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ロバート・バー『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』(国書刊行会)
で、心もきれいに洗われたので、またミステリを読む日々に舞い戻る。本日はロバート・バーの『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』を読了。
ロバート・バーといえば、創元推理文庫の『世界短編傑作集1』に収録されている「放心家組合」(本書では「うっかり屋協同組合」)が非常に有名だが、逆にいうと、ロバート・バーで知っている作品はこの一作ぐらいしかない。正直な話、「放心家組合」ですらほとんど内容を覚えちゃいないわけで(苦笑)。まあポケミス等のアンソロジーでいくつか他の短篇も読めないことはないのだが、数も少ない。歴としたホームズのライバルの一人でありながら、他の探偵さんに比べると長らく不遇な扱いを受けていたわけだ。
そこへ突然降って湧いたロバート・バーの短編集出版のニュース。もちろん日本初である。これはもう読むしかないでしょう。

基本はホームズ譚をなぞったもので、今読む限り、ミステリとして驚くようなものはさすがに少ない。時代を考慮すれば、そもそもミステリとしての体裁をきちんと整えているだけでも十分評価されるべきだろうし、この辺は十分に想定内。
むしろ三十年ぶりぐらいに再読した「うっかり屋協同組合」の出来を、再認識できたのが収穫だった。このネタ、今で言う振り込め詐欺に近いものがあって、その手口をこの時代に確立しているところなど見事としか言いようがない。オチも含めていろいろと考えさせられる作品である。
本書で特に注目したいのは、舞台をイギリスにしながら、主人公をフランス人にしていること。主人公のウジェーヌ・ヴァルモンはことある度にイギリスとフランスの捜査の違いについて比較するのだが、それが英仏の国民性や民族的な違いまでをも想起させて楽しい。ホームズとルパンの邂逅を例に出すまでもなく、英仏間の対立構造は昔から枚挙に暇がないほどだが、警察捜査を通しての比較は珍しいのではないか。
そういう捜査や司法システムの違いが描かれているとおりであるとすれば、それらはミステリの発達にも大きな影響を与えたはずで、実際に英仏のミステリの特色を考えると非常に興味深いところだ。例えばルルーの『黄色い部屋の秘密』やルパン、メグレのシリーズは、やはりフランスだからこそ生まれた作品と思えるわけで、それは警察の在り方にも一因があったと考えるのはなかなか面白い。
探偵自身のキャラクターも魅力的だ。自信家であり独善的な性格は、そのままフランス人を強く劇画化したようなタイプで、解説ではポアロの原型と紹介されている(個人的にはギデオン・フェル博士やH・M卿といった印象だが)。このキャラ造型がとにかく際だっており、最初はアクが強すぎる嫌いもあるけれど、時代がかった雰囲気を上手く醸し出していていいのである。
同時代の他の探偵が意外に個性に乏しく、職業や推理法といった部分で個性付けをしていることが多いのに比べ、ウジェーヌ・ヴァルモンはキャラクターそのものに味がある。ここもポイント高し。
そんなこんなで個人的には大変楽しめたが、人に勧めるとなると「クラシック好きなら」という但し書きが付くのは致し方ないところか。純粋にミステリ要素だけで見ると弱いのは否めない。ただ、最近の作品にはない独特の味わい、テンポなど、こういう小説を楽しむ余裕も、ときには必要だと思うのだけれど。いやホント。
Comments
ポール・ブリッツさん
そういや、創元の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」は、『世界短編傑作集』との絡みで看板作品を外してたんですよねえ(笑)。当時はずいぶん理不尽に思ったものです(まあ、今でも理不尽ですが)。
平山さん
えっと……ご検討ってまさか出版ってことでしょうか(汗)
作品選定と言うことでしたら、犯罪者を主人公にしたものはコミカルなタッチが多いし、現代でも通用する面白さがあるような気はするんですが。例えばジョージ・ランドルフ・チェスターの詐欺師ウォリングフォードものなどは昔から気になる存在です。
(ちなみにラッフルズが論創社から出たときは思わず踊っちゃうくらい嬉しかったですね)
Posted at 01:38 on 11 27, 2010 by sugata
けっこう「クイーンの定員」に取り上げられている作品でも、未訳はたくさんあります。
こつこつと発表する当てもないままいろいろ翻訳していますので、もしよろしければsugataさん、ぜひご検討下さい。
Posted at 08:05 on 11 26, 2010 by 平山
>なぜ創元の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」で取り上げられなかったのか
「ソーンダイク博士」の「オスカー・ブロズキー事件」
「思考機械」の「13号独房の問題」
「マーティン・ヒューイット」の「レントン館盗難事件」
「レジー・フォーチュン」の「黄色いなめくじ」
が今現在創元の本でどうなっているかを考えれば、答えはおのずから明らかかと(^^)
「放心家組合」のない「ウジェーヌ・ヴァルモン」短編集なんて、考えたくもありませんわたし(笑)
Posted at 07:37 on 11 26, 2010 by ポール・ブリッツ
平山さん
ありがとうございます。十分に楽しませてもらいました。
確かにミステリ的な弱さはありますが、ここまでキャラが立って、しかも語り口も悪くないのですから、なぜ創元の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」で取り上げられなかったのか、そちらの方が不思議なくらいです。
また何か面白いものがありましたら、ぜひぜひ紹介してください。
Posted at 01:18 on 11 26, 2010 by sugata
お読み下さり誠にありがとうございます。
翻訳者の平山です。
みなさんのおっしゃる通り、パロディですね。基本バーはユーモア作家ですから。ニヤニヤしながら読んで頂ければ、幸いです。
それに黄金時代以前ですので、それなりの内容です……もっとも私はその方が好きなので、今回えいやっと翻訳してしまったのですが。
Posted at 19:52 on 11 25, 2010 by 平山
ポール・ブリッツさん
ロバート・バーは実際ホームズのパロディも書いていたそうですから、そういう一面はありそう。探偵からして、かなりカリカチュアされてますもんね。
>我ながらちょっとバーを持ち上げすぎかなあ。
これは私も御同様。贔屓の引き倒しにならぬよう注意せねば(苦笑)。
Sphereさん
Sphereさんなら気に入ってくれるとは思うのですが、ミステリ部分についてはいつもより生温い目で見てあげてください(笑)。
本書の読みどころは何と言っても探偵というフィルターを通しての英仏比較、もっというとイギリス文化に対するツッコミではないかと思いますので。
Posted at 00:30 on 11 23, 2010 by sugata
これ、ちょっと気になってました。
知らない作者と思ったら「放心家組合」の人でしたか…
といっても私も内容は覚えてないですけど(^^;
「クラシック好きなら」おすすめとのことですが、まあわりと好きな方だと思うので、今度読んでみようと思います。
Posted at 21:40 on 11 22, 2010 by Sphere
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Posted at 09:55 on 12 07, 2010 by