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手塚昌明『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』
東宝特撮映画DVDコレクションから『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』を観る。監督は前作『ゴジラ×メカゴジラ』に続き手塚昌明。ゴジラシリーズとしては二十七作目。長い間、東宝特撮映画DVDコレクションの感想を書いてきたが、ようやくこれがラス前。もちろんゴジラシリーズとしてもラス前である。
ゴジラと機龍の戦いから一年、再びゴジラの危機が日本に迫っていた。千葉の九十九里浜では巨大生物の死体が打ち上げられ、ゴジラによる傷が致命傷だと推測されていた。また、グアム沖では米軍の原潜がゴジラに襲撃されるという事件が起こる。
特生自衛隊の整備士、中條義人らは機龍の修理に追われる一年だったが、迫るゴジラの脅威に、最後の仕上げに入っていた。そんなとき休暇で叔父の中條信一博士のもとを訪れていた義人は、インファント島の小美人に遭遇する。かつてモスラが日本を襲撃した際に尽力した中條信一博士に対し、小美人は「死んだ生物に人間が手を加えてはならない。機龍を海に帰すべきだ。その代わりにモスラが命をかけてゴジラを食い止める」と言い残す。
遂にゴジラが上陸した。その進路上には機龍が設置されている八王子駐屯地がある。機龍はゴジラを倒すための人類最後の武器のはずだが、同時にゴジラを呼ぶ危険な存在でもあるのか? 義人は苦悩する……。

うわあ、本作は前作『ゴジラ×メカゴジラ』の直接の続編になるのだが、前作はけっこうよいと思ったのに、なぜ急にここまで落ちるのか。
一番、感じるのは、やはりモスラと小美人の存在なのだよな。彼女たちに罪はないのだが、基本的に彼女たちはファンタジー世界の住人なのだ。もう理屈は関係なく、何でもありの世界。大切なのは世界観そのものの魅力であり、調和である。一方、機龍の存在は(あくまで個人的な見解だが)ハードSFである。荒唐無稽に見えることをできるだけリアルな手法で描き、もっともらしく見せてくれることをこちらは期待している。
その二つを融合させようとするから、虻蜂取らずになってしまう。いや、制作サイドは虻も蜂も捕ろうとは思っておらず、そもそもその両者が違うことを認識していないのかもしれない。まあ、今作では機龍も終盤に完全にファンタジー世界の住人になってしまうし確信犯なのかも。やれやれ。
もうひとつ引っかかったのは人間ドラマの部分。前作は変に凝ることをせず、シンプルなテーマと演出が頑張っていたが、本作はこれもダメ。整備士を主人公とする設定はなかなか珍しく、出だしは悪くないかもと思ったが、いやあ、機械と心を通わせるのはメタファーとしてあってもよいけれど、リアルに実現してはいけないでしょ(上のファンタジー云々とも関係するところである)。パイロットたちとの確執もものすごく中途半端で、確執する理由もわかり合える理由も全然説得力がない。
まあ、やりたいことはいやっというほどわかるのだが、それを演出するほどの力がないということか。
ダメ出し、三つめ。1964年の『モスラ対ゴジラ』に対するオマージュが本編に満ちあふれているのはいいとして、そのバトルシーンをまるまるなぞっているのはいかがなものか。加えて、海中にゴジラもろとも、というのもメカギドラであったよなぁ。これらはリスペクトというよりも思考停止に近いのではないか。
そんな感想をもったのも管理人だけではなかったのだろう。興行成績はなんとシリーズのワースト4位という成績だった。新しいファンも古いファンも離れるという結果を招き、挙げ句に次作がシリーズ最終作となることも決定したのだから、何とも罪作りな一作ではあった。
ゴジラと機龍の戦いから一年、再びゴジラの危機が日本に迫っていた。千葉の九十九里浜では巨大生物の死体が打ち上げられ、ゴジラによる傷が致命傷だと推測されていた。また、グアム沖では米軍の原潜がゴジラに襲撃されるという事件が起こる。
特生自衛隊の整備士、中條義人らは機龍の修理に追われる一年だったが、迫るゴジラの脅威に、最後の仕上げに入っていた。そんなとき休暇で叔父の中條信一博士のもとを訪れていた義人は、インファント島の小美人に遭遇する。かつてモスラが日本を襲撃した際に尽力した中條信一博士に対し、小美人は「死んだ生物に人間が手を加えてはならない。機龍を海に帰すべきだ。その代わりにモスラが命をかけてゴジラを食い止める」と言い残す。
遂にゴジラが上陸した。その進路上には機龍が設置されている八王子駐屯地がある。機龍はゴジラを倒すための人類最後の武器のはずだが、同時にゴジラを呼ぶ危険な存在でもあるのか? 義人は苦悩する……。

うわあ、本作は前作『ゴジラ×メカゴジラ』の直接の続編になるのだが、前作はけっこうよいと思ったのに、なぜ急にここまで落ちるのか。
一番、感じるのは、やはりモスラと小美人の存在なのだよな。彼女たちに罪はないのだが、基本的に彼女たちはファンタジー世界の住人なのだ。もう理屈は関係なく、何でもありの世界。大切なのは世界観そのものの魅力であり、調和である。一方、機龍の存在は(あくまで個人的な見解だが)ハードSFである。荒唐無稽に見えることをできるだけリアルな手法で描き、もっともらしく見せてくれることをこちらは期待している。
その二つを融合させようとするから、虻蜂取らずになってしまう。いや、制作サイドは虻も蜂も捕ろうとは思っておらず、そもそもその両者が違うことを認識していないのかもしれない。まあ、今作では機龍も終盤に完全にファンタジー世界の住人になってしまうし確信犯なのかも。やれやれ。
もうひとつ引っかかったのは人間ドラマの部分。前作は変に凝ることをせず、シンプルなテーマと演出が頑張っていたが、本作はこれもダメ。整備士を主人公とする設定はなかなか珍しく、出だしは悪くないかもと思ったが、いやあ、機械と心を通わせるのはメタファーとしてあってもよいけれど、リアルに実現してはいけないでしょ(上のファンタジー云々とも関係するところである)。パイロットたちとの確執もものすごく中途半端で、確執する理由もわかり合える理由も全然説得力がない。
まあ、やりたいことはいやっというほどわかるのだが、それを演出するほどの力がないということか。
ダメ出し、三つめ。1964年の『モスラ対ゴジラ』に対するオマージュが本編に満ちあふれているのはいいとして、そのバトルシーンをまるまるなぞっているのはいかがなものか。加えて、海中にゴジラもろとも、というのもメカギドラであったよなぁ。これらはリスペクトというよりも思考停止に近いのではないか。
そんな感想をもったのも管理人だけではなかったのだろう。興行成績はなんとシリーズのワースト4位という成績だった。新しいファンも古いファンも離れるという結果を招き、挙げ句に次作がシリーズ最終作となることも決定したのだから、何とも罪作りな一作ではあった。
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