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松本清張『松本清張短編全集11共犯者』(光文社文庫)
「共犯者」
「部分」
「小さな旅館」
「鴉」
「万葉翡翠」
「偶数」
「距離の女囚」
「典雅な姉弟」

本シリーズはもともとカッパ・ノベルスで1963~1965年にかけて刊行された短編選集だ。デビュー作「西郷札」が書かれた1951年から、この企画がスタートした1962年頃、そのおよそ十年間に書かれた清張の全短篇から、著者自身がセレクトしたという恰好になっている。
だから当時はともかく、現在「松本清張短編全集」というにはあまりに不備なわけだが、この十年にド級の傑作が集中してることもあって清張の短篇の本質を理解するには十分な助けとなるし、読み応えや面白さということだけでいえばまったくノープロブレム。それぐらい濃密な十一冊なのである。
これまでの感想でも度々、書いてきたのだが、清張の短篇はとにかく情念が凄まじい。素材として社会悪や誤った社会構造に対する告発がベースになることは多いのだが、読者に迫ってくるのは社会悪もさることながら、それらに翻弄される者たちの悲痛な叫びなのである。
基本は弱者。弱者を苦しめるそういったシステムに疑問を抱きつつ、彼らは逆にそれらを利用し、這い上がろうとする。だが、そこで彼らを待っているのは……といった構成が、短篇では手を変え品を変え繰り返し語られる。ミステリであろうが歴史物であろうが、ぶっちゃけテーマは同じ。この点において清張は一片のブレもないのである。
そしてその根底に流れているものが、清張自身が抱えていたコンプレックスや苦難にあることも、よく言われていることである。これに触れずして清張を体験したとは言えないだろう。それを感じるための十一冊といってもいい。
ただ、さすがに後年の作品ともなると、ものによっては技巧が先に立つこともあるわけで、本書の収録作にもその傾向は感じられる。
例えば巻頭の「共犯者」などは、今や家具店の社長として成り上がった主人公が、実は過去に犯した犯罪の影に悩まされるという話。その犯罪にはただ一人の共犯者がおり、その男が商売に失敗すればやがて自分を脅迫しにくるのではないかという疑惑に苛まれる。よし、ならばそうなる前に何か手を打って……しかし、これが墓穴への第一歩となるのである。この主人公の落ちていく描写が正に清張の独壇場であり読みどころなのだが、ラストでオチをきれいにつけすぎるのが初期作品と大きく異なるところか。
本書には他にも、いかにもミステリ的にオチを決める作品が多く収められている。巧いことは別段かまわないのだが、そちらの面の印象が強くなって、清張の本来もつ魅力がやや薄められる嫌いはなきにしもあらず。さすがの清張もこの頃には心境の変化があったのかと推察する次第である。
とにかく、そんな気になる部分も含め、本シリーズは松本清張の魅力を知るに最適のアイテムである。一気に読むのはそれなりに堪えるのだけれど(苦笑)、古くさい社会派なんて、などと食わず嫌いせず、ぜひ一度お試しあれ。
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Comments
sugata様
丁寧なご返事を頂戴し、恐縮です。
ブログにバラエティをもたせながらも、ミニ・シリーズ的に、旧作再訪の“点”を“線”にする試みを持続され、着実に――第1巻の『西郷札』から3年以上かけて――<短編全集>を完読されたのには、怠惰なミステリ・ファンとして、頭が下がる思いです。
また書き込みさせていただくこともあると思います。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします。
おっさん拝
追伸 小生への呼びかけは、おっさんへ、で一向に構わないのですが、まあそれではコメント欄の品位の問題もあるでしょうから(笑)、“おっさんさん” で異存ありません。語呂が悪くて、恐縮です。
Posted at 14:33 on 05 29, 2012 by おっさん
おっさんさん(でよろしいんでしょうか?)
はじめまして。コメントありがとうございます。
「共犯者」の件は、まったくお恥ずかしいかぎりです。
本書中に初期の短編も入っているのは知っていたんですが、
「共犯者」「部分」「小さな旅館」あたりの読後のイメージが非常に似ていたので、てっきり同じ頃の作品だと勘違いしたようです。
粗忽なブログではございますが、またいろいろと御教授ください<(_ _)>
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted at 11:43 on 05 27, 2012 by sugata
sugata様
はじめまして。
いつも楽しくブログを拝読させていただいています。
ミステリに関しては、基本的に(内外ともに)、古典期の本格愛好家の小生も、松本清張の初期短編は大好きで、高く評価しています。
「火の記憶」「張り込み」「一年半待て」・・・たまりませんね。
ところで。
今回、気になった点があり、無礼を覚悟の上、書き込みさせていただく次第です。
>ただ、さすがに後年の作品ともなると、ものによっては技巧が先に立つこともあるわけで、本書の収録作にもその傾向は感じられる。
>例えば巻頭の「共犯者」などは
「共犯者」の初出は、昭和31年(1956年)の『週刊読売』なので、これは完全に“初期の作品”です(デビュー前の佐野洋が、一読して衝撃を受け、こういうミステリなら書いてみたいと思った、というエピソードがあります)。
しかし、技巧に走る、後年の短編を予兆させる一面がある、というご意見であれば、小生もまったく同感です。
それでは、ますますのご健筆を祈念しております。
長文失礼いたしました。
おっさん拝
Posted at 06:49 on 05 27, 2012 by おっさん
おっさん様(こちらの方がしっくりきますね)
多大な褒めのお言葉、ありがとうございます。
ただ、こちらとしては好きなものを読んでダラダラと書いているだけですので、逆にこれは恥ずかしいです。
清張もたかだか11冊なのに三年もかけているのですから、まあ情けないかぎり。しかも清張にかぎらず、最近は月に10冊も読めていないのですから、読書ブログとしてもいかがなものかという感じですね(苦笑)。
それでも好きなことはとことん続けていきたい性格ですので、今後も低空飛行ながら、まったりゆるゆると読み続け、書き続けていくつもりです。
どうぞ今後ともご贔屓に。
Posted at 23:05 on 05 29, 2012 by sugata