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梶龍雄『ぼくの好色天使たち』(講談社文庫)
コロンビアの作家ガルシア=マルケス氏が亡くなったようだ。先月から急に調子が悪くなり、しばらく入院したのち、自宅静養を続けていたらしい。八十七歳という年齢では致し方ないところもあるだろうが、それにしても残念。
文学史に大きな足跡を残したことは言うまでもないのだけれど、日本でも南米文学やマジックリアリズムのブームを巻き起こし、ご多分に漏れず管理人も脳みそをぐちゃぐちゃにされた口である。あの頃は確か筒井康隆がエッセイとかにもしょっちゅう取りあげていて、その影響もあったかな。
とりあえず『百年の孤独』や『族長の秋』は頭が柔軟な若いうちにぜひチャレンジしていただきたい本ではある。ただし、最初から挫折する可能性なきにしもあらずなので、『予告された殺人の記録』『エレンディラ』あたりから入るのもよいかも。
読了本は梶龍雄の『ぼくの好色天使たち』。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』と並び、青春三部作と呼ばれる一冊である。
三部作と呼ばれるからにはもちろんそれなりの理由があって、まずはいずれも戦時から戦後間もない頃を扱っているということ。次に旧制中学や高校に通う男子が主人公であること。しかもその主人公は本来いいところのお坊ちゃんなのだが、早くに父を亡くし、今はむしろ質素な生活を送っていること。生活や価値観が混沌とする時代において、そんな主人公が何を感じ、どう成長していくか、そういったものが叙情性豊かに描かれているところも共通である。
そして何よりも、それら文学的アプローチがミステリの部分と非常にうまく融合しているところこそ、最大のポイントといえるだろう。
さて、本作の主人公は浪人生の伊波弘道である。池袋の闇市で、ある復員兵に絡まれたことをきっかけに娼婦らと知り合い、闇市の住人たちと交流するようになる。これまでの暮らしとはまったく縁の無かったいわゆる裏の世界。だが、そこで暮らす人々もまた、彼らなりのルールや価値観をもって生きていた。
新しい価値観を学びながらも、ともすると目標を見失いがちになる弘道。だが、あるとき娼婦の一人が殺害されるという事件が起こり、そんな日々も終わりを告げようとしていた……。

これは傑作。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』との共通項は確かに多いのだが、モノクロームで静謐なトーンの前二作と違い、本作は原色的かつ猥雑なイメージで迫ってくる。
闇市を闊歩する男女の活き活きとした姿は圧倒的だし、そんな彼らが垣間見せる陰の部分もまた魅力的だ。タイトルにもある”好色天使たち”はもちろん娼婦を指すわけだが、彼女たちと主人公の交流もまた読みどころのひとつである。
まあ、静かであろうが騒がしかろうが、どちらにしても結局は描写力のなせる技なのだが、この描写が効いているからこそ、よりミステリの部分が生きてくるのは前作同様である。
人物描写が深くなればなるほど、実はミステリとしてのハードルが上がってくる。動機や性格をいちいち忠実に説明していては、意外性の欠片もなくなってしまうのは自明の理。梶竜雄はそこを怖れずに踏み込んでいくのが素晴らしい。
そんな描写の細やかさをカモフラージュする手段として、本作ではフラッシュバックを巧みに放り込んでくるのが特徴だ。主人公や登場人物の一人ひとりを際立たせる目的もあるのだろうが、実は時系列をひっくり返すことで、上手く伏線を散らしたり、紛れ込ませているのがわかる。
まあ著者のよくやる手ではあるのだが、これもプロットがしっかりしているからこその技。
加えて最終章では、そういった複雑なプロットを鮮やかに収斂させてくれるわけで、しかもそこでもさらに一捻り加え、ただの謎解きに済ませないのもお見事である。
ひとつ難を上げるとすれば動機の問題か。
その有効性もさることながら、物語にマッチしていない印象なのである。ここに関しては伏線らしい伏線もほとんどなかったはずで、物語にほぼ落とし込めておらず、最後の最後で釈然としない部分が出るのはもったいない。だからこそ動機はよりわかりやすいものにした方がよかった。
とはいえ、トータルではベストテン級の見事な一作。例によって絶版ではあるのだが、もし古書店で見かけたら迷わずどうぞ。
