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マージェリー・アリンガム『屍衣の流行』(国書刊行会)
マージェリー・アリンガムの『屍衣の流行』を読む。国書刊行会の「世界探偵小説全集」も、ようやくこれにて全巻読了(のはず)。
これまで読んだアリンガムの作品は、本格もあれば冒険ものもあり、スパイ小説にサスペンスもありと、あまりに作風が幅広く、それまでの本格派という位置づけにかえって混乱するほどだったのだが、ここにきてようやく全体のイメージを掴めた気がする。要は、初期=ユーモアで味付けされた冒険小説風の作品、中期=心理描写にシフトした本格探偵小説、後期=サスペンス風味の強い作品、少々乱暴なまとめだがそういう流れらしい。
そういった大きな変遷の作風なのに、いわゆる代表作数作だけで語られてきたことが、アリンガムの不運だった。加えてシリーズのつながりを重視される作品も多いのに、紹介される順番もバラバラ。これではまっとうな評価もされないし、日本での人気も定着するわけはない。
とまあ、以上ほぼ解説の受け売りではあるが(笑)、そんなアリンガムの不遇を払拭するであろう一作が、この『屍衣の流行』。解説や森英俊/編著『世界ミステリ作家事典』によると、彼女の最高傑作ということらしいがいかに?

三年前、人気女優のジョージアと婚約をした法廷弁護士のリチャードが行方不明となる事件が起きた。その後ジョージアは実業家のレイモンドと結婚したが、そんなある日、リチャードと思われる死体が林で発見される。検死の結果は自殺。しかしリチャードの父はその結果に納得がいかず、アルバート・キャンピオンに調査を依頼する。
キャンピオンは、妹のヴァルがジョージアのファッションデザイナーを担当していることもあって早速彼らと接触、程なくして、その複雑で張りつめた人間関係を目の当たりにすることとなる。
やがて、いくつかの事実が明らかになるにつれ、その人間関係から生じた緊張はさらに高まり、そして遂に悲劇が起こった……。
おお、確かにこれは、今まで読んだアリンガム作品のなかで一番の読みごたえである。
めぼしいトリックもなく、極めて地味な展開。だが執拗ともいえる丹念な人間描写、そしてそれに支えられたアイディアが素晴らしい。そのアイディアが犯人の構想として成立し、また、人間描写とも相互に奉仕しあうという趣向。
これだけでは何のことやらよくわからないかもしれないが、ネタバレになる可能性もあるのでこの程度で。ひとつ言えるのは、本作はアリンガムの筆力あればこそ書けた作品だということ。ぶっちゃけ現代ではそれほど驚くべき趣向ともいえないけれど、この時代で既に書かれていたという事実は評価すべきであるし、何より完成度が高い。
ただ、物語が流れ始める中盤までは少々辛かった。人によっては描写がくどくて退屈とか、展開がゆったりしすぎ、という向きもあるだろうが、個人的にそっちは全然OK。きついのは、まあ出てくるキャラクターがどいつもこいつも共感できない奴ばかりってこと(苦笑)。
特に女性陣は個性派ぞろいで疲れる。本作では恋愛要素が密接にプロットに絡んでくることもあり、彼女たちの言動がしばしば理性を超えたところで左右される(恋は盲目ってやつですか)。ともすれば、左右される“振り”をする。これにいちいちイラッとくるわけだ(笑)。といっても、これはある意味、作者の術中に嵌っていることにもなるのだろう。
そんな中にあってキャンピオンの婚約者、アマンダの存在は唯一の清涼剤。これが可愛くてかっこいい。もちろん他の女性陣と対比する意味もあろうが、ストーリー上でも重要な役目をもたされ、アリンガムも楽しんで書いているのがわかる。
すぐれた描写、秀逸な仕掛け、本書の魅力はいろいろあるが、アマンダの存在が無ければ、それらも色褪せてしまったのではないだろうか。
結論。アマンダの魅力も含め、噂どおりの傑作。このレベルのものであれば、未訳作品もまだまだ出してもらいたいものだ、ってその前に『クロエへの挽歌』も『ミステリー・マイル』も読まないとな。
これまで読んだアリンガムの作品は、本格もあれば冒険ものもあり、スパイ小説にサスペンスもありと、あまりに作風が幅広く、それまでの本格派という位置づけにかえって混乱するほどだったのだが、ここにきてようやく全体のイメージを掴めた気がする。要は、初期=ユーモアで味付けされた冒険小説風の作品、中期=心理描写にシフトした本格探偵小説、後期=サスペンス風味の強い作品、少々乱暴なまとめだがそういう流れらしい。
そういった大きな変遷の作風なのに、いわゆる代表作数作だけで語られてきたことが、アリンガムの不運だった。加えてシリーズのつながりを重視される作品も多いのに、紹介される順番もバラバラ。これではまっとうな評価もされないし、日本での人気も定着するわけはない。
とまあ、以上ほぼ解説の受け売りではあるが(笑)、そんなアリンガムの不遇を払拭するであろう一作が、この『屍衣の流行』。解説や森英俊/編著『世界ミステリ作家事典』によると、彼女の最高傑作ということらしいがいかに?

