- Date: Sat 05 10 2013
- Category: 国内作家 梶龍雄
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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梶龍雄『龍神池の小さな死体』(ケイブンシャ文庫)
トム・クランシーが10月1日に亡くなった。『レッド・オクトーバーを追え』で華々しくデビューし、あっという間に世界的ベストセラー作家に登りつめたことはまだ記憶に新しいが、その最大の功績はハイテク軍事小説とでもいうべきジャンルを確立させたことにある。
もちろん彼の登場以前にも軍事小説は多く書かれていたが、それらはあくまで冒険小説としての側面が強かった。トム・クランシーはそこに情報小説というエッセンスをぶちこんだ。近代の戦術やハイテク兵器など、軍事マニアが喜びそうなネタを徹底的に詰め込み、新しい時代の軍事小説を展開してみせたのである。キャラクターがステロタイプ、アメリカ礼賛が鼻につくなどの批判もあったが、初期のいくつかの作品は間違いなく傑作であり、このジャンルの先駆者として忘れるわけにはいかないだろう。
まだ六十六歳という若さであり、死因が公表されていないこともあって何やらきな臭い感じもあるが、何はともあれご冥福をお祈りしたい。
気分を変えて読了本の感想を。梶龍雄の長篇第五作目にあたる『龍神池の小さな死体』。
おまえの弟は殺されたんだよ——母親が臨終の間際に残した言葉に、建築工学の教授、仲城智一はショックを受けた。弟の秀二は小学生の頃、学童疎開先の千葉は鶴舞で水死したはずだったのだ。智一は大学の休みをとり、真相を探るべく秀二のかつての同級生らを訪ね、そして鶴舞にある龍神池へと向かったが……。

梶龍雄の代表作として語られることが多い本書だが、それも納得。
序盤はどちらかといえば退屈なぐらいなのだが、主人公が鶴舞を訪れるあたりから物語が少しずつ動き始め、中盤を過ぎると一気にたたみかける。これがまったく思いがけない方向からやってくるので、こちらが態勢を立て直す間もあらばこそ、二転三転する事実が常に読者の先をいく。
成功の要因はとにかく緻密なプロットと巧妙な伏線だろう。ラストの真相はかなり意外なもので、それだけにややプロットが強引かとも感じたが、ここまでやってくれれば固いことは言いますまい。あれもこれもすべてに意味があったのかと、その徹底的な伏線の作り込みには心底脱帽である。
なお、ところどころで顔を見せる社会派ミステリ的なメッセージや主人公の生き様を云々するような描写はけっこう気になった。
ストーリー上は確かにあってもおかしくないのだけれど、本書はあくまで本格寄りに力点を置いたミステリである。『海を見ないで陸を見よう』のような叙情性そのものが意味を持つミステリではないのだから、こういった部分を強調させるような描写は、全体のバランスを悪くしているように感じてしまった。決着のつけ方も同じ意味で気になった次第。
ともあれそれらを差し引いても、本書は間違いなくおすすめ。これを絶版にしてはだめでしょ。
もちろん彼の登場以前にも軍事小説は多く書かれていたが、それらはあくまで冒険小説としての側面が強かった。トム・クランシーはそこに情報小説というエッセンスをぶちこんだ。近代の戦術やハイテク兵器など、軍事マニアが喜びそうなネタを徹底的に詰め込み、新しい時代の軍事小説を展開してみせたのである。キャラクターがステロタイプ、アメリカ礼賛が鼻につくなどの批判もあったが、初期のいくつかの作品は間違いなく傑作であり、このジャンルの先駆者として忘れるわけにはいかないだろう。
まだ六十六歳という若さであり、死因が公表されていないこともあって何やらきな臭い感じもあるが、何はともあれご冥福をお祈りしたい。
気分を変えて読了本の感想を。梶龍雄の長篇第五作目にあたる『龍神池の小さな死体』。
おまえの弟は殺されたんだよ——母親が臨終の間際に残した言葉に、建築工学の教授、仲城智一はショックを受けた。弟の秀二は小学生の頃、学童疎開先の千葉は鶴舞で水死したはずだったのだ。智一は大学の休みをとり、真相を探るべく秀二のかつての同級生らを訪ね、そして鶴舞にある龍神池へと向かったが……。

梶龍雄の代表作として語られることが多い本書だが、それも納得。
序盤はどちらかといえば退屈なぐらいなのだが、主人公が鶴舞を訪れるあたりから物語が少しずつ動き始め、中盤を過ぎると一気にたたみかける。これがまったく思いがけない方向からやってくるので、こちらが態勢を立て直す間もあらばこそ、二転三転する事実が常に読者の先をいく。
成功の要因はとにかく緻密なプロットと巧妙な伏線だろう。ラストの真相はかなり意外なもので、それだけにややプロットが強引かとも感じたが、ここまでやってくれれば固いことは言いますまい。あれもこれもすべてに意味があったのかと、その徹底的な伏線の作り込みには心底脱帽である。
なお、ところどころで顔を見せる社会派ミステリ的なメッセージや主人公の生き様を云々するような描写はけっこう気になった。
ストーリー上は確かにあってもおかしくないのだけれど、本書はあくまで本格寄りに力点を置いたミステリである。『海を見ないで陸を見よう』のような叙情性そのものが意味を持つミステリではないのだから、こういった部分を強調させるような描写は、全体のバランスを悪くしているように感じてしまった。決着のつけ方も同じ意味で気になった次第。
ともあれそれらを差し引いても、本書は間違いなくおすすめ。これを絶版にしてはだめでしょ。
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社会派的メッセージはどうなんでしょうねえ、本作のようにガチガチの本格では、明らかに浮いた要素であり、とってつけたような印象しかありませんでした。
ところが『海を見ないで陸を見よう』や『透明な季節』だと、(社会派的メッセージというのは少し違うんですが)著者の小説としてのテーマがはっきり打ち出されていて、それがミステリとしても非常に生きていると思いました。逆にいうと、それらの作品で『龍神池〜』のようなトリックを持ち込んでも、むしろ作品の良さを殺しただろうなと思った次第です。
要は作品の方向性の違いに合わせて書き分ければいいだけの話なのですが、本作ではそれを少々踏み外した感がなきにしもあらず、といったところでしょうか。私が『海を見ないで陸を見よう』を推すのは、その辺りのバランスが絶妙だと思っているからです。
とはいえ、私ももちろん本作はお気に入りです。創元は中町信が一段落したら、ぜひ、梶龍雄選集を組んでくれると嬉しいですね。全部、古書で集めるのはさすがにしんどいです(笑)。