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延原謙『延原謙探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書から『延原謙探偵小説選』を読む。延原謙といえば、日本で初めてホームズを全訳した人として有名だが、その偉業は今でも新潮文庫で手軽に読むことができる(さすがにオリジナルのままではなく読みやすいように改変されているが)。
管理人が初めて読んだホームズ譚はポプラ社の子供向けだったが、中学生の頃にあらためて大人向きのものを、と手に取ったのは、やはりこの延原訳による新潮文庫版であった。
当時の新潮文庫版はボリュームを抑えるためか、各短編集から1~2編を抜粋して独自の『シャーロック・ホームズの叡智』という版まで出していた(もしかすると今でもそうかもしれないが)。創元などは元のまま普通に出しているのに、なぜ新潮だけがオリジナルの形にしてくれないのか。当時は非常に憤慨したものだったが、それでも新潮文庫版を買ったのにはそれなりのわけがある。
というのもホームズ譚最後の一冊『シャーロック・ホームズの事件簿』が、版権のために当時は新潮文庫でしか出ていなかったからだ。創元推理文庫でヴァン・ダインやクリスティ、クイーンを読み始めていた中坊にとっては、ホームズ譚も当然ながら創元で揃えたい。しかし、それをやってしまっては本棚のホームズの列に一冊だけ新潮の『シャーロック・ホームズの事件簿』が混ざってしまう。これは見た目が悪いってんで、当時の管理人は泣く泣くホームズを新潮文庫で揃える羽目になったのである。

「銀の小函」
「心霊写真」
「れえむつま」
「箱根細工の函」
「幸蔵叔父さん」
「踏止つた忠太」
「氷を砕く」
「レビウガール殺し」
「悪運を背負ふ男」
「N崎の殺人」
「金・金・金」
「黄金魔神」
「三ケ月の日記」
「ドンドの淵事件」
「伯父の遺書」
「ものいふ死体」
「腐屍」
「銀狐の眼」
「女秘書」
「秘められた暗号」
「求むる男」(翻訳)アーサー・ホイテカー作
枕が長くなりすぎた。肝心の『延原謙探偵小説選』だが、収録作は以上。
最後の「求むる男」のみ翻訳で、これはドイルの未発表作として1942年に発見されたホームズ六十一番目の作品。ただし後に贋作とわかった珍品である。また、タイトルは割愛しているが、エッセイ、評論の類も相当に充実している。
さて、そもそも延原謙がこんなに創作を残していたことにまずは驚かされるのだが、それでも創作時期はほんの数年で、長い期間ではない。探偵小説黎明期のことでもあり、少しでも心得のある者にはとにかく一度は書かせてみるという時代であったから、名が売れてきた翻訳者にお声がかかるのも、ある意味必然のことだったのだろう。延原謙にとって本業は翻訳、創作はあくまで余技だったようだが、いや、それにしては悪くない。
とにかく語り口がスマート。これは翻訳調の文体、ということだけではない。謎の設定を頭にぽーんと持ってきておいて、物語の興味を失わせずに引っ張ってゆく手口がいいのである。短篇だから何とかなっている部分はあるけれど、本格、サスペンス、ハードボイルドなどのジャンルを問わないところも見事。もともと海外志向やモダン好みだった著者のこと。この世界には「英語」への興味で入ったわけだが、海外の雑誌を漁り、当時の本場の作品(ミステリに限らず)により多く接していた影響は大きいだろう。きれいにまとめられた作品群は、当時の泥臭い国産探偵小説のなかにあって、かなり印象的である。
惜しいのは探偵小説としての魅力的なトリックやロジック、あるいはそれに匹敵する何か、が欠けていたこと。余技といえばそれまでだが、独特の文体や雰囲気など、逆にプロパーにはない強みを山ほど持っていたはずの人である。これで一つ二つインパクトのある作品を残していれば、それだけで創作の分野でも絶対に名前が残っただろうから、余計に惜しい気がする。
ともあれ延原謙という作家の業績をこうしてまとめて読めるというのは、実に喜ばしい限り。単行本にまとめられることなど、おそらくこれが最初で最後だろう。また、上でも書いたが、評論やエッセイの方も相当に充実しており、むしろこちらを読むために買っても損はないくらいである。少々、値は張るけれど全体のボリュームも十分だし、国産のクラシック好きならまず買って損はないだろう。
管理人が初めて読んだホームズ譚はポプラ社の子供向けだったが、中学生の頃にあらためて大人向きのものを、と手に取ったのは、やはりこの延原訳による新潮文庫版であった。
