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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

レオ・ブルース『死の扉』(創元推理文庫)

 長らく創元推理文庫の新刊予定にラインアップされながら一向に出る気配がなかった幻の一冊といえば? そう、言うまでもなくレオ・ブルースの『死の扉』である。昨年の渡辺温と同様、まずは出たことを素直に喜びたい。ある筋から「創元からはもう無理」みたいな話も聞いていたので、いったんは諦めて、とっておきの「現代推理小説全集」版で読もうかと思っていたのだが、いやぁ待ってよかった。そりゃできれば新訳で読みたいものなぁ。
 で、待たされるだけ待たされたこの一冊をさっそく読んでみたのだが、これがまた内容も実に素晴らしい。

 こんな話。英国はニューミンスターにある小間物屋で殺人事件が発生した。被害者は店主の強欲な老婦人エミリーと、地区をパトロールしていた警官ジャック。二人は折り重なるように店内で倒れており、小さな町は騒然となった。
 ここで登場するのが、われらが歴史教師キャロラス・ディーンその人。犯罪研究を趣味とする彼は、教え子に挑発されてまんまと事件の捜査に乗り出すはめになる。さっそく聞き込みを開始したキャロラスは、事件当日、さまざまな人物がエミリーを訪れ、その誰もが動機を持っていたことを突き止める。同時に、その誰もが何かを隠していることにも勘づくのである……。

 死の扉

 本書は歴史教師キャロラス・ディーンを探偵役とするシリーズの第一作。
 レオ・ブルースの魅力といえば、本格ミステリの伝統を踏まえながらも、微妙にそのコードを外してくる巧さ、とでも言おうか。特にもう一人のシリーズ探偵、ウィリアム・ビーフものにはその傾向が顕著。『三人の名探偵のための事件』とした一連の作品も事件自体はかなり平凡というか地味なのだが、真相にはいつも驚かされる。
 本書も事件やストーリーは滅法、地味。もう本当に地味。その辺の本格ミステリを適当に百冊ぐらい集めても、軽くベスト3に入るぐらい地味なのである。導入そのものは警官の殺害シーンから入るため、おおっと思うところもあるのだが、その後はキャロラスが関係者を一人ずつあたっていく場面が延々と続き、レオ・ブルースの本当の面白さを知らない人はここで挫折する可能性も大である。
 ただ、ここをしっかり読み込んで、容疑者や関係者の証言をキャロラスとともに追い求めていけば、ラストで至福のひとときが待っている。犯人の意外性はもちろんだが、何より感心するのはその事件の仕組み、そしてそれをどのように解き明かしていったかだ。
 特に、関係者のさほど重要とは思えない、だけども明快な説明ができないいくつかの証言。これらに対してキャロラスが食い下がり、やがてそれが事件を構成する重要なピースであることが明らかになる。これこそ本格ミステリの醍醐味でありますよ。派手なトリックとかなくてもいい。ブルースの作品にはロジックや伏線の妙にこそ神髄があるのだ。

 ただ、誤解のないように書いておくと、事件やストーリーは地味だと書いたが、決して退屈ではない。
 というのもレオ・ブルースの作品ではユーモアもまた欠かせない要素のひとつであるからだ。世間体ばかり気にするくせに実は興味津々の学校長ゴリンジャー、キャロラスを挑発しては常に事件に引っ張り出そうとする悪ガキのルーパート、ミステリマニアの農場主など、個性溢れるキャラクターたちが登場し、キャロラスと英国漫才を繰り広げる。適度にカリカチュアされた登場人物たちのやりとりは、ちょっぴり毒も含みつつ英国らしい上質なくすぐりに満ちあふれている。
 ウリとまでは思わないが、このユーモア要素がなけれれば、ずいぶん味気ない物語になる可能性はあっただろう。

 ちなみにキャロラス・ディーンのシリーズは全部で二十三作。過去に『ジャックは絞首台に!』『骨と髪』の二冊が出ているから、未訳は二十冊も残っている計算だ。っていうかウィリアム・ビーフものだってまだ四つほど残っているんだよなぁ。
 レオ・ブルースは全作紹介されるだけの価値はあるはずなんで、頼むからどこかの版元が名乗りをあげてくれないか。頼むよ。


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Comments
 
SIGERUさん

はじめまして。ご丁寧なコメント、どうもありがとうございます。
ミステリ絡みで検索されていらしたのに、記事の半分はモスラだゴジラだといった始末で、なんともお恥ずかしい限りです。

>なお、うちのブログのURLを記述していますが、内容は「深夜アニメ感想ブログ」ですので悪しからず。

ブログ、拝見しましたが、更新頻度、内容ともにすばらしいですね。そもそも深夜アニメを各話毎にレビューしているのが驚きです。とても私には真似できませんが、なんとかマイペースでぼちぼち更新していきますゆえ、今後ともどうぞよろしくお願いします。
 
SUGATAさま、はじめまして!
英米ミステリが大好きで、先日、休みを利用して、レオ・ブルース「死体のない事件」、ピーター・アントニイ「衣装戸棚の女」という二傑作を一気に読了し、昂奮のあまり、久しぶりにミステリサイトを訪問してみようと思い立った次第です。
ところが、10年ほど前に交流のあったミステリサイトさまは、殆どが閉鎖しており、寂しい想いをしました。
そんな中、検索で逢着したこちらは、精力的に更新されており、記事内容も迚も好みでしたので、足跡を残したくなりました。
レオ・ブルースですが、愉しみにとっておいた「結末のない事件」、こちらの魅力的な紹介記事を読み、愈々手をつけようと決心しました。
また、「死の扉」は、知人が譲ってくれた創元推理文庫版で既読ですが、小林晋訳で改めて読み直してみたくなりました。有難うございます。
なお、うちのブログのURLを記述していますが、内容は「深夜アニメ感想ブログ」ですので悪しからず。
まあ、ミステリ系のアニメである「氷菓」や「Another」の記事には、クセが出て古典ミステリのネタバレなど記してはいますが。
それでは、ますますのご活躍を祈念し、擱筆します。
 
みどりのほしさん

はじめまして。
レオ・ブルースは上品でそこはかとない面白みがって、かつ(ここが一番大事なんですが)本格ミステリとして非常にレベルが高いです。
ゆっくりと読書で時間をつぶすようなひとときがあるなら、間違いなくオススメしたい作家です。ぜひお楽しみ下さい。
 
はじめまして。

こちらを拝読して、レオ・ブルース
読みたくなりました。
繰り広げられる英国漫才も興味ありますし。

ありがとうございます。
 
Ksbcさん

この時代の本格の書き手は全般的に紹介が遅れて、そのままになっている場合が多いですね。私のお気に入りの作家でいうと、ヘレン・マクロイやグラディス・ミッチェルもそうです。
とはいえ単なる懐古趣味ではなく、本当に面白い作家たちですから、なぜこうも読まれないのか不思議ですね。いくつかは翻訳も出ているわけで、単純な話ですが、それが売れないことにはどうしようもないんでしょうね。
 引き続き翻訳を
レオ・ブルースいいですね。
どうしてもっと訳されなかったんでしょう。
今後、東京創元社にがんばって欲しいところです。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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