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守友恒『守友恒探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
戦前探偵小説好きでもおいそれとは読めない作家、守友恒。評論などでは、戦前でも珍しい本格派という紹介がされているが、なんせ今読めるのはアンソロジーで短編が一、二作程度というありさま。それがシリーズ探偵、黄木陽平の集成という形をとり、しかも長篇『幻想殺人事件』まで収録というのだから恐れ入る。
毎度書いていることだが、もう出るだけで凄すぎるのである。これを正直、内容がどうとかケチをつけるのはあまりに申しわけない。単発ならともかく、これだけ手間隙かかる作家たちの本を作り続ける苦労、しかも商業ベースに乗せているという見事さ。いや、もしかしたら乗っていないかもしれないが(苦笑)。
そういうわけで買った時点で十分元はとれているのだが、そのうえ読んで面白かったときの幸せといったらないのである(笑)。そして本書はそういう意味で十分幸せな一冊。
収録作は以下のとおり。
■創作篇
「青い服の男」
「死線の花」
「第三の眼」
「最後の烙印」
「燻製シラノ」
「孤島奇談」
「蜘蛛」
「幻想殺人事件」
「灰色の犯罪」
「誰も知らない」
■随筆篇
「たわごと(1)」
「たわごと(2)」
「暦、新らたなれど」
「乙女は羞らう山吹の花」
「アンケート」

上でも書いたが、本書はシリーズ探偵、黄木陽平の活躍を年代順にまとめたもので、その作風は当時珍しい本格ものである。本格だからトリックや論理性に気を配ってはいるのだが、必ずしもそれが主眼ではなく、キャラクターやドラマにこそ味わいが多々感じられる。結果的に論理とドラマのバランスがちょうどよく、意外なほどに近代的というかスマートというか。本人はヴァン・ダインを意識したところも多かったようだが、バランスの良さはむしろ本家を越えているかもしれない。
黄木陽平のアクが少なく、トリックも今では物足りなさを感じるところもあるが、全体的にはアベレージも悪くない。乱歩や正史と比べるのは酷だが、大下宇陀児や甲賀三郎あたりと比較してもまったく遜色ないレベル。正直、これまで紹介が進まなかったのが不思議なほどである。
短編では「死線の花」の叙情性が魅力的でベスト。だが、やはり注目は長篇の「幻想殺人事件」であろう。物理トリックの部分はそれほど面白くもないが、やはり心理的な部分は魅せる。「幻想」が事件にどのような意味合いをもっているのか、ミステリにどっぷり嵌っているほど楽しめる作品といえようか。
戦時下にデビューした守友恒は、戦後もそれほど長く活躍したわけではなかったが、確かな足跡は残した作家である。自ら書かなくなったことで、その足跡が風化してしまったのは実に残念。こうしてあらためて復刻されたからには再評価が進んでほしいと感じた次第である。
Comments
「死線の花」は、昔から好きな話でした。
終戦直後の本格長編で紹介されていた「幻想殺人事件」は期待したような作風ではありませんでしたが、ちがう魅力がありました。「鯉沼家の悲劇」を思い出しました。
Posted at 05:48 on 09 09, 2012 by M・ケイゾー
ksbcさん
>勉強不足で存じ上げませんでした。ちょっと興味がわきましたので機会がありましたら読んでみたいものです。
当ブログは戦前探偵小説補正がかかっていますので、話半分で聞いて下さい(笑)。
ところで素晴らしいお仕事をされていますね。同じ物をつくる仕事でも、私の場合は非常に地味なジャンルですから、映像方面は憧れてしまいます。もちろんご苦労も多いのでしょうが、観る人の反応が即座にわかるというのがいいですね。機会があれば一度、拝見させてもらいます。
Posted at 00:05 on 09 04, 2012 by sugata
黒田さん
ボリュームや判型やお値段などは大作の貫禄十分です(笑)。
まあ、内容はそれほど大作というわけでもなかったですが、非常に守友恒という作家の方向性がわかって、楽しい読書でした。
>ところで「幻想殺人事件」に名前が出てくる、蔵人兄弟の父親ですが「三省」=「さんせい」と読む(俳優の塩見三省氏は「さんせい」ですが……)のでしょうか?
ううむ、私も普通にそのまま「さんせい」と読んでいましたが、人名なので何とも言えませんね。
Posted at 00:04 on 09 04, 2012 by sugata
くさのまさん
>前の記事で大作を読書中と書かれていたので、てっきりデミルかなぁと思っていましたが外れてましたね。
すいません、ご期待に沿えなくて(笑)。
デミルといえば『王者のゲーム』あたりまでは必ず読んでいたんですが、それこそ大作が多すぎて、だんだん敬遠するようになってきましたね。読めば面白いのはわかっているんですが。
Posted at 00:03 on 09 04, 2012 by sugata
勉強不足で存じ上げませんでした
勉強不足で存じ上げませんでした。ちょっと興味がわきましたので機会がありましたら読んでみたいものです。
ところで、少し先が見えてきました。間もなくメインの仕事が片付きそうです(まあ、納期があるので当たり前ですが…)。
つくばエキスポセンターのプラネタリウム秋番組の制作と演出をやっております。
ちなみに上野の科博の「元素のふしぎ」の映像の制作しております。
ついでと言ってはなんですが、宣伝です。入場者数は私のギャラには関係ないですが…(笑)。
問題あるようでしたら削除して下さい。
Posted at 20:39 on 09 03, 2012 by ksbc
大作読破、お疲れ様です。
守友恒は以前から読みたいと思っていた作家でしたが、なかなか掲載誌(のコピー)を集める気にならず、私は本書が守友初読書でした。
思ったよりも文章が読み易く、話の内容も分かり易かったので、意外と楽しめました。
シリーズ探偵物をまとめていると言う点も読み易かった理由の一つかも知れません(中絶作の宿命か、作家活動後期の一作だけ省かれていますが、それは仕方ありませんね)。
ところで「幻想殺人事件」に名前が出てくる、蔵人兄弟の父親ですが「三省」=「さんせい」と読む(俳優の塩見三省氏は「さんせい」ですが……)のでしょうか?
この叢書、ややルビが少ないのが残念です。こちらが無知なだけかも知れませんが。
Posted at 09:55 on 09 03, 2012 by 黒田
面白そうですねぇ。
このシリーズは予算難で殆ど購入していません。『幻想殺人事件』も、いずれ光文社のアンソロジーか山前さんか日下さんが、なんて思っていたのですが、やはり出るだけで凄いわけで、買い支えの為にも頑張って購入します。
前の記事で大作を読書中と書かれていたので、てっきりデミルかなぁと思っていましたが外れてましたね。
Posted at 02:22 on 09 03, 2012 by くさのま
M・ケイゾーさん
「幻想殺人事件」を待ち焦がれていた人はけっこういたと思うのですが、たぶん、そのほとんどの人が予想と違っていたんじゃないでしょうか(苦笑)。
作者はけっこう直球のつもりで書いていたようにも思うのですが、結果的にはかなりの変化球になっているところが面白いです。
※M・ケイゾーさんのコメントで気がついたのですが、私、「死線の花」を「視線の花」と誤表記してましたね(恥)。修正しておきます。
Posted at 11:47 on 09 09, 2012 by sugata