- Date: Sat 17 11 2012
- Category: 国内作家 大下宇陀児
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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大下宇陀児『大下宇陀児探偵小説選 I 』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書から『大下宇陀児探偵小説選 I 』を読む。戦前探偵作家としては乱歩、甲賀三郎と並ぶビッグ3の一人、しかも今では読めない作品がごろごろしているというのに、論創ミステリにはなかなか収録されなかったので、今回の刊行は実に嬉しいかぎりである。
収録作は以下のとおり。「蛭川博士」が長篇で、犯人当て懸賞小説として発表された短編が三作、さらには随筆が二本という構成でなかなかの豪華版。いつもながら論創ミステリ叢書の本作りはナイスである。
■創作篇
「蛭川博士」
「風船殺人」
「蛇寺殺人」
「昆虫男爵」
■随筆篇
「「蛭川博士」について」
「商売打明け話」

ところで大下宇陀児の作風だが、ロジックやトリックを中心とした本格謎解き物はほとんど書かれていない。興味はあくまで犯罪者の心理や動機といったところにあったのだが、ただ、その表現の仕方については割と大きく変化している。
具体的には、初期、つまり戦前に書かれたものは主にエンタメ路線であり、通俗的なスリラータイプ。それが戦後には社会問題を絡めたリアル路線へと移行していると。まあ、必ずしもそれがすべてに当てはまるわけではないが、ざくっとした認識としては、こんな感じでOKだろう。
で、本書に採られているものは、その初期の通俗スリラータイプの作品である。特に「蛭川博士」は正にこの時代を代表する一作。
ともすると評価されがちなのは後期の作品が多い大下宇陀児だが、実は探偵小説の香りが色濃く感じられるのはこの初期タイプ。おそらくはトンデモ系の確率も高く、それなりにリスクも伴うけれど(いや、実はこれが楽しいのだが)、個人的にはこちらのタイプをこそオススメしたい。
我ながら前置きが長すぎる。以下、収録作の感想。
『蛭川博士』は不良グループの青年を主人公にしたサスペンスもの。海水浴場での女性殺害事件に端を発し、捜査線上に浮かんだ「蛭川博士」という謎の人物にスポットをあてつつ、平行して主人公とヒロインの恋愛模様もつづるという盛り沢山の内容。
メイントリックは今となっては予想されやすいものではあるが、当時としてはまずまず斬新(ただし乱歩に先例があったはず)、展開もスピーディーで悪くない。
ただ、前半においては視点がかなり変わることもあって、とっかかりが掴めないまま読み進めるような不安定さが気になった。なんせ途中までは誰が主人公なのかも判断できないのである。
とはいえ思った以上に破綻もないし、犯人の心理や動機に関してもなかなか興味深いものなので、まずまず読める作品にはなっている。実はもっとはっちゃけたものを期待していただけに、その点では少し物足りなさは残るけれど(苦笑)。
そういった物足りなさを吹き飛ばすのが短編「風船殺人」。風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害されるという一席。もうこの設定だけでお腹いっぱいである。
しかしながら犯人当て懸賞小説として発表されたわりには、全然フェアでないのがご愛敬。殺害方法もひどいし、「読者への挑戦」が全体の半分あたりで挿入されるため(雑誌連載時に前後半で分載されたためだと思われる)、そもそも読者への情報が不足しすぎである。まあ、それほど真剣な犯人当てではなく、あくまで話題作りなのであろう。
とりあえず「風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害される」という、このイメージだけで引っ張るような話である。いや、嫌いじゃないんですが(笑)。
「蛇寺殺人」と「昆虫男爵」は、大下宇陀児には珍しいシリーズ探偵、杉浦良平が活躍する。その人物描写を読むかぎりでは、あまり魅力的な探偵とはいえないが、話の種としてその存在は知っておいて損はない。まあ得もないけれど。
中身の方だが、こちらも犯人当てという点では突っ込む方が野暮というレベル。ただし、味付けにおいては、「風船殺人」に勝るとも劣らない。
特に「昆虫男爵」はストーリーがすごい。胎生昆虫という人間そっくりの姿をした昆虫を探す昆虫男爵が登場し、その男爵の妄想を治療すべく、蝉の鳴き声が上手い女芸人を呼び寄せたところ、その女芸人が殺害され……というお話し。呆れてはいけない。これが宇陀児クオリティ(笑)。
