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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』(ハヤカワミステリ)

 帰宅してTwitterを覗いてみると、よくわからんがエアミス研なるものが発足している。どうやらTwitter上でのミステリ研究会ということらしいが、命名がなかなか見事だ。最初はエアロスミス研究会かと思ってしまったが(笑)。
 で、学生時代にはミス研なるものに所属していなかったこともあって、ついつい楽しそうで年がいもなく入会してしまう。他の人のプロフィールを見てると、本当に若い人ばかりなので気が引けるが、まあ遊んでやってください(苦笑)。

 アデスタを吹く冷たい風

 トマス・フラナガンの短編集『アデスタを吹く冷たい風』を読む。ミステリマガジンの復刊希望アンケート45周年と50周年の両方で一位に選ばれた堂々の傑作で、二回も復刊したというのに、世間ではどうやらずっと品切れ状態が続いていたらしい。どんだけ重版部数少ないんだ(苦笑)。
 ま、そういう状況を差し引いても、本書は見たらとりあえず買っておくべき。それぐらい良質の短編集である。まずは収録作から。

The Cold Winds of Adesta「アデスタを吹く冷たい風」
The Lion's Mane「獅子のたてがみ」
The Point of Honor「良心の問題」
The Customs of the Country「国のしきたり」
Suppose You Were on the Jury「もし君が陪審員なら」
This Will Do Nicely「うまくいったようだわね」
The Fine Italian Hand「玉を懐いて罪あり」

 上の四作、「アデスタを吹く冷たい風」から「国のしきたり」までがシリーズ探偵のテナント少佐もの。「もし君が陪審員なら」より下の三作はノンシリーズで、特に「玉を懐いて罪あり」は「北イタリア物語」というタイトルでも知られている傑作。
 ただ、ノンシリーズも悪くないのだが、本書の神髄はテナント少佐ものにあるといってよい。一口ではその魅力というか作風を説明しにくいのだが、逆説的であり諧謔的であり哲学的でもあり、という感じ。一応は謎解きがメインだが、チェスタトンの作品も連想させるといえばわかりやすいか。
 (おそらくは)ファシズム政権下で警察官としての職務にあたるテナント少佐が、犯罪に直面したとき、不条理な世界でなお大義を貫こうとする。その方法論が非常に面白い。
 犯罪をただ解決するのではない。彼には国を憂う心があり、その中でベストの落としどころを求め、手を打ってゆく。読者は事件の真相だけではなく、テナントの行動の理由にも引き込まれてゆくのである。
 どこか憂国の士を連想させる、テナント少佐というキャラクターも相まって、本書のインパクトは想像以上。これはぜひ読んでおきたい一冊である。


Comments

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>涼さん
いえいえ、ブログなどを拝見してると全国を股にかけていらっしゃるようですし、むちゃくちゃ元気じゃないですか。
ちなみに勤めている会社では、私、二番目に年寄りですが、体力的にはともかく精神的にはまだまだ負けてないつもりです。ま、精神的に幼いだけだという話もありますが(笑)。

Posted at 00:28 on 07 17, 2010  by sugata

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Twitterの続きです

こんばんは

明日はお早いとのこと、もうおやすみでしょうか。

∥他の人のプロフィールを見てると、本当に若い人ばかりなので

sugataさんがこう書かれていては、自分などとてもとても入っていけないなと感じたわけです。
もう、余生ですから。(その割りにはあっちこっち出没していますが、何とかにむち打ってというわけでして)

Posted at 00:19 on 07 17, 2010  by

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>ポール・ブリッツさん
おお、すごい気合いの入れようですね。
まあ、それだけの傑作だとは思いますし、私もテナント少佐ものは世界観もキャラクターも含めて相当気に入りました。
もはや夢物語ですが、12作ぐらい連作短篇の形で書かれていて、最後の一作でクーデターが起こって、とんでもないオチをもってくるとか、果てしなく希望したいところなんですけどね(笑)。

Posted at 00:15 on 07 17, 2010  by sugata

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面白い面白い傑作だ傑作だと聞いてはいましたが、やっぱりすげえ傑作短編集でした。

未読のかたにはネタバレになってしまうかもしれませんが、テナントという人物は、いわゆる「名探偵」だけではくくれず、「名犯人」でもある、というところに、ブラウン神父などのチェスタトンの名探偵を超えていくところがあると思います。

カトリシズムの倫理を守ろうとするチェスタトンの探偵たちは、自らに厳しいルールをはめて「一線」を越えないようにしていますが、体制側軍人であるテナントはその「一線」を越える、越えなければ正義が実現できない、というところに生きているのがとても新鮮かつ大胆に感じました。

ある意味、眉村卓先生のSF理論である「インサイダー文学論」を先取りして完成させてしまったといえるかもしれません(暴論)

テナントの冒険譚が4篇で終わっているのがとても残念です。もしかしたらトマス・フラナガンというただの名もない男に、チェスタトンの亡霊が取りつき、ファシズム以降の社会におけるミステリを書かせたのかなあ。だからノン・シリーズ含めても7篇しか作品がない、謎の作家になってしまったとか……。

それにしても、「もし君が陪審員なら」と「うまくいったようだわね」のノン・シリーズ作品2点は……いっちゃ悪いけど、ミステリとしてはパンチに欠ける作品だと思うであります……。

Posted at 17:07 on 07 16, 2010  by ポール・ブリッツ

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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