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 少々、洋画にかまけていたので、まだまだ残っている東宝特撮映画DVDコレクションを飽きずに消化。本日は1995年公開の『ゴジラvsデストロイア』で、監督は大河原孝夫。

 本作はゴジラシリーズとしては二十二作目にあたるが、いわゆる平成ゴジラシリーズとしては七番目の作品。そして平成ゴジラシリーズの最終作でもある。一応はシリーズ最終作ということで(この時点で既にアメリカへのゴジラ貸し出しが決定しており、三年後の1998年、エメリッヒ版『GODZILLA』が公開される)、制作スタッフも相当に気合いは入ったと思うが、その結果として出されたアイディアが、「ゴジラの死」である。

 ゴジラとリトルゴジラが暮らしていたバース島が消滅していることが確認された。二匹の消息をつかめないまま一ヶ月が過ぎたとき、ゴジラが香港に姿を現す。だが、その姿は赤く発光し、赤い熱線を吐く従来とはまったく異なる印象のゴジラであった。バース島の地下にあった高純度の天然ウラン、それが火山の影響で爆発を起こし、ゴジラに影響を与えたのだ。だが、影響はそれだけではなかった。ゴジラの体内炉心の核エネルギーが不安定になり、いつ爆発を起こしてもおかしくない状態になっていたのだ。
 一方、しながわ水族館で魚が突然、白骨化するという事件が起こる。原因はかつて初代ゴジラを死滅させたオキシジェン・デストロイヤーが、海底に眠っていた微少な生命体に影響を与え、異常進化・繁殖した生物・デストロイアが魚を補食していたのだ。やがて生物は巨大化し、警察、自衛隊の攻撃に対して、さらに合体・巨大化して暴れ出す……。

 コ#12441;シ#12441;ラvsテ#12441;ストロイア

 平成ゴジラシリーズ全般についていうと、『ゴジラ』『~vsビオランテ』あたりまではそこそこ見られるが、『~vsキングギドラ』あたりになるとかなりアラが目立ち、『~vsモスラ』以降は実に苦しい。
 シリーズゆえビジュアル的にもストーリーにしてもハラハラドキドキが薄れるということがまず大きいだろう。ただ、それは致し方ないとしても、完成度というか緻密さというか、作品にかける熱が薄れているように思うのは気のせいだろうか。メカゴジラやスペースゴジラあたりに諸々の事情があるのは知っているが、ゴジラの亜流を繰り返し使う時点でもうダメであろう。それが興行成績にも響き、結局シリーズ終焉を迎えるわけだからなぁ。ううむ。

 で、本作はシリーズを完結させるということで、作品としてはかなり持ち直してはいる。
 「ゴジラの死」という選択がまず評価できるが、昭和29年の初代ゴジラと徹底的にストーリーをリンクさせたところもよろしい。かの芹沢博士の遺族をメインにもってきた点やデストロイアという怪獣の設定などはシリーズファンには嬉しい仕掛けといえるだろう。
 だが、最も評価できるのはクライマックスである。
 (一応、ネタバレです)

 瀕死のリトル・ゴジラ、怒れるゴジラの逆襲と勝利、ゴジラのメルトダウン、そして東京は放射能に包まれる……という流れは予想どおり。人類への核の警告で締めるラストはゴジラシリーズに相応しい。
 意表を突かれたのはここからだ。東京が放射能に包まれるその瞬間、急激に放射能はかき消され、東京は浄化される。そして猛煙のなかで立ち上がり、彷徨するゴジラの姿。
 ゴジラは確かに死んだ。だがそのメルトダウンで放出された莫大な放射能により、リトル・ゴジラが完全ゴジラ化して蘇生したのである。かくしてシリーズは終焉を迎えた。同時に、新たなステージを予感させつつ。
 トンデモな展開ではあるのだが、このクライマックスの盛り上げはお見事。「ゴジラの死」で予告をバンバン打っておきつつ「復活」をもってくるのは巧い。

 とまあ、ひとまず褒めてはみたものの、相変わらず脚本全体の流れが悪かったり、当時流行った他の特撮の影響を受けまくっていたり、デストロイアが完全生物って割には弱かったりと、不満もそれなりに多い。まあ最悪なのはデストロイアの造型なんだけど。とはいえ、これまでのシリーズの出来を考えるともっと悪くなっていた可能性もあるので、まあ、これぐらいで済んでよかったといえるのかもしれない。
 さあ、続いては平成モスラ三部作に移行するわけだが、ううむ、これもまた厳しいんだよなぁ(苦笑)。




















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