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坂口安吾『復員殺人事件』(角川文庫)
視聴はしていないが、『UN-GO』というアニメが放映されているようで、これがなんと坂口安吾の『明治開花 安吾捕物帖』が原案だという。といってもストーリーはかなり自由奔放のようで、原作の設定を拝借したというぐらいが適当らしい。ちょっと興味あり。
で、それがきっかけというわけではないのだが、本日の読了本は坂口安吾の『復員殺人事件』。
傑作『不連続殺人事件』に続いて書かれた長編第二作だが、連載していた雑誌が廃刊の憂き目にあい中断。結局、安吾の手によって完結されることはなく、後に高木彬光が続きを書き足して『樹のごときもの歩く』というタイトルで完成したという曰く付きの作品である。
舞台は戦後間もない昭和二十二年の小田原。漁業で財を成した倉田家に、戦死したと思われていた次男の安彦が復員してくる。だが喜びも束の間、安彦は戦禍で右手左足、両目を失い、顔も本人とは見分けが付かないほどひどい有り様であった。そこで三男の定夫と次女の美津子は探偵の巨勢博士を訪れ、本人の証しとなるであろう手形の鑑定を依頼する。
実は二人が巨勢博士を訪ねたのには、もうひとつ大きな理由があった。倉田家では五年前、長男の公一とその息子が不審な状況のなか、鉄道で轢死するという事件が起きていたのだ。そして美津子は、安彦がこの事件の犯人を知っていたのではないかと考えていた……。

安吾自体は探偵小説=パズルという考え方だったので、もちろん本格としての要素を重要視するし、木々高太郎の探偵小説芸術論には否定的だった。ただ、そこらの作家と違ったのは、決して文章やリアリティを疎かにするわけではないし(むしろ重きを置いていた)、結果的に芸術になるのは全然かまわないと考えたことにある。要は探偵小説としての出来以前に、小説としての出来を問うているわけですな。
その結果として……かどうかはわからないが、本作品はトリック云々でいうとけっこうアレなわけだけれど、物語としては意外に安定していて面白く読める。つまり本格探偵小説としてはいまいち(笑)。
「樹のごときもの歩く」というメッセージの意味、顔が判別できない復員兵、睡眠薬の使い方など、どれも消化不良気味で、これらは結末部分を書いた高木彬光にも責任はあるのだろうけど、安吾もどこまで考えていたかは不明。
ただし、繰り返しになるけれど、お話としてけっこう面白く読めるのはさすが。『不連続殺人事件』同様にエキセントリックな人物たちが登場し、事件を錯綜させてくれるのだが、このやりすぎぐらいの感じがちょうどいい。
中心となるのは、連続殺人が起きているというのにまったく意に介さない倉田家という成金一家。この家族に加えて使用人たちがまたひどい(笑)。彼らとのやりとりを巨勢博士や警察がどう捌いていくかが見ものなのだが、巨勢博士も言動の奇妙さでは決して負けていないから、ほぼ全編にわたってコメディ色は強い。放屁の場面がこんなにあるミステリなんてそうそうないだろう(笑)。
なお、結末部分に関しては高木彬光の責任も……なんてことを書いたが、この安吾の文体をしっかり模写しているという点においては、高木彬光の功績は大きい。
まあ、それだけに真相をもう少ししっかりまとめてくれれば、という思いはあるのだが、本格探偵小説という縛りの多い物語においてはそれも致し方のないところ。探偵小説とはいえ文豪のあとを継ぐという作業は、相当なプレッシャーもあっただろう。
そんな当時の事情なども加味しつつ、探偵小説史に興味のある人だけが読めばいい作品といえるかもしれない。
で、それがきっかけというわけではないのだが、本日の読了本は坂口安吾の『復員殺人事件』。
傑作『不連続殺人事件』に続いて書かれた長編第二作だが、連載していた雑誌が廃刊の憂き目にあい中断。結局、安吾の手によって完結されることはなく、後に高木彬光が続きを書き足して『樹のごときもの歩く』というタイトルで完成したという曰く付きの作品である。
舞台は戦後間もない昭和二十二年の小田原。漁業で財を成した倉田家に、戦死したと思われていた次男の安彦が復員してくる。だが喜びも束の間、安彦は戦禍で右手左足、両目を失い、顔も本人とは見分けが付かないほどひどい有り様であった。そこで三男の定夫と次女の美津子は探偵の巨勢博士を訪れ、本人の証しとなるであろう手形の鑑定を依頼する。
実は二人が巨勢博士を訪ねたのには、もうひとつ大きな理由があった。倉田家では五年前、長男の公一とその息子が不審な状況のなか、鉄道で轢死するという事件が起きていたのだ。そして美津子は、安彦がこの事件の犯人を知っていたのではないかと考えていた……。

安吾自体は探偵小説=パズルという考え方だったので、もちろん本格としての要素を重要視するし、木々高太郎の探偵小説芸術論には否定的だった。ただ、そこらの作家と違ったのは、決して文章やリアリティを疎かにするわけではないし(むしろ重きを置いていた)、結果的に芸術になるのは全然かまわないと考えたことにある。要は探偵小説としての出来以前に、小説としての出来を問うているわけですな。
その結果として……かどうかはわからないが、本作品はトリック云々でいうとけっこうアレなわけだけれど、物語としては意外に安定していて面白く読める。つまり本格探偵小説としてはいまいち(笑)。
「樹のごときもの歩く」というメッセージの意味、顔が判別できない復員兵、睡眠薬の使い方など、どれも消化不良気味で、これらは結末部分を書いた高木彬光にも責任はあるのだろうけど、安吾もどこまで考えていたかは不明。
ただし、繰り返しになるけれど、お話としてけっこう面白く読めるのはさすが。『不連続殺人事件』同様にエキセントリックな人物たちが登場し、事件を錯綜させてくれるのだが、このやりすぎぐらいの感じがちょうどいい。
中心となるのは、連続殺人が起きているというのにまったく意に介さない倉田家という成金一家。この家族に加えて使用人たちがまたひどい(笑)。彼らとのやりとりを巨勢博士や警察がどう捌いていくかが見ものなのだが、巨勢博士も言動の奇妙さでは決して負けていないから、ほぼ全編にわたってコメディ色は強い。放屁の場面がこんなにあるミステリなんてそうそうないだろう(笑)。
なお、結末部分に関しては高木彬光の責任も……なんてことを書いたが、この安吾の文体をしっかり模写しているという点においては、高木彬光の功績は大きい。
まあ、それだけに真相をもう少ししっかりまとめてくれれば、という思いはあるのだが、本格探偵小説という縛りの多い物語においてはそれも致し方のないところ。探偵小説とはいえ文豪のあとを継ぐという作業は、相当なプレッシャーもあっただろう。
そんな当時の事情なども加味しつつ、探偵小説史に興味のある人だけが読めばいい作品といえるかもしれない。
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Comments
Edit
30年ぐらい前に読んだので放屁の場面
しか覚えてません。
彬光ファンなので、よくがんばったと褒めてあげます。
Posted at 17:29 on 11 20, 2011 by M・ケイゾー
M・ケイゾーさん
坂口安吾の文体模倣というだけで、とてつもなく高いハードルですよね。しかも、ところどころにくすぐりも入りますから、こりゃ大変です。
高木彬光は非常によくやったと思いますよ。
Posted at 18:18 on 11 20, 2011 by sugata