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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


エリス・パーカー・バトラー『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』(国書刊行会)

 いろいろとあって休日も割と忙しく、ほとんど何もせぬままに週末が終わる。それでも合間を縫って、近所の古本屋だけはいくつか見てまわる。目的は先日読んで気に入った梶龍雄である。ネットショップではそこそこあるのだが値段があまりにバカらしいことになっているし、まあ、古本屋の場合は探す楽しみというか、買うという行為自体が娯楽になるので、息抜きにはちょうどよい。
 しかし、梶龍雄、ほとんどありません。多作家だしそこまで古い本でもないのに、ほんと見つからない。これは探している人が多いこともあるのだろうが、そもそも同時代の作家は一部のベストセラー作家をのぞくとまったく見かけなくなっているんだよなぁ。まあ、これぐらいの方が逆にやる気も出るのだが(何だ、それ)、梶龍雄探求ロードの道のりはなかなか険しそうだ。


 読了本はエリス・パーカー・バトラーの『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』。バトラーは二十世紀初頭に活躍したアメリカのユーモア作家で、本書は通信教育で探偵学を学んだファイロ・ガッブを主人公にした連作短編集。1918年の作品である。まずは収録作。

The Hard-Boiled Egg「ゆでたまご」
The Pet「ペット」
The Eagle's Claw「鷲の爪」
The Oubliette「秘密の地下牢」
The Un-Burglars「にせ泥棒」
The Two-Cent Stamp「二セント切手」
The Chicken「にわとり」
The Dragon's Eye「ドラゴンの目」
The Progressive Murder「じわりじわりの殺人」
The Missing Mr. Master「マスター氏の失踪」
Waffles and Mustard「ワッフルズとマスタード」
The Anonymous Wiggle「名なしのニョロニョロ」
The Half of a Thousand「千の半分」
Dietz's 7462 Bessie John「ディーツ社製、品番七四六二〈ベッシー・ジョン〉」
Henry「ヘンリー」
Buried Bones「埋められた骨」
PhiloGubb's Greast Case「ファイロ・ガッブ最大の事件」
The Needle, Watson!「針をくれ、ワトソン君!」

 通信教育探偵ファイロ・ガップ

 基本は当時、流行していたホームズなどの名探偵ものを下敷きにしたパロディである。ファイロ・ガッブ君は本職が壁紙貼り職人。しかし通信教育の探偵養成講座を受講し、探偵としても(「も」というのは壁紙貼り兼業だからである)開業するのである。
 もちろん、通信教育だけで探偵業が上手くいくはずもなく、ガッブ君の推理が明後日の方を向いているうちに、事件の方からガップ君に歩み寄ってくれて、なぜか解決するというパターン。ベタではあるが、物語としてはきちんとまとまっており、思っていたよりは全然楽しめる。後のシュロック・ホームズなどと通じるところもあり、時代ゆえの古さはあるが、胆は押さえているといったところか。

 ただ、ひとつ気に入らない点がある。ガッブ君はいってみれば、人はいいがお間抜けな青年。仕事で報酬を稼いでも、それを詐欺師に巻き上げられるといったパターンがほぼ毎回のようにあって、これがなんとも辛いのである。娯楽小説なのに、何の責もない正直者が馬鹿を見たままで終わるというのはあまりに悲しいではないか。
 時代を考えるとあまり気にするところではないのかもしれない。しかし社会的弱者を笑うようなイメージが、ついつい最近の日本の風潮と照らし合わせてしまい、どうしても心から笑えない。
 解説によると、このくだりは単行本化したときに連作の体をとるために加筆したということだが、ううむ、逆効果ではなかったか。
 ミステリパロディとしては悪くないだけに、この後味の悪さが何とももったいない。


Comments

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ひらやまさん

うーん、申し訳ないです。
差別や身分というのは、古い小説では致し方ない部分があると思うのですが、ああも毎回のようにアガリをくすねられてしまい、しかも、それについてはまったく救いがない点が、どうにも生理的に受け付けにくいです。それを主題として考えさせる小説でもないですし。
でも本筋の物語については楽しめましたよ。

Posted at 23:34 on 11 19, 2012  by sugata

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訳者です。ご批評ありがとうございます。
読後感が悪いですか…。うーん、時代的にというのはあるかもしれませんね。夏目漱石の「ぼっちゃん」だって、結局ぼっちゃんは負けて東京に帰るわけですし。ちょうど同じ頃でしょうか。

Posted at 10:03 on 11 19, 2012  by ひらやま

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ポール・ブリッツさん

古本マーフィーの法則ですね。気にしていないときはありますが、探し始めると、途端になくなってしまうという(笑)。
ちなみに現在、所有しているのは10冊弱というところですが、おすすめされているものはまだ未入手です。とりあえず『海を見ないで〜』だけでも入手できてよかったです。

ガップ君、確かに身につまされますね。

Posted at 23:04 on 11 18, 2012  by sugata

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どなたでしたっけ、いつぞや「梶龍雄にはまっていますが、本が手に入らなくて困っています」とコメントしたら、「こちらの古本屋にはいくらでもありますがねえ」とレスしてくれたかた(^_^;) 粘着質なのかなわたし(^_^;)

地元の古本屋を散策していても、これまでに手に入れたのは「透明な季節」と「連続殺人枯木灘」の二冊だけです。あとは図書館。再評価されてもまったくおかしくない作家だと思うんですけどねえ。あと三年、新本格ブームが訪れて三年、生きていてくれたらどれだけ国産本格ミステリのためになったことか、考えるだに惜しいです。

ファイロ・ガップくんは、笑うよりも読んでいるうちに身につまされて、読了できないままいます……。

Posted at 22:50 on 11 18, 2012  by ポール・ブリッツ

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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