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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ドナルド・E・ウェストレイク『憐れみはあとに』(ハヤカワ文庫)

 引き続きウェストレイク消化。ものは1964年に発表された『憐れみはあとに』。
 ハードボイルドでデビューしたウェストレイクが、その作風をユーモアに転換したことはよく知られているが、そのちょうど切り替わりの時期に発表されたのが本書。だからといって、ハードボイルドとユーモアが融合した作品なのかというとそんなことは全然無くて、これがなんとサイコスリラー調の物語であった。

 憐れみはあとに

 精神病院に収容されていたある患者が、看守を殺して脱走した。並はずれた知能を持つその男は、逃亡中に知り合った俳優を殺し、彼に成りすますことにする。そして向かうは俳優が出演するはずだった田舎町のとある劇場。そこでなら身を隠せるかもしれないーーだが、男は早々に犯行を重ねてしまい、大学教授でもある警察署長のソンガードが、捜査に乗り出した。犯人は俳優たちの中にいるはずだーーだがそれはいったい誰なのか?

 サイコスリラーという言葉はなく、多重人格者という存在もまだ一般的ではなかった1964年。多重人格という題材をミステリに用い、かつサスペンスとして成立させたところに本書の意義はあるのだが、残念ながら完成度はそれほど高いとはいえない。
 多重人格者の心理や、かつその心理を読み解きながら犯人を追いつめようとするソンガードの捜査はそれほど悪くない。犯人の言動のいくつかは納得しがたい部分もあり、説得力という部分ではやはり最近のサイコスリラーに一歩譲るだろうが、書かれた年代を考慮すればなかなかのレベルである。
 むしろ問題はミステリとして一本調子になりすぎている部分か。
 設定はすこぶる魅力的なのである。物理的に犯人は四人の俳優たちに絞られるという状況を作り出し、そのうえで犯人の描写(もちろん名前は明かさず)と、捜査側の描写を交互に描いて、サスペンスを盛り上げるところなどはさすがウェストレイクである。
 ただ、ここからが意外なほど淡泊に流してしまう。決して論理で落とし前をつけるわけではないのである。謎解きが狙いではないことはわかるけれど、ここはもう少し犯人捜しという意味で、読者を楽しませる工夫がほしかったところだ。設定が魅力的なだけに、ちょっともったいない一作である。

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Comments

Edit

ポール・ブリッツさん

スターク名義は早川もそうですが角川の分がまた始末に負えませんね。コンプリートしたら読もうかなとは思っているのですが、あと数冊というところで足踏みしたままです。
幸い「刑事くずれ」は揃えているので、そういうことでしたら早く読まねばなのですが、家庭内探索がけっこう骨かもしれません(苦笑)。

Posted at 00:38 on 04 11, 2009  by sugata

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ウェストレイクは好きな作家なので、本書も楽しんで読みました。でもたしかに残念なことに、この本も「犯人が割れるまでは大傑作」な作品に入っていますね。
内容をうんぬんするようなタイプの作品でもないと思いますので、一番印象に残ったシーンを挙げますと、犯人が、「チャックス博士は、もういない!」と大喜びして歌い踊るシーンの喜びと恐怖がないまぜになったところは、読んでいてぞぞーっとするような、それでいてなんか嬉しいような、異様な気分に襲われました。さすがはウェストレイクでありました。
「タッカー・コウ」名義の「刑事くずれ」シリーズも全巻読みましたが、あれも好きですね~。内容はほとんど忘れましたが、面白かったことだけは覚えています。こういうところに書き込むにはいちばん悪いパターン(笑)。
リチャード・スターク名義は、おねがいだから早川書房さん、全巻を時系列的に読めるように再刊してください! といいたいであります(笑)。
ある意味角川版の都筑道夫氏を全巻集めるよりもウェストレイクのコンプリートのほうが難しいかも、です。

Posted at 19:27 on 04 10, 2009  by ポール・ブリッツ

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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