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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

連城三紀彦『戻り川心中』(講談社文庫)

 今回も追悼読書。連城三紀彦の「花葬」シリーズを集めた短編集『戻り川心中』を読む。
 本当は「花葬」シリーズをすべて収録したハルキ文庫版でいきたかったのだが、あいにく積ん読の山から発掘することができなかったので本日は講談社文庫版で。収録作は以下のとおり。

「藤の香」
「桔梗の宿」
「桐の柩」
「白蓮の寺」
「戻り川心中」

 戻り川心中

 いやあ、やはりこれは凄い。
 管理人としては二十年ぶりぐらいの再読になるのだが、傑作とはいえ多少は思い出補正がかかっているかと思いきや、いま読んでも文句なしのオールタイムベスト級である。
 その最大の魅力は言うまでもなく、豊かな文学性と驚愕のトリックの融合にある。詩情溢れる文体、ロマンチズムに彩られた世界観……美しさ、哀しさ、妖しさなどが渾然一体となって語られる物語はそれだけでも素晴らしいのに、終盤でその物語が根底から覆されたとき、知的なカタルシスと深い感動が同時に襲ってくるという、このうえない贅沢を味わえる。しかも収録された作品がほぼすべて傑作といってよいレベル。正に奇跡的な一冊である。

 以下、作品ごとの感想など。
 「藤の香」は色街で起きた連続殺人事件を扱う。犯人は語り手の愛人が住む長屋の隣に住む代書屋と思われたが……。色街と代書屋という、当時ならではの設定の活かし方が見事。真相には驚かされるが、切ない余韻もまた味わい深い。
 「桔梗の宿」も色街での殺人事件。死体の手には桔梗の花が……というイメージが鮮やか。プロットの妙を堪能できる作品だが、こちらもまたラストでのどんでん返しが哀しみをいっそう深くする。
 ハードボイルド風味の「桐の柩」は下っ端ヤクザによる語り。兄貴の命ずるままに殺人を犯すが、その兄貴の動機が秀逸。ヤクザのしのぎと奇妙な三角関係を織り交ぜ、独特の世界を構築しているのも素晴らしい。
 「白蓮の寺」はトリッキーという意味だけなら本書中でもトップクラス。語り手の少年時の記憶だけを拠りどころとして、なぜこれだけの驚くべき真相に持っていくことができるのか。物語の重ね方が鮮やかすぎる。もちろんトリッキーなだけではなくて、その隠された動機が非常に心を揺さぶるのである。
 表題作の「戻り川心中も凝りに凝っている。二度の心中事件を起こし、最終的には自害した近代の天才歌人・苑田岳葉。彼の生涯を小説にしようとした語り手は、苑田岳葉の残した歌、そして関係者らへの聞き込みで、苑田岳葉の心中事件と自殺の真相に気づいてゆく……。

 その昔、木々高太郎と甲賀三郎の間で勃発した探偵小説芸術論争というものがあったが、当時、連城三紀彦がいれば、そんな論争などほぼ無意味だったような気がする。それぐらい本書は文芸とミステリの垣根をやすやすと越えた大傑作なのである。未読の方はぜひ。

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Comments
 
おっさん様

フォローありがとうございます。
そうですね、「夜の自画像」はすっかり忘れていました。せっかく『幻影城の時代 完全版』も買ってるというのに。
これに「能師の妻」が加わるとコンプリートですか。この際だから出版芸術社か論創社あたりで〈花葬〉全集でもだしてくれるといいのですが。いや、むしろ、今なら連城三紀彦全集になるのでしょうか。
 
sugata様

くさのま様とのやりとりの中で、ハルキ文庫版『戻り川心中』(1998年)の、作品配列がどうなっているのか、という話題が出ていましたが、手元に同書がありますので、並び順(編年体です)を以下に記しておきます。

藤の香/菊の塵*/桔梗の宿/桐の柩/白蓮の寺/戻り川心中/花緋文字*/夕萩心中*

計八編。「花葬」連作の集大成でした。アスタリスクを付した三編が、講談社(ハードカバーおよび文庫)版と、のちの光文社文庫版『戻り川心中』の未収録作品です。

ちなみに。
これと、晩年の(と書くのが辛い・・・)連城氏が『幻影城の時代 完全版』(2008年)に書き下ろした「夜の自画像」を合わせた九作品が、作者公認の、「花葬」全話となるわけですが・・・

個人的には、『宵待草夜情』に収録されている「能師の妻」を合わせて、シリーズは全十編と考えたいです。当初の構想は変ってしまったかもしれませんが、内容的に、これはかつて「菖蒲の舟」(→「戻り川心中」)とともにタイトルが予告された、幻の「桜の舞」以外のなにものでもありませんから。

いや、長文失礼いたしました。

おっさん拝
 
涼さん

>いつもそうなのですが、「裏切られ感」がいいですね。そしてこれはもう最高です!

同感です。今まで見えていた光景、そしてそれによって受けていた感慨が、根底からひっくり返ったときのショック。そしてそれによる新たな感動。初読時、自分はこういうものが読みたかったのだと実感しました。

あと、別件ですが、リンク先を本家の方に変えさせていただきました。もし問題あるようでしたらご連絡ください。では今後ともよろしくお願いします。
 
ポール・ブリッツさん

『人間動物園』は未読ですが、そのうち読みたい一冊です。

>問題があるとすれば、図書館や本屋で、「どれがミステリでどれが恋愛小説なのか」がパッと見でわからないことでしょうか(笑)

ああ、すごくわかります、その気持ち(笑)
 
くさのまさん

私も国内オールタイムベスト10に入れたいぐらい好きですね。

>個人的には作品の並び順の凄さがあると思います〜

なるほど、並び順までは意識していませんでした。
ハルキ文庫の方は残りの三作が加えられていますが、間や最後に入れる形だったように思います。確か「戻り川心中」もラストではなかったような……ううむ、どうだったかな。
 衝撃でした
やはり20年以上前に読んだ衝撃感が残っていて再読希望。2006年に光文社版を読みました。
いつもそうなのですが、「裏切られ感」がいいですね。そしてこれはもう最高です!
 
お亡くなりになられたと聞いたときは、ショックのあまりなにも手につきませんでした。

「戻り川心中」はよくあんなことを考えたものです。

長編では、「人間動物園」も凄まじかったですね。60の人間が書いたとは思えぬ大胆で野心的な作品でした。

問題があるとすれば、図書館や本屋で、「どれがミステリでどれが恋愛小説なのか」がパッと見でわからないことでしょうか(笑)
 ご同慶の至り。
 私にとって本書は、国内ミステリ短編集の一位なのです(二位が『亜愛一郎の老婆』)。
 個々のレベルの高さは言うに及ばずですが、(以下微妙にネタバレ)、


 個人的には作品の並び順の凄さがあると思います。あれだけ叙情的な真相が続いた後の『戻り川心中』での背負い投げ、著者は確実に狙っていますよね(映画『クライングゲーム』のオープニングなみにあざとい)。
 もっともっと活躍して頂きたかった。
 私は講談社文庫で読んでいるのですが、ハルキ版では作品の並びはどうなっているのでしょう? 気になります。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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