文学史に大きな足跡を残したことは言うまでもないのだけれど、日本でも南米文学やマジックリアリズムのブームを巻き起こし、ご多分に漏れず管理人も脳みそをぐちゃぐちゃにされた口である。あの頃は確か筒井康隆がエッセイとかにもしょっちゅう取りあげていて、その影響もあったかな。
とりあえず『百年の孤独』や『族長の秋』は頭が柔軟な若いうちにぜひチャレンジしていただきたい本ではある。ただし、最初から挫折する可能性なきにしもあらずなので、『予告された殺人の記録』『エレンディラ』あたりから入るのもよいかも。
読了本は梶龍雄の『ぼくの好色天使たち』。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』と並び、青春三部作と呼ばれる一冊である。
三部作と呼ばれるからにはもちろんそれなりの理由があって、まずはいずれも戦時から戦後間もない頃を扱っているということ。次に旧制中学や高校に通う男子が主人公であること。しかもその主人公は本来いいところのお坊ちゃんなのだが、早くに父を亡くし、今はむしろ質素な生活を送っていること。生活や価値観が混沌とする時代において、そんな主人公が何を感じ、どう成長していくか、そういったものが叙情性豊かに描かれているところも共通である。
そして何よりも、それら文学的アプローチがミステリの部分と非常にうまく融合しているところこそ、最大のポイントといえるだろう。
さて、本作の主人公は浪人生の伊波弘道である。池袋の闇市で、ある復員兵に絡まれたことをきっかけに娼婦らと知り合い、闇市の住人たちと交流するようになる。これまでの暮らしとはまったく縁の無かったいわゆる裏の世界。だが、そこで暮らす人々もまた、彼らなりのルールや価値観をもって生きていた。
新しい価値観を学びながらも、ともすると目標を見失いがちになる弘道。だが、あるとき娼婦の一人が殺害されるという事件が起こり、そんな日々も終わりを告げようとしていた……。

これは傑作。『透明な季節』、『海を見ないで陸を見よう』との共通項は確かに多いのだが、モノクロームで静謐なトーンの前二作と違い、本作は原色的かつ猥雑なイメージで迫ってくる。
闇市を闊歩する男女の活き活きとした姿は圧倒的だし、そんな彼らが垣間見せる陰の部分もまた魅力的だ。タイトルにもある”好色天使たち”はもちろん娼婦を指すわけだが、彼女たちと主人公の交流もまた読みどころのひとつである。
まあ、静かであろうが騒がしかろうが、どちらにしても結局は描写力のなせる技なのだが、この描写が効いているからこそ、よりミステリの部分が生きてくるのは前作同様である。
人物描写が深くなればなるほど、実はミステリとしてのハードルが上がってくる。動機や性格をいちいち忠実に説明していては、意外性の欠片もなくなってしまうのは自明の理。梶竜雄はそこを怖れずに踏み込んでいくのが素晴らしい。
そんな描写の細やかさをカモフラージュする手段として、本作ではフラッシュバックを巧みに放り込んでくるのが特徴だ。主人公や登場人物の一人ひとりを際立たせる目的もあるのだろうが、実は時系列をひっくり返すことで、上手く伏線を散らしたり、紛れ込ませているのがわかる。
まあ著者のよくやる手ではあるのだが、これもプロットがしっかりしているからこその技。
加えて最終章では、そういった複雑なプロットを鮮やかに収斂させてくれるわけで、しかもそこでもさらに一捻り加え、ただの謎解きに済ませないのもお見事である。
ひとつ難を上げるとすれば動機の問題か。
その有効性もさることながら、物語にマッチしていない印象なのである。ここに関しては伏線らしい伏線もほとんどなかったはずで、物語にほぼ落とし込めておらず、最後の最後で釈然としない部分が出るのはもったいない。だからこそ動機はよりわかりやすいものにした方がよかった。
とはいえ、トータルではベストテン級の見事な一作。例によって絶版ではあるのだが、もし古書店で見かけたら迷わずどうぞ。
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ポール・ブリッツさん
>誰も死なないでくれ、と思うほど魅力的な登場人物たちが殺されていくんですからねえ……。
そうなんですよねえ。最初はごった煮で登場する闇市の住人たちですが、主人公とのやりとりで一人ずつ輝きを増していって、そういう流れがあるから余計にこたえますよね。人間ドラマとしても一級品です。
Posted at 11:23 on 04 20, 2014 by sugata