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 論創ミステリ叢書から『戦前探偵小説四人集』を読む。五十巻目の本書を機に、論叢ミステリ叢書はひとまずのピリオドを打ったのは、まだ記憶に新しいところ。
 しかしながら、まだまだ紹介していない作家はいるし、ここまできたのなら乱歩の巻だって出してほしい。ぜひ、いつの日か復活を願いつつ……などと書くまでもなく、つい先日に判型を変えて論創ミステリ叢書が再スタートを切ったのは皆様ご存じのとおりである。既に『守友恒探偵小説選』『大下宇陀児探偵小説選I』と順調すぎるペースで刊行中。やれ嬉しや。

 とまあ、そんなわけで一度は最終巻を迎えた論創ミステリ叢書。その区切りの五十巻目は『戦前探偵小説四人集』という思い切ったラインナップであった。
 収録されている作家は、羽志主水・星田三平・水上呂理・米田三星の四名。戦前ミステリのアンソロジーではちょくちょくお目にかかる名前ばかり、そのくせ一人では一冊にまとまらない程度しか作品が残っていないというマニア泣かせの方々で、当然これまで独立した著書はない。それならってんで四人の著作をまとめた形にしたのが本書。なんと四人分の全集なのである。
 もう戦前探偵小説好きには堪らない一冊。出ただけで十分ありがたいわけで、ここで本日はお終いにしてもいいのだが、それではこのブログのはかない意義もますますはかなくなってしまうゆえ、以下、収録作と感想などを記す。

 戦前探偵小説四人集

■羽志主水
「蠅の足」
「監獄部屋」
「越後獅子」
「天佑」
「処女作について」(随筆)
「雁釣り」(随筆)
「唯灸」(随筆)
「涙香の思出」(随筆)
「マイクロフォン」(随筆)

■水上呂理
「精神分析」
「蹠の衝動」
「犬の芸当」
「麻痺性痴呆患者の犯罪工作」
「驚き盤」
「石は語らず」
「処女作の思ひ出」(随筆)
「お問合せ」(随筆)
「燃えない焔」(随筆)

■星田三平
「せんとらる地球市建設記録」
「探偵殺害事件」
「落下傘嬢殺害事件」
「ヱル・ベチヨオ」
「米国の戦慄」
「もだん・しんごう」
「偽視界」

■米田三星
「生きてゐる皮膚」
「蜘蛛」
「告げ口心臓」
「血劇」
「児を産む死人」(随筆)
「森下雨村さんと私」(随筆)

 頭からざっくりいくと、羽志主水は「監獄部屋」と「越後獅子」のみアンソロジーで既読。とにかく探偵小説としては実に珍しい、プロレタリアート的内容の「監獄部屋」の印象が強くて、ほぼそれだけのイメージしかなかったのだが、再読してもやはり「監獄部屋」強しである。探偵小説的なのはオチの部分ぐらいだが、思想を探偵小説にはめたかなり早い例だと思うし、それだけでも評価してしかるべきだろう。

 水上呂理は昔からペンネームのインパクトだけで憶えていた作家。本名をもじったものらしいのだが、今では非常に誤解を招きやすい名前である(笑)。
 まあ、それはさておき。実はこの四人の中では、これまで一番作品の印象が弱かったのだが、改めて読むとこんなに心理学や精神分析などを用いた作家だったのかと驚く。そっち系のネタだと木々高太郎とかぶる部分は多いわけだが、なんとデビューは木々より八年ほど早いと知り、二度ビックリ。ただ、どうしても内容的な今更感があるのは辛いところだ。

 今回、もっとも気に入ったのが星田三平。SF的でもあり冒険小説的でもありハードボイルドチックな雰囲気も漂わせた「せんとらる地球市建設記録」はもともと好きだったのだが、他の作品を読むと、けっこういろいろなタイプにチャレンジしているのが素晴らしい。
 なかには「米国の戦慄」なんていうトンデモ小説まであって、これはヴァン・ダインの生んだ名探偵ファイロ・ヴァンスとアメリカ裏社会を牛耳っていたアル・カポネを対決させた物語。これらの設定やニューヨークテロというテーマは派手だが、双方が持っている魅力や特徴をまったく用いず、内容もグダグダという超企画倒れの一篇である。ただ、話のタネだけのために読んでおいても損はない(笑)。
 ちなみに書き溜めしてあった原稿が、戦災でほとんど焼失したらしく、まったく残念このうえない。

