- Date: Fri 23 11 2012
- Category: 国内作家 梶龍雄
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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梶龍雄『海を見ないで陸を見よう』(講談社)
梶龍雄の『海を見ないで陸を見よう』を読む。
著者の長篇第一作『透明な季節』の主人公、高志が、その数年後に遭遇した事件を綴る一作。ただし、シリーズや続篇というイメージではない。主人公の性格設定や激変する時代の流れを考えると、一応は順番に読んだ方が理解はしやすいだろうが、ストーリー自体に関連はないし、『透明な季節』の事件にも一切触れられていないので、どちらから読んでも特に問題はないだろう。
こんな話。
『透明な季節』の物語から数年後。戦争は終わったが、街には進駐軍がなだれ込み、人々は物資や食料の不足に悩んでいる時代。旧制中学に通っていた芦川高志も今では十九才、大学予科三年生となっていたが、生活のためにアルバイトは欠かせない日々であった。
そんな高志を遊びに来ないかと誘ってくれたのが、愛知県は知多半島に住む伯父の一家。東京に比べてはるかに潤沢な食料事情につられてやってきた高志は、そこで小さい頃に遊んだことのある戸張姉妹に再会する。やがて高志は妹の津枝子と親しくなったが、ある日、彼女は岬で溺死体となって発見される。
今更ながらに津枝子に特別な感情を抱いていたことに気づく高志。だが、悲しみに暮れる高志の前に一人の刑事が現れた……。

おお、これもいいぞ。路線としては『透明な季節』同様、青春小説としての味わいを前面に出した、叙情豊かなミステリ。青春小説的な部分とミステリ的な部分が、前作よりさらにきれいに癒合しているといった印象だ。
『透明な季節』もいい作品だったが、ミステリとしての弱さがやや目立った。それは意外な犯人や驚きのトリックに欠けるとかいう問題ではなく、そもそもミステリ的なアプローチに乏しかったことが大きな要因。本作でも大きなトリックなどはないのだけれど、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットそれぞれの謎が盛り込まれており、事件そのものに興味が収斂している点がいい。
とはいえ、やはり描写の多くは、高志の回想や心情など、青春小説寄りに割かれている。本作が素晴らしいのは、そういった部分が実はミステリを構成する大きな仕組みにもなっていることなのだ。叙述トリックなどとは違うのだけれど、伏線が鮮やかなまでに散りばめられており、それが犯行の動機などともリンクするに及んで、もう圧倒的。
ともすると『透明な季節』では、著者はメッセージを伝えるための手段として、ミステリというツールを使ったのではないかという疑問もないではなかった。それが本作では、青春小説的なお膳立てがあるからこそミステリとしても映えるという、相乗効果を生んでいる。
最終章で明らかになるタイトルの意味、切ないが希望に満ちた幕切れもよく、これは満足の一冊。絶版ではあるが、幸い古書価もそれほどではないので、古書店で見かけたらぜひ。トマス・H・クックの記憶シリーズあたりが好きな人だったらなおよし。
著者の長篇第一作『透明な季節』の主人公、高志が、その数年後に遭遇した事件を綴る一作。ただし、シリーズや続篇というイメージではない。主人公の性格設定や激変する時代の流れを考えると、一応は順番に読んだ方が理解はしやすいだろうが、ストーリー自体に関連はないし、『透明な季節』の事件にも一切触れられていないので、どちらから読んでも特に問題はないだろう。
こんな話。
『透明な季節』の物語から数年後。戦争は終わったが、街には進駐軍がなだれ込み、人々は物資や食料の不足に悩んでいる時代。旧制中学に通っていた芦川高志も今では十九才、大学予科三年生となっていたが、生活のためにアルバイトは欠かせない日々であった。
そんな高志を遊びに来ないかと誘ってくれたのが、愛知県は知多半島に住む伯父の一家。東京に比べてはるかに潤沢な食料事情につられてやってきた高志は、そこで小さい頃に遊んだことのある戸張姉妹に再会する。やがて高志は妹の津枝子と親しくなったが、ある日、彼女は岬で溺死体となって発見される。
今更ながらに津枝子に特別な感情を抱いていたことに気づく高志。だが、悲しみに暮れる高志の前に一人の刑事が現れた……。

おお、これもいいぞ。路線としては『透明な季節』同様、青春小説としての味わいを前面に出した、叙情豊かなミステリ。青春小説的な部分とミステリ的な部分が、前作よりさらにきれいに癒合しているといった印象だ。
『透明な季節』もいい作品だったが、ミステリとしての弱さがやや目立った。それは意外な犯人や驚きのトリックに欠けるとかいう問題ではなく、そもそもミステリ的なアプローチに乏しかったことが大きな要因。本作でも大きなトリックなどはないのだけれど、フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットそれぞれの謎が盛り込まれており、事件そのものに興味が収斂している点がいい。
とはいえ、やはり描写の多くは、高志の回想や心情など、青春小説寄りに割かれている。本作が素晴らしいのは、そういった部分が実はミステリを構成する大きな仕組みにもなっていることなのだ。叙述トリックなどとは違うのだけれど、伏線が鮮やかなまでに散りばめられており、それが犯行の動機などともリンクするに及んで、もう圧倒的。
ともすると『透明な季節』では、著者はメッセージを伝えるための手段として、ミステリというツールを使ったのではないかという疑問もないではなかった。それが本作では、青春小説的なお膳立てがあるからこそミステリとしても映えるという、相乗効果を生んでいる。
最終章で明らかになるタイトルの意味、切ないが希望に満ちた幕切れもよく、これは満足の一冊。絶版ではあるが、幸い古書価もそれほどではないので、古書店で見かけたらぜひ。トマス・H・クックの記憶シリーズあたりが好きな人だったらなおよし。
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『海を見ないで陸を見よう』というタイトルは、最初いい印章ではありませんでした。すわりも悪いし、なんだか幼稚な感じがして(苦笑)。それが最終章で、ああ、そういうことだったのかと。
結局、内容がいいとタイトルもよく見えてきますね。すわりが悪いのも、逆に魅力的に感じられるから不思議です。