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藤田知浩/編『外地探偵小説集 満洲篇』(せらび書房)
藤田知浩/編『外地探偵小説集 満洲篇』を読む。かつて日本で外地と呼ばれた地を舞台にした探偵小説を集めたアンソロジーの「満洲篇」である。
すでに本書に続いて上海篇、南方篇も出ており、そちらも買ってはいるのだが、ふと気がつけばいつのまにか十年ものの積ん読である(苦笑)。本棚でたまたま目について、これではいかんとようやく読み始めた次第。
まずは収録作。
大庭武年「競馬会前夜」
群司次郎正「踊子オルガ・アルローワ事件」
城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」
崎村雅「龍源居の殺人」
宮野叢子「満洲だより」
渡辺啓助「たちあな探検隊」
椿八郎「カメレオン黄金虫」
島田一男「黒い旋風」
石沢英太郎「つるばあ」

満洲は現在の中国の東北部とロシアの極東部の一部を合わせたエリアである。戦前から戦時にかけての一時期、日本が植民地化して傀儡国家を作り上げていたのはご存じのとおりで、もともとの満洲民族はもとより中国人、ロシア人などさまざまな人種が混在し、文化のるつぼと化していた地でもある。
もちろん多くの日本人も海を渡っていたが、そちらにしても、ひと山あてようと夢を抱く者、日本で挫折し、逃避先として選んだ者など、とにかく非常に混沌とした状況であったことは確かだろう。
ただ、時を経て、実際の満洲を知る人は少なくなった。満洲は歴史的にも地理的にも近いようで遠い存在となり、私たちの多くは、いつのまにか満洲に対してエキゾチズムや幻想的なイメージを強く抱いているのかも知れない。
そういったイメージを補完してくれるという意味で、本書はマニアックな一冊ながら、実は探偵小説ファンだけでなく、広くおすすめできる一冊なのではないだろうか。
もちろん肝心の中身がお寒くてはオススメしようもないのだが、これが実に面白い。
正直、探偵小説として驚くほどのものはないけれども、上で書いたように満洲の異国情緒や生活文化に対する興味が加味されており、しかもアンソロジーという性質上、作家によってアプローチが異なるから意外なほどバラエティーにも富んでいる。レアどころの作家がずらりと並んでいるのも、探偵小説ファンにとっては嬉しいかぎりだ。
最後に作品ごとの感想など。
「競馬会前夜」は論創ミステリ叢書の『大庭武年探偵小説選』にも収録されているので、今となってはありがたみが減ったもの、当時には珍しい本格系の作品。凝った作りではあるが正直いまひとつ。
おそらく初めて読む作家、群司次郎正の「踊子オルガ・アルローワ事件」はミステリとしてのネタはたいしたことがないけれど、美人の踊り子とせむしの婚約者という構図がまず読者をひきこむ。加えてハルピンの魔窟などの描写も要注目で、雰囲気を楽しむにはもってこいの一作。
城戸禮の別名と言われる城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」は暗号ネタでもあるが、むしろ秘境冒険ものとしてのほうが読みどころである。これも雰囲気で楽しめる一作。
「龍源居の殺人」の崎村雅も初読の作家。意外に現代的なサスペンス小説でまずまず。
「満洲だより」も論創ミステリ叢書で既読の一作。書簡形式というスタイルも特徴的だが、宮野村子の作品としては珍しくユーモラスで、結局は内地にいる主人公の妹や母親が事件を解決するという展開が楽しい。伏線もきちんと貼られている(わかりやすいけれど)。
「たちあな探検隊」は渡辺啓助お得意の秘境冒険ものだが、あまり驚きもなく、出来はやや落ちる。
「カメレオン黄金虫」は評価が難しい。短い割には展開が激しく、先を読みたくなるという意味では悪くない作品なのだが、少々、グダグダ感もあるのが難。
島田一男「黒い旋風」はペストの流行を背景にし、そこで起こる殺人事件を描く。殺害方法がトンデモ系だが、それを含めておすすめ。個人的には本書中のベスト。
