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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ジェイムズ・ホワイト『生存の図式』(早川書房)

 ジェイムズ・ホワイトの『生存の図式』を読む。
 著者は英国のSF作家で、本作も「世代宇宙船」をテーマとする歴としたSF小説である。ただし、海底に沈んだ船内でのサバイバルという要素が全面的に打ち出されており、その風味は完全に英国の伝統的海洋冒険小説のそれなのだ。そしてその二つの要素が喧嘩せず、高いレベルで融合しているという、正に一粒で二度美味しい(死語)作品なのである。

 生存の図式

 と、仰々しく書き始めたものの、実はこの本、SFの世界では既に古典ともいわれるほど有名な作品らしい。おそらくその方面の方たちは「何を今更こいつは騒いでおるのか」と思っておられるだろうが、自慢じゃないがこちとらSFにそれほど詳しいわけではない。たまたまkazuouさんのブログ「奇妙な世界の片隅で」でその存在を知ったのだが、とにかくあまりに魅力的な設定に、即これは読んでみたいと思った次第。
 ところが探してみると、これがなんと好評絶版中なのですね。傑作らしいが不思議と文庫にもなっていない。まあそのうちお目にかかれるだろうと思ってから、はや幾とせ。ってそこまで長くはなかったが、結局探し始めてから一年以上経ち、つい一ヶ月ほど前にようやく某古書店で巡り会ったわけである。
 ではストーリーを。

 第二次世界大戦のさなか、米軍の軍用タンカーが航行中に敵の攻撃を受けた。沈みゆく船。脱出を図る乗務員。だが不幸にも沈没に気づかなかった五人の男女だけが船内にとり残されてしまう。ところが船は完全に破壊されたわけではなかった。ぎりぎりのところで沈没だけはまぬがれ、そのまま海中を漂い始めたのだ。幸いにも当面の食料と酸素は十分すぎるほどある。もはや自力での船外脱出は不可能であると判断したとき、彼らは船内で生き延びるための方法を模索しはじめる。それは長い海底での暮らしの始まりであった……。
 一方、地球から遙か離れた宇宙空間をある船団が航行していた。船団の主たちは水棲人。故郷の星が死滅するため、新たな移住空間(遠く離れた地球である)をめざして長い旅に出たのである。ところが長い旅を越えるために必要な冷凍睡眠に、致命的な欠陥が発見されてしまった。冷凍睡眠を繰り返すことで、脳に大きな障害が出てしまうのだ。彼らはこの苦境を脱するため、世代交代を行いながら航行し、子孫に希望をたくすことにしたが……。

 上でも書いたが、本書のテーマは「世代宇宙船」である。一応説明しておくと、これは非常に長期にわたる宇宙飛行を実現するため、宇宙船内で乗務員が世代交代を繰り返しながら目的地をめざす、というもの。数世代にまたがる航行を実現するため、船内には空気や食料などのリサイクルをはじめとする生きてゆくための課題が山積みとなる。また、科学的問題だけではなく、実は船内で誕生する子孫がどのようにアイデンティティーを維持していくのかといったような、心の問題もときには重要となる。
 本作では、海中に沈んだタンカーでの物語、新たな居住地をめざす水棲人の物語の二つが平行して描かれるが、その双方に「世代宇宙船」テーマを絡めているところが秀逸。この二つの流れがどのように収束していくのか、これは気にならない方がおかしい。まずこの設定の妙にやられ、最後はラストでうならされる。このケレンは重要だ。
 ただこれだけなら単に良質のSF小説にすぎない。この作品を傑作足らしめているのは、やはりタンカー側でのサバイバルの様子や人間ドラマがきっちりと描かれているからだろう。アイデア勝負に終わらないだけの筆力あればこそ、この傑作は生まれたわけだ。

 とにかく、これはSFの枠を超えて、広く読まれてもいい作品だと思う。古書でしか入手できないのが歯がゆい限りだが、これはぜひ文庫化しておくべきでは>早川書房さん


Comments

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kazuouさん

ここ数年というもの、SFについては、もっぱらミステリや冒険小説的要素があるものしか読んでいないのですが、これは久々にガツンと衝撃を受けました。個人的にはかなりの作品だと思うのですが、それほどSFファンに読まれていないというのは、何か理由があるのでしょうか? 単に絶版だから? とにかくもったいない話です。
あ、サバイバル系のロバート・リード『棺』、ジェイムズ・ブリッシュ『表面張力』、この辺りもそのうちチャレンジしてみたいですね。情報感謝です。

Posted at 00:57 on 12 23, 2008  by sugata

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傑作

この作品、「名作」ではあるけれど、SFファンにもあまり読まれてはいないみたいなのが残念です。
人間ドラマ部分を丁寧に描いているので、アイディアやテーマも生きてくる、という良い見本だと思います。
海底で生き延びる人間たちが地上に脱出して終わり、と思っていたら、また予想もしない展開で、驚かされました。

極限状況で生き延びる物語、というのがすごく好きなんですけど、その中でもとくにお気に入りの一冊です。同じSF系の作品で言うと、ロバート・リード『棺』とか、ジェイムズ・ブリッシュ『表面張力』とか、サバイバルのとんでもなさでは、他に作品が思い付くんですけど、長編で、これだけのドラマを描き出してくれたという点では、やはり傑作だと思います。

Posted at 21:42 on 12 22, 2008  by kazuou

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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