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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

梶龍雄『透明な季節』(講談社文庫)

 1957~1987年といえば、ちょっとディープなミステリファンにとっては国内本格ミステリ冬の時代としてよく知られているところ。とはいえ、別に本格ミステリが死滅していたわけではない。「本格ミステリ」の商業価値が落ちていただけの話であり、その時代に活躍していた作家は決して少なくない。
 『本格ミステリ・フラッシュバック』刊行のおかげで、そうした作家や作品が少しは知られるようになったと思うのだが、梶龍雄も正しくその一人である。近年とりわけ再評価が進んでいるようだが、本日の読了本はそんな彼の長篇第一作『透明な季節』。

 太平洋戦争末期の東京。旧制中学に通う高志少年たちは、新しく学校に配属将校としてやってきた諸田少尉に悩まされていた。その体躯からポケゴリとあだ名をつけられた諸田だが、その立場と鉄拳による徹底した恐怖政治で、学校中を統率していく。
 だが、そんな諸田が神社の境内で死体となって発見される。死因は銃殺。状況から容疑者は学校関係者限られてはいたが、諸田が誰からも憎まれていたことや戦時という時節柄、捜査は予想以上に難航する。
 一方、たまたま殺害時刻に神社近くを歩いていたため、刑事から事情聴取を受けた高志。彼は事件を通して知り合った、諸田の妻・薫に惹かれ、捜査の進展を彼女に報告するようになるが……。

 透明な季節

 本作が梶龍雄の長篇第一作ということは上でも書いたが、実は作家デビューはそこから二十年以上も前にさかのぼる1952年。当時はまだ勤め人であり雑誌に短篇を発表する程度だったが、ついには会社を辞めて作家一本の生活へ。ただ、その後も児童小説や翻訳といったところが中心であり、1977年にこの『透明な季節』が第23回江戸川乱歩賞を受賞したことで、ようやくその名を広く知られるようになった。いわば大器晩成型といったところだろう。

 とまあ、このようなことを書いたのも、本作が実に達者な小説だったからである。
 乱歩賞はどうしても新人登竜門のようなイメージだから、本作も若書きのような先入観をもって読み始めたのだが、いやいやどうして。これはもう熟練の技ではないですか。
 読みどころは何といっても主人公、高志が体験する「透明な季節」である。旧制中学の学生たちの日常、しかも戦時における日常が、非常に瑞々しく描かれているのがまず素晴らしい。ややステレオタイプにおさまりがちな登場人物もいないではないが、戦争を知らない世代の想像をひとつ越えた描写も多く、非常にリアルさを感じさせる。それもそのはず、梶龍雄は正に高志と同じ年の頃に、この時代を生きていたのである。高志が著者の分身といえるかどうかは不明だが、著者の体験が高志たちの言動に活かされていることは間違いないだろう。
 価値観が画一化された時代にあっても、多感な若者たちはなお心のなかでそれぞれの人生の意味を求め、それぞれの青春を謳歌している。特にストーリーをひっぱる高志と年上の女性の淡い恋模様は鮮やかだ。
 そして、それら日常の中で徐々に大きくなってくる戦争の影。青春小説的な味わいのなかで、物資の不足や知人の死、破壊される街の描写が重ねられ、すべてがカタストロフィに向かって進んでいる。そういった時代がつまりは「透明な季節」なのである。

 惜しむらくは、それらの要素に比して、ミステリとしてはやや弱いところ。殺人事件は起こるし、捜査や推理といった要素もある。真相の意外性もそれなりにある。しかしながら青春小説や歴史小説といったムードが強すぎるせいか、読んでいる間はなかなかミステリとして意識しにくいのが弱点。
 とはいえ事件の真相や動機、殺害方法に至るまで、すべては戦争という状況が密接に関係しており、著者の狙いは十分に成功しているといえるだろう。絶版ではあるが古書店では比較的よく目にするし、お値段の相場も手頃。安く見かけたらぜひお試しを。

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Comments
 
大坂さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
アオセビが最初何のことかわからなかったので、私も思わずネットで検索をかけてみました。そう、教師のあだ名でしたね。すっかり忘れていました(苦笑)。

