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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

ジョー・ゴアズ『スペード&アーチャー探偵事務所』(早川書房)

 ジョー・ゴアズの『スペード&アーチャー探偵事務所』を読む。あの『マルタの鷹』の前日譚であり、ゴアズがハメットの遺族の依頼に応じて書いたものだ。

 スペード&アーチャー探偵事務所

 ゴアズといえば何といってもあの『ハメット』を書いた作者だし、非常にハメットに対して造詣が深いことは知られているので、それほどひどいものにはならないだろうと思っていたが、いやあ、ここまで見事にやってくれるとは。
 先日観た映画の『シャーロック・ホームズ』じゃないけれど、パロディだろうがパスティーシュだろうが、原典があるものに対してそれを発展させる仕事というのは、難しい仕事であることに変わりはない。どうあがいてもオリジナリティという点では原典を超えることができず、労多くして……という結果になるのは容易に想像できる。ゴアズだってどれだけいいものを書いても、ハメットを超えることは不可能だ。ハメットは単に傑作を書いただけでなく、ひとつのジャンルを確立させた男なのだ。

 それでもゴアズはできる範囲で最高の仕事をやったように思う。
 もっとも感心したのは、主要な登場人物の肉付けだ。『マルタの鷹』は意外に不明な点も多い作品で、例えばアーチャーとスペードがどのように事務所を協同でやることになったか? そもそも二人はどういう関係なのか? また、アイヴァとスペードの不倫関係はどのようなものだったのか? 秘書のエフィはなぜ『マルタの鷹』でああもブリジッドをかばったのか?などなど。ゴアズはしっかりと登場人物を描きこむことで、そういういくつかの疑問をかなりのところで解消してくれる。

 ストーリーはもう練りに練った感じ。三部構成の連作形式にして、レギュラー格の人物が少しずつ顔を出すやり方もうまくて、第一部はお世辞抜きでページをめくる手が止まらない。常套手段ではあるが、『マルタの鷹』にあるエピソードを、効果的に利用しているのもさすが。特にフリットクラフトをまともに取り上げたのはちょっと驚いてしまった。
 そしてラストシーンは、そのまま『マルタの鷹』のオープニング。若干予想はしていたが、これは心憎い演出である。

 ハメットの熱烈なマニアやファンはどういうか知らないが、いや個人的には十分にハメットの世界を堪能させてもらえる一冊であった。


Comments
 
>ポール・ブリッツさん
内容もさることながら、文体が大きな意味をもつハードボイルドで、子供向けリライトというのは、根本的なところで大きく間違っている気はしますね(笑)。
 
わたしが最初に読んだのはあかね書房の「推理・探偵傑作シリーズ」版でした(^^)

つまらなかったなあ。

で、そのつまらないイメージを引きずったまま30年近くしてハヤカワミステリ文庫の小鷹信光バージョンを読んだのですが、

世の中にこんなに面白い本があっていいのかと思うくらい面白かった!

スペードかっこええ。悪党どもの間を渡り歩くさまはマーロウとは別な凄みに満ちています。

それでいて思ったのですが、桜井一氏も「名探偵100人紳士録」で述べておられるような、裏切られても裏切られても裏切られても、執拗に女を追いかけるスペードのどこが「非情の男」なんだ、という見かたに大いに賛同しました。アーチャーのおとしまえをつけるということだけではないですねありゃ。一時は女を逃がそうとしていますし。

大人になってから読んでこそはじめてわかる深さがあります。

多ジャンルにわたるミステリを可能な限り紹介しようという意図はわかるけれど、作品は選べよあかね書房(^^;) ハードボイルドは小学生に読ませちゃいけません(^^;)

ちなみにわたしの頭には、スペードの顔といったら例の映画よりも、あかね書房版の劇画タッチの顔のほうが強くインプットされていたので、小説もその顔のノリで読みました。でもあかね書房版のスペードの顔、「ゴルゴ13」でゴルゴに2コマで殺されるような小悪党みたいな顔で……(マジ(T_T))。
 
>ポール・ブリッツさん
あ、それは失礼しました。しかし『マルタの鷹』の少年向けって、それはまた微妙な(笑)。
かくいう私はあかね書房の「少年少女世界推理文学全集」を読んでいましたが、子供向けだと面白みのなくなるものも多かった記憶があります。そういえば『マルタの鷹』ってこれにも入っていましたね。
 
いちおう未読ではありません。

小学生の昔少年向けのリライトで読んだので、筋と登場人物と犯人とエンディングは知ってます。

……最悪のパターン(笑)


「赤い収穫」と「ガラスの鍵」は高校のころ読んだけどすっかり筋を忘れてしまったであります。ご多聞に漏れずミステリだのSFだのを濫読していたものでもうなにがなんだかごっちゃになってしまい……。
 
>ポール・ブリッツさん
『マルタの鷹』は未読でしたか。これからこの名作に接することができるなんて、逆に羨ましい限りです。もしよかったら、ゴアズの作品だけでなく、本家の『赤い収穫』や『ガラスの鍵』なども引き続きお試し下さい。あ、短編集もいいですよ。
 
sugataさんの日記を読んで矢もたてもたまらず、図書館へ行って「マルタの鷹」を借りてきました。

酒が飲めないのでしょうが湯でも飲みながら読もうと思います(なんでしょうが湯?)

ゴアズの作品は原典を堪能してから注文かなあ……。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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