興味はあくまで人間にあり、トリック等ではないというようなことを表明していた大下宇陀児。だがこれら初期の作品には、大下ならではの本格へのアプローチを感じることができる。それがときとして類い希な発想を生むこともあるから面白い。
万人にオススメすることは難しいが、これも立派なミステリの楽しみの一つではあるだろう。
収録作は以下のとおり。「蛭川博士」が長篇で、犯人当て懸賞小説として発表された短編が三作、さらには随筆が二本という構成でなかなかの豪華版。いつもながら論創ミステリ叢書の本作りはナイスである。
■創作篇
「蛭川博士」
「風船殺人」
「蛇寺殺人」
「昆虫男爵」
■随筆篇
「「蛭川博士」について」
「商売打明け話」

ところで大下宇陀児の作風だが、ロジックやトリックを中心とした本格謎解き物はほとんど書かれていない。興味はあくまで犯罪者の心理や動機といったところにあったのだが、ただ、その表現の仕方については割と大きく変化している。
具体的には、初期、つまり戦前に書かれたものは主にエンタメ路線であり、通俗的なスリラータイプ。それが戦後には社会問題を絡めたリアル路線へと移行していると。まあ、必ずしもそれがすべてに当てはまるわけではないが、ざくっとした認識としては、こんな感じでOKだろう。
で、本書に採られているものは、その初期の通俗スリラータイプの作品である。特に「蛭川博士」は正にこの時代を代表する一作。
ともすると評価されがちなのは後期の作品が多い大下宇陀児だが、実は探偵小説の香りが色濃く感じられるのはこの初期タイプ。おそらくはトンデモ系の確率も高く、それなりにリスクも伴うけれど(いや、実はこれが楽しいのだが)、個人的にはこちらのタイプをこそオススメしたい。
我ながら前置きが長すぎる。以下、収録作の感想。
『蛭川博士』は不良グループの青年を主人公にしたサスペンスもの。海水浴場での女性殺害事件に端を発し、捜査線上に浮かんだ「蛭川博士」という謎の人物にスポットをあてつつ、平行して主人公とヒロインの恋愛模様もつづるという盛り沢山の内容。
メイントリックは今となっては予想されやすいものではあるが、当時としてはまずまず斬新(ただし乱歩に先例があったはず)、展開もスピーディーで悪くない。
ただ、前半においては視点がかなり変わることもあって、とっかかりが掴めないまま読み進めるような不安定さが気になった。なんせ途中までは誰が主人公なのかも判断できないのである。
とはいえ思った以上に破綻もないし、犯人の心理や動機に関してもなかなか興味深いものなので、まずまず読める作品にはなっている。実はもっとはっちゃけたものを期待していただけに、その点では少し物足りなさは残るけれど(苦笑)。
そういった物足りなさを吹き飛ばすのが短編「風船殺人」。風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害されるという一席。もうこの設定だけでお腹いっぱいである。
しかしながら犯人当て懸賞小説として発表されたわりには、全然フェアでないのがご愛敬。殺害方法もひどいし、「読者への挑戦」が全体の半分あたりで挿入されるため(雑誌連載時に前後半で分載されたためだと思われる)、そもそも読者への情報が不足しすぎである。まあ、それほど真剣な犯人当てではなく、あくまで話題作りなのであろう。
とりあえず「風船マニアの有閑未亡人が風船だらけの部屋で半裸の状態で殺害される」という、このイメージだけで引っ張るような話である。いや、嫌いじゃないんですが(笑)。
「蛇寺殺人」と「昆虫男爵」は、大下宇陀児には珍しいシリーズ探偵、杉浦良平が活躍する。その人物描写を読むかぎりでは、あまり魅力的な探偵とはいえないが、話の種としてその存在は知っておいて損はない。まあ得もないけれど。
中身の方だが、こちらも犯人当てという点では突っ込む方が野暮というレベル。ただし、味付けにおいては、「風船殺人」に勝るとも劣らない。
特に「昆虫男爵」はストーリーがすごい。胎生昆虫という人間そっくりの姿をした昆虫を探す昆虫男爵が登場し、その男爵の妄想を治療すべく、蝉の鳴き声が上手い女芸人を呼び寄せたところ、その女芸人が殺害され……というお話し。呆れてはいけない。これが宇陀児クオリティ(笑)。
興味はあくまで人間にあり、トリック等ではないというようなことを表明していた大下宇陀児。だがこれら初期の作品には、大下ならではの本格へのアプローチを感じることができる。それがときとして類い希な発想を生むこともあるから面白い。
万人にオススメすることは難しいが、これも立派なミステリの楽しみの一つではあるだろう。
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あ、『烙印』は未読だったんですね。ではぜひともお試し下さい。これは楽しめますよ。