど驚くほどのものでもないのはご愛嬌というか予想どおり。ただ、作中でけっこう引っ張っているネタが、ラストの謎解きでさらっと流されてしまうと、さすがに「それはあかんやろ」とツッコミを入れたくはなるが。
結論としては、やはり本書はマニア向け以外の何物でもない。森下雨村という作家、日本の探偵小説の歴史に興味があるぐらいの人でなければ、本書はおすすめできないし、楽しむこともできないだろう。同時代の作家に比べても一枚落ちる気がするし、やはり名編集者必ずしも名作家ならずといったところか。
なお、もう何度か書いた記憶があるが、この叢書の意義や価値は計り知れないものがあると思うのだが、特殊な判型だけが実に惜しまれる。なぜ普通のB6判あたりにしなかったのだろう? 通勤電車の中で立って読むにはでかすぎて、相当に辛いんだよなあ。本書はページ数もあるだけによけいきつかった……。
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Comments
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そう、大きいんですよ!このシリーズ。
久山秀子の隼がいっぱい載ってるの1冊だけでも買おうかと迷ったんですが、大きさのためにやめて借りてすませてしまいました(^^;
それはともかく、特にマニアというわけではありませんが、この森下雨村はちょっと読んでみたいですねぇ。
Posted at 10:11 on 03 16, 2008 by Sphere
Sphereさん
確かにこの時代の探偵小説に慣れていらっしゃるSphereさんなら、楽しめるかもしれません。というかそういう人は、普通、マニアって言うんじゃないですか(笑)。
ただ、本書に関しては、やはりちょっと落ちるので、あまり期待はしないほうが吉です。むしろ少年向けの『謎の暗号』のように、いくところまでいった作品の方が、楽しめるという点では上かもしれません。とはいうものの『謎の暗号』も一般にはオススメしにくい内容ではありますが。
まあ、久々の森下ブランドですから、ヴィンテージ好きとしては内容に関係なく読むしかないんですけどね(笑)。
Posted at 18:37 on 03 16, 2008 by sugata