- Date: Sat 10 08 2013
- Category: 海外作家 ディキンスン(ピーター)
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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ピーター・ディキンスン『生ける屍』(ちくま文庫)
いや、今日は暑かった。甲府では四十度を超えたとかで、いったいどんな暑さなんだこれは。東京でも三十七度オーバーだったが、仕事の絡みもあり、覚悟を決めてコミケをのぞきにいく。当然ながら壮絶な人出と熱気で、あちらこちらで倒れる人続出。そりゃそうだわな。こちらも噴き出す汗で頭から水をかぶったような状態になり、早々に退散。
読了本はピーター・ディキンスンの『生ける屍』。
効き目揃いのサンリオ文庫にあってトップクラスの効き目といわれた本書。古書価格数万という状態が続いていたが、つい二ヶ月ほど前にちくま文庫で復刊され、ようやく手にとることができた。長年の憑きものがひとつ落ちた感じで、実はそれだけで満足なのだが(苦笑)、やはり一応は読んでみなければ。
カリブ海の島に派遣された薬品会社の実験薬理学者フォックス。そこはいまだに魔術を信じる島民が住み、独裁者が秘密警察を使って支配する地であった。しぶしぶ研究に従事するフォックスだったが、とある陰謀に巻き込まれ、殺人の容疑をかけられてしまう。そしてそこへ現れた警察により、反体制側の囚人への人体実験を強制される……。

表面的には小国のクーデターに巻き込まれた主人公の冒険スパイスリラー。
だが、もちろんピーター・ディキンスンが手掛けるからにはそんな単純なジャンルで収まるわけがない。そのテイストは以前に読んだ『眠りと死は兄弟』や『盃のなかのトカゲ』に近く、エキゾチックかつ特異な世界観と独特のぼやかした描写によって、非常にシュールな空気を漂わせている。
このディキンスンならではの空気感がまず読みどころなのだが、逆にいうと、これに乗れなければディキンスンは楽しめない。管理人も以前は?なときもあったのだが、久々にこのディキンスンワールドに触れるとこれが実に心地よい。
読みどころをもうひとつ、というか、むしろこっちがメインテーマなのだが、何といっても題名にある「生ける屍」の存在である。これは主人公の姿そのものを指しているわけだが、これがまた巧いのである。
本作で描かれるファシズムの有り様と、それに踊らされる民衆の間で、主人公の自我の曖昧さは異様に際だっている。英国の冒険スパイスリラーの主人公とは思えないその第三者的な意識。クールや醒めた目というのとは違う。むしろ無関心といってよいぐらいの、世界との関わりの薄さが実に「生ける屍」=「ゾンビ」的なのである。
自分の道を模索している、つまり成長の物語という見方もできるが、やはりここは世界とのつながりにおいて未熟な人間というものの存在を危惧していると理解したい。おそらく著者は専門馬鹿的な技術者や役人を意識して書いているのだろう。だがその姿は、奇しくも本書が復刻された今の日本人の姿にこそより近いのではないだろうか。
なお、サンリオ文庫のディキンスン本はこれで『キングとジョーカー』、『生ける屍』が復刻されたことになる。残るは『緑色遺伝子』のみなので、これもどこかで復刊してくれれば幸い。
読了本はピーター・ディキンスンの『生ける屍』。
効き目揃いのサンリオ文庫にあってトップクラスの効き目といわれた本書。古書価格数万という状態が続いていたが、つい二ヶ月ほど前にちくま文庫で復刊され、ようやく手にとることができた。長年の憑きものがひとつ落ちた感じで、実はそれだけで満足なのだが(苦笑)、やはり一応は読んでみなければ。
カリブ海の島に派遣された薬品会社の実験薬理学者フォックス。そこはいまだに魔術を信じる島民が住み、独裁者が秘密警察を使って支配する地であった。しぶしぶ研究に従事するフォックスだったが、とある陰謀に巻き込まれ、殺人の容疑をかけられてしまう。そしてそこへ現れた警察により、反体制側の囚人への人体実験を強制される……。

表面的には小国のクーデターに巻き込まれた主人公の冒険スパイスリラー。
だが、もちろんピーター・ディキンスンが手掛けるからにはそんな単純なジャンルで収まるわけがない。そのテイストは以前に読んだ『眠りと死は兄弟』や『盃のなかのトカゲ』に近く、エキゾチックかつ特異な世界観と独特のぼやかした描写によって、非常にシュールな空気を漂わせている。
このディキンスンならではの空気感がまず読みどころなのだが、逆にいうと、これに乗れなければディキンスンは楽しめない。管理人も以前は?なときもあったのだが、久々にこのディキンスンワールドに触れるとこれが実に心地よい。
読みどころをもうひとつ、というか、むしろこっちがメインテーマなのだが、何といっても題名にある「生ける屍」の存在である。これは主人公の姿そのものを指しているわけだが、これがまた巧いのである。
本作で描かれるファシズムの有り様と、それに踊らされる民衆の間で、主人公の自我の曖昧さは異様に際だっている。英国の冒険スパイスリラーの主人公とは思えないその第三者的な意識。クールや醒めた目というのとは違う。むしろ無関心といってよいぐらいの、世界との関わりの薄さが実に「生ける屍」=「ゾンビ」的なのである。
自分の道を模索している、つまり成長の物語という見方もできるが、やはりここは世界とのつながりにおいて未熟な人間というものの存在を危惧していると理解したい。おそらく著者は専門馬鹿的な技術者や役人を意識して書いているのだろう。だがその姿は、奇しくも本書が復刻された今の日本人の姿にこそより近いのではないだろうか。
なお、サンリオ文庫のディキンスン本はこれで『キングとジョーカー』、『生ける屍』が復刻されたことになる。残るは『緑色遺伝子』のみなので、これもどこかで復刊してくれれば幸い。
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サンリオ文庫はつくづくリアルタイムで買っておけばよかったと後悔しっぱなしなので、こういう復刊はありがたいかぎりです。角川横溝や講談社の江戸川乱歩推理文庫などは気合いで集めきりましたが、さすがにサンリオは無理です(笑)。