当時の新潮文庫版はボリュームを抑えるためか、各短編集から1~2編を抜粋して独自の『シャーロック・ホームズの叡智』という版まで出していた(もしかすると今でもそうかもしれないが)。創元などは元のまま普通に出しているのに、なぜ新潮だけがオリジナルの形にしてくれないのか。当時は非常に憤慨したものだったが、それでも新潮文庫版を買ったのにはそれなりのわけがある。
というのもホームズ譚最後の一冊『シャーロック・ホームズの事件簿』が、版権のために当時は新潮文庫でしか出ていなかったからだ。創元推理文庫でヴァン・ダインやクリスティ、クイーンを読み始めていた中坊にとっては、ホームズ譚も当然ながら創元で揃えたい。しかし、それをやってしまっては本棚のホームズの列に一冊だけ新潮の『シャーロック・ホームズの事件簿』が混ざってしまう。これは見た目が悪いってんで、当時の管理人は泣く泣くホームズを新潮文庫で揃える羽目になったのである。

「銀の小函」
「心霊写真」
「れえむつま」
「箱根細工の函」
「幸蔵叔父さん」
「踏止つた忠太」
「氷を砕く」
「レビウガール殺し」
「悪運を背負ふ男」
「N崎の殺人」
「金・金・金」
「黄金魔神」
「三ケ月の日記」
「ドンドの淵事件」
「伯父の遺書」
「ものいふ死体」
「腐屍」
「銀狐の眼」
「女秘書」
「秘められた暗号」
「求むる男」(翻訳)アーサー・ホイテカー作
枕が長くなりすぎた。肝心の『延原謙探偵小説選』だが、収録作は以上。
最後の「求むる男」のみ翻訳で、これはドイルの未発表作として1942年に発見されたホームズ六十一番目の作品。ただし後に贋作とわかった珍品である。また、タイトルは割愛しているが、エッセイ、評論の類も相当に充実している。
さて、そもそも延原謙がこんなに創作を残していたことにまずは驚かされるのだが、それでも創作時期はほんの数年で、長い期間ではない。探偵小説黎明期のことでもあり、少しでも心得のある者にはとにかく一度は書かせてみるという時代であったから、名が売れてきた翻訳者にお声がかかるのも、ある意味必然のことだったのだろう。延原謙にとって本業は翻訳、創作はあくまで余技だったようだが、いや、それにしては悪くない。
とにかく語り口がスマート。これは翻訳調の文体、ということだけではない。謎の設定を頭にぽーんと持ってきておいて、物語の興味を失わせずに引っ張ってゆく手口がいいのである。短篇だから何とかなっている部分はあるけれど、本格、サスペンス、ハードボイルドなどのジャンルを問わないところも見事。もともと海外志向やモダン好みだった著者のこと。この世界には「英語」への興味で入ったわけだが、海外の雑誌を漁り、当時の本場の作品(ミステリに限らず)により多く接していた影響は大きいだろう。きれいにまとめられた作品群は、当時の泥臭い国産探偵小説のなかにあって、かなり印象的である。
惜しいのは探偵小説としての魅力的なトリックやロジック、あるいはそれに匹敵する何か、が欠けていたこと。余技といえばそれまでだが、独特の文体や雰囲気など、逆にプロパーにはない強みを山ほど持っていたはずの人である。これで一つ二つインパクトのある作品を残していれば、それだけで創作の分野でも絶対に名前が残っただろうから、余計に惜しい気がする。
ともあれ延原謙という作家の業績をこうしてまとめて読めるというのは、実に喜ばしい限り。単行本にまとめられることなど、おそらくこれが最初で最後だろう。また、上でも書いたが、評論やエッセイの方も相当に充実しており、むしろこちらを読むために買っても損はないくらいである。少々、値は張るけれど全体のボリュームも十分だし、国産のクラシック好きならまず買って損はないだろう。
Comments
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ポプラ社の「ホームズ」「ルパン」「少年探偵団」。
読みましたねぇ。
いい本でした。
挿絵が良かったですよね。
しかし、なぜだか、家に一冊も残っていません。
古本屋にあったら、買っちゃおうかなー。
Posted at 00:25 on 08 04, 2010 by 清貧おやじ
>清貧おやじさん
そういえば子供の頃、近所に住む従兄弟が二人いたのですが、私が少年探偵団、一人の従兄弟がホームズ、もう一人の従兄弟がルパンをそれぞれ親に買ってもらっていて、それを従兄弟同士で貸し合って読んでいました。
いまだにあの絵を見るとワクワクしてくるから不思議なものです。
Posted at 01:06 on 08 04, 2010 by sugata