- Date: Sat 28 03 2009
- Category: 海外作家 レヘイン(デニス)
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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デニス・ルヘイン『運命の日(下)』(早川書房)

デニス・ルヘインの『運命の日(下)』読了。
舞台は1918年のアメリカ。第一次世界大戦末期の頃なので、ただでさえ騒然とした社会情勢ではあるが、ロシア革命の影響によって多くの労働紛争やテロなどが勃発、加えてインフルエンザが猛威を奮う混沌とした状況にあった。
この時代に翻弄される主人公が、有能な警部を父にもつボストン市警の巡査ダニー・コグリン。そしてギャングとのトラブルから追われる身となった黒人の若者ルーサー・ローレンスの二人。
ダニーは、世の中が決して綺麗事だけではすまないことは知っている。だが同時に、それを潔しとしない正義感をも併せ持ち、ときとして彼を英雄的行為に走らせる。自然、ダニーにはある種の魅力が備わってゆく。カリスマ性といってもよい。そんな彼だからこそ、周囲は彼が警部の息子であるにもかかわらず、いや、警部の息子だからなのか、警官たちが組織する組合(正確には組合の前身)活動に勧誘する。ところがダニーは昇進を餌に、そうした組合活動に潜入する囮捜査に加わることになる。だがそこで貧困にあえぐ警官たちの現状を目の当たりにし、いつしか活動に賛同するようになっていく……。
一方、ルーサーは恋人を妊娠させたことで、彼女の故郷で共に暮らすことになる。そこは彼がこれまで暮らしてきた地とは、比べものにならないほど恵まれた土地だった。もちろん人種差別はあるが、しっかり働けばその分は稼ぎとなり、車ですら買うことができるのだ。だが、そんな土地には誘惑もまた多い。彼はいつしかこずかい稼ぎにギャングの仕事を手がけるようになる。やがて相棒のトラブルに巻き込まれ、ついには人の命を奪ってしまい……。
物語は、この二人の主人公のエピソードが交互に進む形となる。やがてそれが交差し、次第に一本の線となっていく。線そのものは彼らが抱える男女の問題であったり、家族の問題であったりするのだが、実はその線に激しく絡みつく、その他の様々な線があることを思い知らされる。それは人種、思想、労働、貧富……ありとあらゆる人権の問題といってもよい。すべて当時のアメリカが抱える問題であり、それらはあまりにも根深いため、もちろん個人の問題とも切り離すことはできない。
物語が進むほどに、その線はますます複雑に、そして太くなる。ルヘインは、時代に翻弄されながらも己の信ずる道を進もうともがく二人の主人公の生き様を描き、同時にアメリカの抱えている病をはっきりと読者に突きつけようとしている。歴史的ドキュメントの部分と人間ドラマの部分、双方のバランスというかシンクロ具合が絶妙だからこそ、物語への興味がまったく途切れることがない。
上で「二人の主人公のエピソードが交互に進む」と書いた。これらのエピソードは長編のなかの一章、一節、あるいはもっと小さな単位で構成されているが、そのまま短編としても読めるぐらい素晴らしく、とりわけ冒頭の草野球シーンは絶品である。
ちなみにこの草野球シーン、実はかのベーブ・ルースの視点で語られるエピソードである。本作のなかにおいてはベーブ・ルース視点のエピソードが節目で挿入され、ときに労働問題、ときに人種問題を照らす狂言回し的な役割を担っている。特殊な世界の中の特殊な人々の話であるため、主人公たちとの対比はもちろん、本作のテーマをより鮮やかにする効果を生んでいるといえる。ストレートに押すだけでなく、こういう緩急をつけるテクニカルなところもルヘインの凄さだろう。
とにかく圧倒的な筆力である。極太のテーマを、ハードボイルドの手法でもって、緻密に、ときにはテクニカルに描いてゆくという離れ業を見せてくれる作家が、果たして他に何人いるだろう。おそるべし、ルヘイン。
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