 ラストは米田三星。意外なことに、まとめて読むと明らかに本書中の他の作家とはレベルが違う。戦前探偵小説というフィルター抜きで、普通に小説が巧いと感じられる作家なのである。文章もしっかりしているし雰囲気も十分。米田三星ならたとえ誘われたとしても、間違ってもファイロ・ヴァンスのパスティーシュなどは書かないだろう(笑)。いや、ファイロ・ヴァンスのパスティーシュも、それはそれで戦前探偵小説的ではあるのだが。

 さてさて、こうやって褒めてはみたけれど、むろん今の探偵小説と比較するべきではない。同時代とはいえ、乱歩や正史はものが違うのだ。その他の作家など、決して期待するべきではないのである。
 それでも「実はこんなミステリがあるんだけどね」とオススメしたい衝動にかられてしまう、そんな魅力がこの時代の作家にはあるんだよなぁ。当時の探偵小説に免疫がない人にぜひ読んでもらって、感想を聞いてみたいものだ。

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テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌





SIGERU さん

この時代の作家についてはどうしても情報が少ないこともあって、定説で十把一絡げに見てしまうこともあるのですが、実は様々なアプローチがあるし、個性もいろいろなんですよねぇ。
そういった作者のドラマも個人的には興味あるところで、こういう本は実にありがたい限りです。
【2012/06/30 22:22】 URL | sugata #8Y4d93Uo[ 編集]

sugataさん、こんばんは!
「戦前探偵小説四人集」。少しずつ大事に読んでいます。
羽志主水「蠅の肢」。独逸のソーンダイクことエルンスト博士の、名推理というか名偏見に瞠目しました。
でも、随筆を読むと、作者はむしろ、わが国の公衆衛生の現状に警鐘を鳴らしたかったのですね。
その意味で、掉尾の一行こそが作者の本懐だったと知り、駭きました。
ミステリにも、いろいろな社会的意義があるんだなと蒙を拓かれた思いです。(笑)

御卓説のとおり、米田三星が筆を折ったのは、惜しかった。
ただ、彼の随筆を読むと、自分の作家的「体臭」をずいぶん気にしていましたね。永井荷風まで、引き合いに出して…。
確かに「蜘蛛」「告げ口心臓」辺りを読むと、昭和初期特有の「体臭」が漂ってきます。
でも、私はそういう匂いが好きですし、米田三星も、個性を押し通す勇気があったら、さらに佳い仕事を遺せたような気がして、残念です。
木々高太郎は、探偵小説芸術論争でも著名な方ですが、その意味では「スマートなひと」だったんでしょうね。
作品からも、それが感じられます。
【2012/06/30 19:14】 URL | SIGERU #gvOA6bH6[ 編集]

Sphereさん

医師としての実績は確かに木々高太郎が上でしょうが、作家としては、米田三星もまだまだわからなかったと思うんですけど……わからないものです。木々は水上呂理にも影響を与えたようですが、むう、こういう作家の心情というか、真摯さというのは、今とは比べものにならないぐらい強いものがあったんでしょうね。
【2012/06/23 23:45】 URL | sugata #8Y4d93Uo[ 編集]

ファイロ・ヴァンスとカポネのパスティーシュは目が点になる脱力ものでしたが、面白かったす。星田三平ってユニークな人ですね(^^;
米田三星は解説によると木々高太郎の台頭で劣等感で書けなくなったということですが、もったいない…この人は長編も読んでみたかったです。
と言いつつ、いま論創社の『木々高太郎探偵小説選』を読んでいるところですが、やっぱり格段にいいですわ。
【2012/06/23 23:26】 URL | Sphere #-[ 編集]















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