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コーネル・ウールリッチ『非常階段』(白亜書房)
そんな状況が影響しているのかしていないのか。最近はミステリらしいミステリを読んでいないことに、ふと気がついた。ああ、これではいかん。こういうときは初心に帰って古典じゃ古典じゃということで、久々にウールリッチに手を出してみた。白亜書房から生誕100年記念として刊行されたウールリッチ傑作短編集全6巻の最終巻『非常階段』である。
ただし第6巻ではなく別巻扱い。というのも、本書だけはこれまでの門野集氏による翻訳ではなく、稲葉明雄訳による傑作集になっているからだ。
そもそもこのウールリッチ傑作短編集は、ウールリッチの研究家として知られる門野氏が編纂し、訳したものである。その門野氏がこれまたウールリッチの先輩訳者として有名な稲葉明雄氏に敬意を表し、あえて最終巻を稲葉訳でまとめたものらしい。おかげで最終巻は下の収録作を見てもわかるように、大変豪華な作品ばかりになっている。そのおかげで再読率は100%なんだけれど(笑)。
The Night I Died「私が死んだ夜」
The Humming Bird Comes Home「セントルイス・ブルース」
Goodbye, New York「さらば、ニューヨーク」
Face Work「天使の顔」
Men Must Die「ぎろちん 」
The Case of the Talking Eyes「眼」
The Boy Cried Murder「非常階段」

収録作はすべて再読なので今更驚きはないのだが、それでもどれも十分に楽しく読めるのはさすがウールリッチ。ミステリだからサスペンスも効かせるし、洒落たオチもつけはするけれど、もともとそれほどトリッキーな作風ではないウールリッチの短編群。それがなぜ今読んでもこれほど面白いのか。
ミステリだからもちろん犯罪はある。加えてウールリッチの短編に欠かせないのは愛のドラマだ。男女の愛もあれば親子の愛もあり、その形や結末もさまざま。犯罪が起きたから愛が深まるのか、愛があったから犯罪が起きたのか。主人公たちはほぼ例外なく不幸な境遇に身を落とし、その"よすが"は愛しかない。しかし、そんな境遇だからこそ、その"よすが"もまた移ろいやすい。小さな幸せでいいと願っているはずなのに、なぜか彼らは自分自身を裏切り、そしてさらに転落していく。
ウールリッチはそんなほろ苦いドラマを、ときにはクールに、ときには皮肉に描く。感情移入はさせるけれど、いつも読者を少しだけ上に置き、誌面という安全地帯から主人公たちの末路を味わわせる。このスタンスが絶妙なのだ。そういう意味でのマイ・フェイヴァリットは「さらば、ニューヨーク」。
ただし、その一方で、たまにあるハートウォーミングな短編がいっそう心に染むケースもある。こちらのおすすめは断然「眼」。何度読んでも思わず目頭が熱くなってしまいます、これは。
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Comments
ポール・ブリッツさん
あかね書房でのウールリッチ作品、そんなに多かったかしらと思って調べたら、ウールリッチ名義とアイリッシュ名義で二冊も入ってたんですね。クイーンやクリスティですら一冊だというのに、これは破格の扱い。
しかも福島正実はアイリッシュ担当で、ウールリッチの訳は常盤新平が担当って、こちらも豪華ですね。
実家に揃いが置いてあるんですが、あー早く持ってきたいなぁ。
Posted at 00:46 on 10 11, 2011 by sugata
オオーッ、「福島正実先生!」ですか。
そー言えば小学校高学年~中学生の頃って、福島正実さんのコトを密かに大リスペクトしてましたっけ。訳者あとがきがあれば何度も読んで「これ(原書)を翻訳するなんて、どんな人なんだろう・・」ってね。
そりゃ~、まだPCなんてなかった時代ですもの。活字がもたらす想像力は今よりずっと大きかった気がします。
だんだん年がバレそうになってきちゃいましたね(苦笑)。
Posted at 18:09 on 10 10, 2011 by マダムK.
わたしのウールリッチ初体験は、あかね書房のジュブナイル版「恐怖の黒いカーテン」でした。
いま調べてみると福島正美先生が訳されておられたのか。
手に汗握る作品で、ムチャクチャおもしろかったことを覚えています。
こうして見ると、けっこう日本のジュブナイル、ウールリッチが充実しているなあ。なんせ面白いもんなあ。
Posted at 14:30 on 10 10, 2011 by ポール・ブリッツ
マダムK.さん
私のウールリッチ・デビューはジュヴナイル版の『幻の女』でした。確か「オレンジ色の帽子の女」とか何とか、そんな感じの題名だった記憶があるのですが、検索かけてもうまく引っかからないところをみると、おそらく記憶違いなんでしょうね。いつかは手に入れたいものです。
ご自宅は子供の頃からお住まいのお家なんでしょうか? いいですね、昔の本がどっさり残っているなんて。私の子供の頃に読んだ本は、すべて田舎の実家に置いてあるんで、めったに探訪できないのが悔しい(苦笑)。
Posted at 18:23 on 10 09, 2011 by sugata
そうそう、あかね書房の全集は小学校にあったわ~ッ!
私は金の星社「少女・世界推理名作選集」が、ウールリッチのデビューでした。「黒衣の花嫁」でなくて、「黒衣の少女」だった気もしますが、もう、うろおぼえ・・。
本を読んだ直後に、ジャンヌ・モロー主演の「黒衣の花嫁」をTVで見て、ものすごい興奮しましたわ。小学生のクセに、ですね(苦笑)。
夕べから本棚の奥・納戸・物置、ウールリッチほかガサゴソ漁ってます。この三連休がこんなに楽しいものになるとは、「探偵小説三昧」さんに感謝いたします。
Posted at 14:58 on 10 09, 2011 by マダムK.
舞狂小鬼さん
お、あかね書房版でウールリッチ体験とはなかなか。たぶん「少年少女世界推理文学全集」ですね。
サスペンス系のジュヴナイルって、元から子供向けに書かれているのものはそれなりにあるんですが、大人向けをリライトしたものって意外とないんですよね。たぶん内容的な問題だとは思うのですが。
あかね書房のはハードボイルドまで入れてあって、今考えるとかなりチャレンジャーなセレクトではあります。
Posted at 11:48 on 10 09, 2011 by sugata
懐かしいです
ウールリッチの「非常階段」は、昔あかね書房のジュブナイル版で「シンデレラとギャング」と一緒に読みました。
小学生だった自分にはちょっと早かったようで、「この子はなんでこんな酷い目に遭わなきゃいけないの?」と理不尽な怒りにかられたことが強く印象に残っています。思えばサスペンス物はこれが初めてだったかも知れません。
懐かしいですねw
Posted at 08:21 on 10 09, 2011 by 舞狂小鬼
マダムK.さん
福島正実というと個人的に忘れられないのは、小学校の図書館で借りた『地底怪生物マントラ』ですかねぇ。
あの頃は面白そうな本なら片っ端から図書館で借りて読んでいたものでした。『オレンジ色のなんたら』も同じ時期です。
こちらも年がばれそうだ(苦笑)。
Posted at 00:53 on 10 11, 2011 by sugata