三年前、人気女優のジョージアと婚約をした法廷弁護士のリチャードが行方不明となる事件が起きた。その後ジョージアは実業家のレイモンドと結婚したが、そんなある日、リチャードと思われる死体が林で発見される。検死の結果は自殺。しかしリチャードの父はその結果に納得がいかず、アルバート・キャンピオンに調査を依頼する。
キャンピオンは、妹のヴァルがジョージアのファッションデザイナーを担当していることもあって早速彼らと接触、程なくして、その複雑で張りつめた人間関係を目の当たりにすることとなる。
やがて、いくつかの事実が明らかになるにつれ、その人間関係から生じた緊張はさらに高まり、そして遂に悲劇が起こった……。
おお、確かにこれは、今まで読んだアリンガム作品のなかで一番の読みごたえである。
めぼしいトリックもなく、極めて地味な展開。だが執拗ともいえる丹念な人間描写、そしてそれに支えられたアイディアが素晴らしい。そのアイディアが犯人の構想として成立し、また、人間描写とも相互に奉仕しあうという趣向。
これだけでは何のことやらよくわからないかもしれないが、ネタバレになる可能性もあるのでこの程度で。ひとつ言えるのは、本作はアリンガムの筆力あればこそ書けた作品だということ。ぶっちゃけ現代ではそれほど驚くべき趣向ともいえないけれど、この時代で既に書かれていたという事実は評価すべきであるし、何より完成度が高い。
ただ、物語が流れ始める中盤までは少々辛かった。人によっては描写がくどくて退屈とか、展開がゆったりしすぎ、という向きもあるだろうが、個人的にそっちは全然OK。きついのは、まあ出てくるキャラクターがどいつもこいつも共感できない奴ばかりってこと(苦笑)。
特に女性陣は個性派ぞろいで疲れる。本作では恋愛要素が密接にプロットに絡んでくることもあり、彼女たちの言動がしばしば理性を超えたところで左右される(恋は盲目ってやつですか)。ともすれば、左右される“振り”をする。これにいちいちイラッとくるわけだ(笑)。といっても、これはある意味、作者の術中に嵌っていることにもなるのだろう。
そんな中にあってキャンピオンの婚約者、アマンダの存在は唯一の清涼剤。これが可愛くてかっこいい。もちろん他の女性陣と対比する意味もあろうが、ストーリー上でも重要な役目をもたされ、アリンガムも楽しんで書いているのがわかる。
すぐれた描写、秀逸な仕掛け、本書の魅力はいろいろあるが、アマンダの存在が無ければ、それらも色褪せてしまったのではないだろうか。
結論。アマンダの魅力も含め、噂どおりの傑作。このレベルのものであれば、未訳作品もまだまだ出してもらいたいものだ、ってその前に『クロエへの挽歌』も『ミステリー・マイル』も読まないとな。
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semicolon?さん
ああ、それはまたけっこう特殊なものからいっちゃったんですね。とにかく邦訳は流れを一切無視していろんな出版社からでていますから、歯がゆい限りです。かくいう私も、ずいぶん遠回りした感じがありますが。
『屍衣の流行』はいたって地味な作品ですが、個人的には『霧の中の虎』より全然上だと思います。ぜひお試しください。
Sphereさん
Sphereさんは一番いいものから入ったんですね。でも、続けて読もうとなさるんでしたら、この後がけっこう辛いかもですね。邦訳では『屍衣の流行』的な作品が少ないようですから、何とかその時期の作品がもっと出ればいいのですが。
Posted at 02:24 on 01 23, 2011 by sugata