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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ローレンス・ブロック『償いの報酬』(二見文庫)

 アメリカミステリ界の巨匠、ローレンス・ブロック。その代表的なシリーズのひとつが、アル中探偵マット・スカダーを主人公にしたハードボイルドのシリーズである。
 元々は警官だったスカダ−。ある事件で自分の放った銃弾が跳ね、少女の命を奪ったことが大きな運命の分かれ目だった。スカダーに非はなく、むしろ犯人逮捕によって表彰を受けたぐらいだったが、彼の性格はそれを受け入れられなかった。やがては酒に溺れ、警察を辞め、妻子とも別れることになる。
 初期のシリーズではそんな葛藤の日々のなか、無許可で私立探偵を営む日々が描かれ、中期以降ではその酒を断ち切って再生を図ろうとする姿が事件を通して描かれる。事件もさることながら、このスカダーの立ち直る様や意識の変化が非常に巧みに描かれており、そこが大きな魅力でもある。まさに現代ハードボイルドの大きな収穫といえるだろう。

 割と長めにシリーズそのものを紹介してしまったが、本日の読了本はそんなマット・スカダ・シリーズの最新作(といっても出たのはもう一年も前だけど)『償いの報酬』である。
 実は前作『すべては死にゆく』がシリーズ完結を匂わせるような内容だったため、これで新しい作品は読めないと思っていたところに本書が出てしまい、嬉しさ半分怖さ半分で読めなかったというのが本当のところである。シリーズの延命策ならぬ延命作ってのが映画ではよくあるが、往々にしてシリーズ全体の意義までぶち壊しにしてしまうのはよくある話。もし『償いの報酬』がそれだったら嫌だなと思ったのだ。
 だが、そんな心配は杞憂だった。ブロックが選んだ方法はスカダーの回顧談というスタイルであり、これまで明らかにされていなかった時期(しかもシリーズ上の意味がある)を選び、その空白を埋めるという形であった。

 ときは八十年代、スカダーが禁酒を始めてから三ヶ月のことである。いつものようにAAの会に参加したスカダーは、幼なじみのジャック・エラリーに声を掛けられる。ジャックは犯罪の常習者でもあったが、禁酒プログラムとして過去に犯した罪を償う“埋め合わせ”を実践しているという。
 しかし、そんなある日、ジャックは何者かに銃殺される。原因は“埋め合わせ”にあったのか? ジャックの遺した“埋め合わせ”リストの五人についてスカダーは調査を始めるが……。

 償いの報酬

 相変わらず語り口は絶品である。もともと定評あるところなのだが、会話文から地の一人称にいたるまですべてが叙情にあふれ、読む者の心に染みてくる。特別詩的な文体ではなく、むしろ淡々としたスタイル。他愛ない会話もけっこう多いのだが、それらが一定のリズムで響き、積み重ねられてゆくことで、独自の味わいを作り上げる。
 文芸評論などで「ひとつひとつ章がまるで短編小説のようだ」なんて言い方ががあるけれど、ブロックの場合、各章どころかひとつのシーンだけで短編小説を読んだような満足感を味わえる。そういったシーンの切り替えを会話で締めることが多いのもブロック流で、これが見事にはまるからファンにはまた堪らないわけだ。

 一方、事件そのものの面白さはここ数作でパワーダウンしている印象もあったのだが、本作はAAの会に絡む事件、しかもアル中患者の治療プログラムに直結する事件であり、スカダー自身の生き方にもいろいろなリンクする部分があって面白かった。それこそ上でも書いたように、リストの五人を訪ねるエピソードのひとつひとつが素晴らしく、公私の境界が曖昧なほどスカダーの物語は映えるのではないかと感じた次第である。
 決着のつけ方は確かに賛否両論ありそうだが、スカダーはもともと聖人ではないので、これはこれでありだろう。司法の手に委ねられないのであれば自分で決着をつけるという物語は多々あるけれど(スカダー・シリーズにもあったはず)、本作の手段も結局、それと表裏一体。根本は同じではないかと思う。

 本作単体での評価はさすがに難しいけれど、シリーズのファンなら必読の一冊である。

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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