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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


久生十蘭『肌色の月』(中公文庫)

 久生十蘭の『肌色の月』を読む。中公文庫版の本書には、表題作の「肌色の月」のほか、「予言」と「母子像」の計三作を収録。「予言」と「母子像」は多くの短編集やアンソロジーで採られている代表作なので、ここでは話を「肌色の月」に絞ろう。
 ただ、もし「予言」と「母子像」を未読だというのなら、こんなブログより、さっさとそちらを読んだ方が、より豊かな時を得られることは間違いない(笑)。特に「母子像」は必読。以前読んだときより怖く感じるのは、主人公が今の壊れた若者とかぶっているように思えるからなのかもしれない。

 肌色の月

 さて「肌色の月」である。
 東洋放送に勤める宇野久美子は、月が肌色に見えたことから、自分は癌であると知る。だが死んだ後で医師たちに病理解剖されるのはまっぴらだと考え、人知れず自殺する道を選ぶ。だが入水自殺をすべくやってきた湖畔で、彼女は奇妙な事件に巻き込まれ……というお話。
 
 ご存じのかたも多いだろうが、実は本作は久生十蘭の遺作である。しかも食道癌で亡くなった十蘭の跡を継ぎ、奥さんの幸子夫人がラストを補完した曰く付きの作品。
 口述筆記をやっていた十蘭が、結末を奥さんに話していたからこそ可能だったわけだが、結論から言うと、やはり十蘭の言葉で読みたかった作ではある。正直、この結末部分は実にあっさりとした描写に終始しており、物足りないことおびただしい。
 だが、奥さんに十蘭レベルの文章を要求する方が間違いなのであって、むしろ十蘭の考えた結末が残されているだけでもよしとすべきなのだろう。

 結末の問題を除けば、あとはいつもどおりの十蘭。「死」というあまりにもストレートなテーマながら、変に重くならず、あくまで語り口は軽やかだ。「ムードのあるスリラー小説を」ということで書かれたそうで、いつも以上に通俗的でミステリらしい展開を意識していた可能性は高いだろう。ただ、そういったミステリ的アプローチですら、十蘭の手にかかるとたちまち不条理劇のごとく感じられるのは、根っこのところで十蘭の興味が別のところにあったからに他ならない。
 変な言い方だが、ミステリに流れそうで流れきらないからこそ、十蘭のミステリは魅力的なのだと考える次第。

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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