>インタネットの凄さを痛感します。

まったく同感です。
とりあえず拙ブログもお役に立てたようで何よりでした。
 
初めまして
20年前に2時間ドラマ再放送をたまたま見て、配属将校の話ていう父親の体験談もありずっと漠然と記憶に残ってました。唯一覚えてる具体性、アオセビてキーワードで検索したら、解りました。こんな話だったんですね。 インタネットの凄さを痛感します。
 
くさのまさん

おお、またもオススメ情報が! ありがとうございます!
『幻の蝶殺人事件』ですね、これもメモメモφ(.. ) 

ネットで調べた程度ですが、佳作以上ぐらいでもけっこうな数のタイトルを皆さん挙げられていて驚きです。それだけアベレージが高い作家さんなんですね。Amazonではどれもすごい値付けがされているんで、まずはどうやって入手するかですが……。
 私も梶先生のファンです。
 『透明な季節』は仰る通りミステリの要素は若干薄めですが、それでもカーが一時期好んで用いた"完全に脇役かと思っていたら~"を効果的に使った佳作だと思います。
 『清里高原~』、評価高いですねぇ。私も見事に騙されたクチですが、もっとケレンとボリュームがあってもって感じます(新本格以降の作家がこれ思い浮かんだらそうなりそうな)。
 個人的に『幻の蝶殺人事件』をお薦めしておきます。
 
ポール・ブリッツさん

拝見しました、むちゃくちゃノってますね(笑)。これは読むのが楽しみです。
ただ、先ほどAmazonで『清里高原殺人別荘』を調べてみましたが、まさかの一万円オーバーでした。いくらなんでもこれは……。
 
「清里高原殺人別荘」についての私的感想。

http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-entry-947.html

http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-entry-948.html#end

妙に気合いが入っているのがおかしい(^^;)
 
ポール・ブリッツさん

梶龍雄おすすめ情報、ありがとうございます。
『竜神池の小さな死体』や『灰色の季節』あたりは入手せねばと思っていたのですが、なるほど『清里高原殺人別荘』もおすすめですか。ぜひ読んでみたいと思います。
タイトルがちょっとアレなのは(笑)、おそらく当時のトラベルミステリの影響ですよね。こういうタイトルのせいで埋もれていった作品はけっこう多いのかもしれません。
 
あまり読んだわけではありませんが、個人的なマイベストは、

1「清里高原殺人別荘(ビラ)」 途中まではものすごくつまらない。しかし、途中で思わずがばっと跳ね起きる小説。これ以上は説明できない。説明したらすべてぶちこわしの小説。大技という点においての最高傑作。

2「竜神池の小さな死体」読んだ中での梶先生の作品の中では、もっとも手堅くまとまった作品。最高傑作と評判高い「ぼくの好色天使たち」よりも面白かった。総合的にはこれがバランス的にはベストだと思う。

3「灰色の季節」キャラクターの魅力という点ではこれがいちばん面白いと思う。これがハードカバーでしか読めないというのは日本ミステリ文壇にとっての損失。文庫化とか新書化とかしてほしいところだが……。

創元でも国書刊行会でもいいから再刊してほしいものであります。せめて傑作集だけでも。
 
kennさん

作品数は多いですよね。改題が多いので買うときは要注意です(苦笑)。
私もほとんど読んでいないので、楽しみがひとつ増えた感じです。
 
梶龍雄という名前に見覚えがあったので、
Wikipediaでチェックしてみました。
『草軽電鉄殺人事件』を読んでました。
タイトルだけでも覚えているというのは、
おもしろく読んだからだと思います。
それにしても、かなり作品があるんですね。
機会があれば読んでみたいです。
 
M・ケイゾーさん

おおお、梶龍雄さんとお知り合いだったのですか。それはなんとも羨ましい。セイヤーズがお好きだったというのは何となく分かるような気がしますね。

『海を見ないで陸を見よう』は青春三部作で同じ主人公が登場するやつですね。次に読もうかと思っているのですが、氏のベストに挙げられることが多いので今から楽しみです。
 
 「海を見ないで陸を見よう」も同じような印象ですが、バランスとしては、このぐらいが良いように思います。

 近所にお住まいでしたので、何度か伺ったことがあります。セイヤーズが好きで訳したいとのことが、思い出されます。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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