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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

バロネス・オルツィ『隅の老人【完全版】』(作品社)

 ようやく『隅の老人【完全版】』を読み終える。バロネス・オルツィが残した隅の老人ものの短篇をすべて網羅した(つまり全作品を網羅した)文字どおりの完全版である。
 元になったのは過去出版された三冊の短編集だが、これに単行本未収録の「グラスゴーの謎」を加え、計三十八篇が収録された。
 そのボリュームゆえさすがに持ち運びはできなかったので、二日に一篇ずつぐらいのペースでぼちぼち読んできた一冊である。

 隅の老人【完全版】

 小説だからまずは中身について言いたいところではあるが、何より本書が素晴らしいのは、やはり上に書いたように、隅の老人ものをすべて収録したことであろう。
 これは世界で唯一の完全本であり、本国に先駆けてこうした形にできただけでも誇れることなのだが、それによってこれまで知られていなかった事実が確認できたことも高ポイント。
 また、単にまとめただけではなく、収録を発表順に再編したり、挿絵を豊富に収録したり、全作品の解説があったりと、編集方針も大いに賞賛すべきである。

 隅の老人については今さら言うまでもないだろうが、シャーロック・ホームズのライヴァルとして登場した名探偵の一人。〈A・B・C喫茶店〉の隅の席に座り、知り合いの女性記者に未解決事件の謎解きをして聞かせるのが毎回のパターンだ。なぜか話の合間に紐を結ぶ癖があり、紐をいじりながらさまざまな事件の謎を解いてゆくという趣向である。
 エキセントリックな性格も名探偵には珍しく、語り手の女性記者とのやりとりも魅力の一つである。

 ところで事件については、常に隅の老人が話して聞かせるというスタイルのため、「安楽椅子探偵の走り」という言われ方を昔からされてはいるが、実際に読んでみると本人は事件の裁判を傍聴したり、意外と行動的な面もあるため、「安楽椅子探偵には当たらないのでは?」という疑問の声もチラホラ上がっているらしい。
 それでも結局は、他者からの伝聞による情報から推理を重ねていく手法なので、個人的には安楽椅子探偵でいいんじゃないかと思うけれど。確かに言葉の表面だけとらえると安楽椅子とは違うだろうけれど、安楽椅子探偵の本質は物理的に動いたかどうかではなく、自分自身で捜査や調査に乗り出さないことだと思うので。

 まあ、そんな分類は正直どうでもよくて、この他者からの伝聞による推理を、すべて自分が話して聞かせるというのも本シリーズの大きな特徴である。
 ホームズの例にも見られるとおり、読者からは探偵のキャラクターや個性が非常に望まれており、作者がこの形にこだわったのもやむを得ないところではある。ただ、探偵本人の語りにしたことで、どうしても物語が単調な印象になってしまうのがもったいない。
 また、著者自身がドイル同様、歴史や人物への興味が大きかったためか、あまりトリックには重きを置いておらず、似たようなネタが多いのはご愛嬌。
 ただし、作品のアベレージは決して低くない。これという大傑作はないけれども、非常に質が安定しており、クラシック探偵小説のファンであれば、まず期待を裏切られることはない。慌てて読まず、一篇ずつゆっくりと味わうのが吉だろう。
 最後に収録作の一覧。

■『隅の老人』The Old Man in the Corner
The Fenchurch Street Mystery「フェンチャーチ街駅の謎」
The Robbery in Phillimore Terrace「フィリモア・テラスの強盗」
The Mysterious Death on the Underground Railway「地下鉄怪死事件」
The Theft at the English Provident Bank「〈イギリス共済銀行〉強盗事件」
The Regent's ParkMurder「〈リージェント公園〉殺人事件」
The Mysterious Death in Percy Street「パーシー街の怪死」
The Glasgow Mystery「グラスