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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

高城高『墓標なき墓場』(創元推理文庫)

 会社移転に伴っていろいろなことが起こりすぎる今日この頃。精神的に疲れることも多いが、問題はストレスで酒量が増えすぎること。ほぼ毎日飲むうえに、1回の酒量が増えているのがまずい。などと言いつつも金曜は朝まで痛飲。しかも土曜は仕事だ。そして本日は同僚の結婚式で昼から飲むわ飲むわ。ちょっとやばいぞ(笑)。


 読了本は高城高の『墓標なき墓場』。昨年、『X橋付近』で再ブレイク?した高城高の唯一の長篇である。

 墓標なき墓場

 昭和三十三年、夏。北の海で一隻の運搬船が沈み、乗組員が全員死亡するという海難事故が発生。その日の朝、花咲港に入港したサンマ船が、岸壁に衝突するという事故も発生していた。不二新報の釧路支局長、江上は二つの事故に何らかの関連があると考え、独自の調査を進めるが……。

 『X橋付近』で短篇については文句なしの実力を見せてくれた高城高だが、長篇も悪くない、っていうか凄くいい。
 そもそも高城高の魅力はまずその文体と描写力にあるわけなので、短篇だろうが長篇だろうが、その長所が変わるわけはないのである。一見すると硬めで素っ気ない文体なのだが、実に詩情にあふれスタイリッシュ。登場人物たちの書き込みや、北の大地の情景描写も、長篇ゆえにいっそう冴える。特に当時の地方記者の心情などは、経験者ならではの説得力もあり、本作ならではの楽しみといえるだろう。
 しかしながら、作者はこの文体をいったいどうやってものにしたのか。志水辰夫や北方謙三らが一大ムーヴメントになっていた頃でも、彼らの文体で特に衝撃は受けなかったものなぁ。「見よう見まねで書いた」みたいなことを著者がどこかで謙遜して述べていたが、まあ、これは話半分だし。

 話を戻そう。『墓標なき墓場』の魅力を、管理人などはついついハードボイルドとしての観点だけで語ってしまいがちなのだが、本作はミステリとしてもしっかりしたレベルを保っている。どちらかというと社会派的な流れに収まるのかと考えていたのだが、着地点はまったく予想していなかったところにあり、意外な巧さも垣間見せてもらった感じだ。
 ただ、謎解きとしてフェアだとかアンフェアだとか、という問題になると、構成の悪さも相まってややマイナスポイント。この辺りをもう少し整理し、終盤のバタバタがなくなれば、本書は大傑作になっていたかもしれない。

 むろんトータルではオススメである。ただ、語りを楽しむ部分が多い本ゆえ、できれば本場のハードボイルドで、多少は基本を押さえてから読んでもらいたい気はする。

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Comments
 
円卓の騎士さん

すいません。ちょっと私の方で説明不足と勘違いがあったかもしれません。「終盤のバタバタ」と書いたのは、終盤の構成が粗っぽいのではないかという意味で書いております。

ただ、暴力表現が必ずしも必要ではないという考え方は、確かにそのとおりです。個人的には、ハードボイルドであっても、暴力表現の有無はあまり気にしておりません。注目するのはやはり登場人物の行動規範というか生き方でしょうか。そういう意味でライフスタイルのみを追うなんちゃってハードボイルドは読んでいて辛いものがあります。
 
お返事がいただける(というのもおかしな言い方
ですが)とは思っていなかったので驚きました。

円卓の騎士です。

確かに私もいわゆるハードボイルド作品を読んで
いる中で、いわゆる暴力シーンがやや「お約束」
気味に入っているのを見るとき、そのように思う
ことがあります。

「この作品にはなくたって構わないのではない
か」と思うことがあることは間違いありません。
『墓標なき墓場』の場合も、特別なくても構わない
とは思いますが、決定的な瑕疵だとまでは
言わずに済ませそうだ、と思いました。

専門の批評家などではなく、単なる一読者なので
あまりえらそうなことはそもそも言う能力がないの
ですが、日本の社会派とアメリカのハードボイルド
は、本格探偵小説からどれぐらい距離があるのか
という点で見てしまっています。

社会派が「権力とカネ」の世界、ハードボイルドが
「暴力とカネ」の世界を描く、と見ていたので(図式
的ですみません)、暴力が描かれることは多少の
必然性がある、と私は考えるタチらしく、その分
寛容になってしまっているのかもしれません。
 
円卓の騎士さん

いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
高城氏の作風がヘミングウェイよりむしろジェームズ・M・ケインに近い、とおっしゃるのはわかります。単なる文学用語としてのハードボイルドではなく、ハードボイルドという在り方をより鮮烈に描いているという点では、『郵便~』の方だと思いますし、高城氏の作品、特に東北を舞台にしたものはそれに共通するものがありますね。個人的には「火焔」が青春系ノワールという感じで気に入ってます。

『墓標なき墓場』のラストのバタバタについては、ハードボイルドの宿命とみることもできるのでしょうが、やはり惜しい感はあります。もう少し何とかできたかなとも思うのですがいかがでしょう。
 
初めてコメントさせていただきます。円卓の騎士と申し
ます。

私は今時読みました。高城高については、荒夷社さん
が編集して出してくれなければ、名前も存知あげなか
ったというのが正直なところです。創元推理文庫が
全集を出してくれたので、ありがたく読んだところです。

日本ハードボイルドの嚆矢である旨が伝えられて
おります。なるほど、その通りだと思いました。という
のは、これまでハードボイルド三羽烏と言われた人
たちの中で、この人だけがハードボイルドだ、という
意味なんですけど。

本人はヘミングウェイを基本としていると書かれて
いますが、私はこの人はむしろ『郵便配達は二度
ベルを鳴らす』派だと思いました。

とりわけ「ラ・クカラチャ」はそうだと思います。

『墓標なき墓場』は普通の(というのは褒め言葉
ですが)ハードボイルドだと思いましたが、ハード
ボイルドの特性として、プロットの説明が最後に
まとめて行われてしまうので、わかりにくいという
ことがあると思うんです。それも当てはまっている
というところで、ハードボイルドだなと思いました。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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