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D・M・ディヴァイン『跡形なく沈む』(創元推理文庫)
近年、日本での紹介が一気に進んだイギリスの本格ミステリ作家ディヴァインから一冊。実質的な遺作である『跡形なく沈む』。
父を知らずに育ったルース・ケラウェイ。彼女は母の死後、スコットランドの小都市シルブリッジに移り住み、父を探し始める。一方、役所に勤めるケン・ローレンスは同棲相手との荒んだ生活に疲れ果て、かつての恋人ジュディに異動を勧められながらも煮え切らない態度をとっていた。
やがて同じ職場の同僚となるケンとルース。その美貌に似つかない狷介な性格に興味をもったケンだが、彼女が父親を探しつつ別の目的を持っていることを知る。彼女の行動は町中の人々の不安を煽り、そして最初の事件が起きた……。

複数の人物の視点で物語を構成していくのは、もはやディヴァインお馴染みの手法である。本作でもケン、ジュディ、そして事件を捜査する刑事ハリーらを中心としてストーリーが展開する。彼らは決して勧善懲悪の物語の主役を張れるような善人ではなく、欠点や秘密も数多く持つ。むしろ人間とはそういうものだというのがディヴァインの見方だ。
ディヴァインはその秘密を白日のもとにさらけ出し、その結果発生するトラブルの断片を少しずつ積み重ね、魅力的な物語に(あるいはカタストロフィに)仕上げていく。これがいつも見事なのだ。
当然ながら、それを成し遂げるには著者の圧倒的な描写力が不可欠。話のスケールは毎度小さいのに(苦笑)、読みながらいつも興奮してしまうのは、この描写力があるからだろう。
また、ディヴァイン作品でもうひとつ巧いなと感じるのは、ある人物の印象で他の人物の描写をしておきながら、いざ登場させるとその印象がまったく異なっている場合があること。これは読者を騙しているとかではなく、人のもつ面がひとつではなく、常に主観によっても変わることを表している。そういった主観の集成から真実を炙り出すのもまたディヴァインの手法であり、巧いところなのだ。
本作でいうとハリーの恋人、アリスのキャラクターの出し方が見事で、彼女が登場する辺りからけっこうムードが変わってくる。裏の主人公といってもよい存在で、叶わないことと思いつつ、彼女とハリーの物語をもう一作読んでみたいと思ったほどだ。
唯一、登場人物で納得がいかなかったのはルース。父親に対する恨み、母親への憎みは理解できぬこともないが、その発露がなぜにああいう形になるのか正直、理解しがたい。彼女の人となりをもう少し何らかの形で説明してくれればよかったのだが、どうにもそこはサラッと流されているようで残念であった。
本格ミステリとしては安定しているけれど、衝撃は少なく、過去の傑作に比べるとやや弱いか。とはいえ相変わらずのドロドロ感で満足感は高く、ディヴァインのファンならもちろん買いの一冊である。おすすめ。
父を知らずに育ったルース・ケラウェイ。彼女は母の死後、スコットランドの小都市シルブリッジに移り住み、父を探し始める。一方、役所に勤めるケン・ローレンスは同棲相手との荒んだ生活に疲れ果て、かつての恋人ジュディに異動を勧められながらも煮え切らない態度をとっていた。
やがて同じ職場の同僚となるケンとルース。その美貌に似つかない狷介な性格に興味をもったケンだが、彼女が父親を探しつつ別の目的を持っていることを知る。彼女の行動は町中の人々の不安を煽り、そして最初の事件が起きた……。

複数の人物の視点で物語を構成していくのは、もはやディヴァインお馴染みの手法である。本作でもケン、ジュディ、そして事件を捜査する刑事ハリーらを中心としてストーリーが展開する。彼らは決して勧善懲悪の物語の主役を張れるような善人ではなく、欠点や秘密も数多く持つ。むしろ人間とはそういうものだというのがディヴァインの見方だ。
ディヴァインはその秘密を白日のもとにさらけ出し、その結果発生するトラブルの断片を少しずつ積み重ね、魅力的な物語に(あるいはカタストロフィに)仕上げていく。これがいつも見事なのだ。
当然ながら、それを成し遂げるには著者の圧倒的な描写力が不可欠。話のスケールは毎度小さいのに(苦笑)、読みながらいつも興奮してしまうのは、この描写力があるからだろう。
また、ディヴァイン作品でもうひとつ巧いなと感じるのは、ある人物の印象で他の人物の描写をしておきながら、いざ登場させるとその印象がまったく異なっている場合があること。これは読者を騙しているとかではなく、人のもつ面がひとつではなく、常に主観によっても変わることを表している。そういった主観の集成から真実を炙り出すのもまたディヴァインの手法であり、巧いところなのだ。
本作でいうとハリーの恋人、アリスのキャラクターの出し方が見事で、彼女が登場する辺りからけっこうムードが変わってくる。裏の主人公といってもよい存在で、叶わないことと思いつつ、彼女とハリーの物語をもう一作読んでみたいと思ったほどだ。
唯一、登場人物で納得がいかなかったのはルース。父親に対する恨み、母親への憎みは理解できぬこともないが、その発露がなぜにああいう形になるのか正直、理解しがたい。彼女の人となりをもう少し何らかの形で説明してくれればよかったのだが、どうにもそこはサラッと流されているようで残念であった。
本格ミステリとしては安定しているけれど、衝撃は少なく、過去の傑作に比べるとやや弱いか。とはいえ相変わらずのドロドロ感で満足感は高く、ディヴァインのファンならもちろん買いの一冊である。おすすめ。
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