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宮野村子『宮野村子探偵小説選I』(論創ミステリ叢書)
『宮野村子探偵小説選I』読了。岩谷選書版の『鯉沼家の悲劇』を丸ごと採録し、プラス短篇九作、随筆四編を収めた作品集である。以下は収録作。
<創作篇>
「鯉沼家の悲劇」
「八人目の男」
「柿の木」
「記憶」
「伴天連物語」
「柿の木」(シュピオ版)
「斑の消えた犬」
「満州だより」
「若き正義」
「黒い影」
「木犀香る家」
「匂ひのある夢」
「赤煉瓦の家」
「薔薇の処女」
<随筆篇>
「はがき回答」
「宿命ーわが小型自叙伝」
「生きた人間を」
「奇妙な関係ー大坪砂男様に」

探偵小説は芸術か娯楽か、なんて論争が戦前戦後とあったわけだが、概ね芸術派の代表だったのが木々高太郎で、宮野村子はその木々に師事し、作家としての位置を固めていった。宮野は元々、木々のファンだったというから、探偵小説を書くに際し、謎解きよりその人間やドラマにより興味を強くもっていたと想像するのは難しいことではない。
本書はそんな宮野村子の特徴がいかんなく発揮された作品集で、実に読み応えがあった。
人間関係が壊れた旧家、毎度のように縁談相手に起こる不審な事故、奉公に行った先でその家の娘を溺愛する少女等々……。彼女の作品世界はちょっとヤバ気な設定ばかりであり、そのなかで営まれる登場人物たちのドラマや心理がまたなんとも。それほど予想外に進むわけでもなく、驚くような仕掛けなども少ないのだが、とにかく一行一行の描写が濃密で、しかも実にウェット。個人的にはこのウェット感が好みで、いわゆるサスペンスとも違う、数多の人間関係がじわじわとカタストロフィに向かっていく有様をスローで見せられているという感じ。非常に日本的なサスペンスである。誤解を覚悟で書くと、宮野村子の小説はこの筆力だけで読ませるといっても過言ではないだろう。
ただ、作品によっては結末を急ぎすぎるきらいがあり、時としてそこが作品のトーンを一気に落とす場合もあるのはいただけない。
作品単位では、やはり長篇「鯉沼家の悲劇」は外せないのだが、惜しむらくは、上で書いた欠点“急ぎすぎる結末”がある。当時、一週間で書き上げたという事情はあるのだが、もっと余裕のある紙数を使って書き直せば、戦後ベストテン級の傑作になった気もする。いや、今の状態でも十分に凄いのだが、それだけにもったいないのだ。
実際、「柿の木」は、初稿時のシュピオ版と、単行本に収められた改稿版が両方収録されているのだが、これは圧倒的に改稿版がいい。今なら異常心理ものといえる作品だが、読んだ後かなりブルーになれることは保証する(苦笑)。
今回、初めて宮野村子の作品をまとめて読むことができたが、とにかく予想以上に安定したレベルであることに驚いた。個人的には好きな作家だったが、そうはいっても過去に読んだのは数作だ。いざ読んでみると、それ以外の作品はダメダメの可能性もあるわけで、得てして幻の作家とはそういうものだから(苦笑)。
そういう不安を気持ちよく払拭してくれた本書は間違いなく貴重な一冊。既に論創社のHPでは続巻の収録作も発表されており、こちらも期待大である。
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Comments
やっと読了。
疲れました(笑)。
間違いなくこの叢書のトップレベルの一冊でした! ただあまりに濃密で、途中途中で別の本を読みながらでしたのでえらく時間がかかってしまいましたが‥‥。
『柿の木』は以前光文社のアンソロジーで読んで凄い! と思っておりましたが、やっぱり凄い! です。バージョン違いは甲乙つけ難いものの、改稿後の方が好みです。
『黒い影』も大傑作。『鯉沼家の悲劇』は、巻末の乱歩の言葉にあるように、変に本格を意識しなかったらもっと凄い作品になったのではと思われます。トリッキーな作品なら『斑の消えた犬』の方が上ですね。
『~Ⅱ』が今から楽しみです(きっと別の本で息抜きしながらですが)。
Posted at 23:37 on 04 18, 2015 by くさのま
Sphereさん
でしょでしょ?
同時代で宮野村子と似たタイプの作家もいないことはないんですが、深度が違うっていうか。『~II』も相当なものですから、ぜひお楽しみ下さい。
Posted at 21:22 on 06 28, 2009 by sugata
ようやく読みました(^o^)/
ホントになんで今まで幻の作家だったのか謎。構成は単純でも筆力が素晴らしい。
「鯉沼家~」と「柿の木」以外では「黒い影」、「木蓮香る家」などが好きです。抑圧された女性心理の描き方が抜群ですね。
「柿の木」は私はどちらかというと改稿前のシュピオ版の方がよかったです。淡々とした中にじわじわと怖さや哀しさがにじみ出てくるような感じで・・・
続けて『~2』も読みたいと思います。
Posted at 20:45 on 06 28, 2009 by Sphere
くさのまさん
論創ミステリはこの本を出すためにあったのか、と思ってしまったくらいのレベルです。
まだ読めない作品はけっこう残っているので、いっそどこかで全集にでもしてほしいぐらいの気持ちなんですけどね(笑)。
Posted at 23:49 on 04 18, 2015 by sugata