「つるばあ」はロシア人や中国人、日本人が共に働く電力会社を舞台にしているという設定がまず目をひく。ミステリ的な驚きは少ないが、満洲という地ならではの人間模様やテーマが印象的だ。
すでに本書に続いて上海篇、南方篇も出ており、そちらも買ってはいるのだが、ふと気がつけばいつのまにか十年ものの積ん読である(苦笑)。本棚でたまたま目について、これではいかんとようやく読み始めた次第。
まずは収録作。
大庭武年「競馬会前夜」
群司次郎正「踊子オルガ・アルローワ事件」
城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」
崎村雅「龍源居の殺人」
宮野叢子「満洲だより」
渡辺啓助「たちあな探検隊」
椿八郎「カメレオン黄金虫」
島田一男「黒い旋風」
石沢英太郎「つるばあ」

満洲は現在の中国の東北部とロシアの極東部の一部を合わせたエリアである。戦前から戦時にかけての一時期、日本が植民地化して傀儡国家を作り上げていたのはご存じのとおりで、もともとの満洲民族はもとより中国人、ロシア人などさまざまな人種が混在し、文化のるつぼと化していた地でもある。
もちろん多くの日本人も海を渡っていたが、そちらにしても、ひと山あてようと夢を抱く者、日本で挫折し、逃避先として選んだ者など、とにかく非常に混沌とした状況であったことは確かだろう。
ただ、時を経て、実際の満洲を知る人は少なくなった。満洲は歴史的にも地理的にも近いようで遠い存在となり、私たちの多くは、いつのまにか満洲に対してエキゾチズムや幻想的なイメージを強く抱いているのかも知れない。
そういったイメージを補完してくれるという意味で、本書はマニアックな一冊ながら、実は探偵小説ファンだけでなく、広くおすすめできる一冊なのではないだろうか。
もちろん肝心の中身がお寒くてはオススメしようもないのだが、これが実に面白い。
正直、探偵小説として驚くほどのものはないけれども、上で書いたように満洲の異国情緒や生活文化に対する興味が加味されており、しかもアンソロジーという性質上、作家によってアプローチが異なるから意外なほどバラエティーにも富んでいる。レアどころの作家がずらりと並んでいるのも、探偵小説ファンにとっては嬉しいかぎりだ。
最後に作品ごとの感想など。
「競馬会前夜」は論創ミステリ叢書の『大庭武年探偵小説選』にも収録されているので、今となってはありがたみが減ったもの、当時には珍しい本格系の作品。凝った作りではあるが正直いまひとつ。
おそらく初めて読む作家、群司次郎正の「踊子オルガ・アルローワ事件」はミステリとしてのネタはたいしたことがないけれど、美人の踊り子とせむしの婚約者という構図がまず読者をひきこむ。加えてハルピンの魔窟などの描写も要注目で、雰囲気を楽しむにはもってこいの一作。
城戸禮の別名と言われる城田シュレーダー「満洲秘事 天然人参譚」は暗号ネタでもあるが、むしろ秘境冒険ものとしてのほうが読みどころである。これも雰囲気で楽しめる一作。
「龍源居の殺人」の崎村雅も初読の作家。意外に現代的なサスペンス小説でまずまず。
「満洲だより」も論創ミステリ叢書で既読の一作。書簡形式というスタイルも特徴的だが、宮野村子の作品としては珍しくユーモラスで、結局は内地にいる主人公の妹や母親が事件を解決するという展開が楽しい。伏線もきちんと貼られている(わかりやすいけれど)。
「たちあな探検隊」は渡辺啓助お得意の秘境冒険ものだが、あまり驚きもなく、出来はやや落ちる。
「カメレオン黄金虫」は評価が難しい。短い割には展開が激しく、先を読みたくなるという意味では悪くない作品なのだが、少々、グダグダ感もあるのが難。
島田一男「黒い旋風」はペストの流行を背景にし、そこで起こる殺人事件を描く。殺害方法がトンデモ系だが、それを含めておすすめ。個人的には本書中のベスト。
「つるばあ」はロシア人や中国人、日本人が共に働く電力会社を舞台にしているという設定がまず目をひく。ミステリ的な驚きは少ないが、満洲という地ならではの人間模様やテーマが印象的だ。
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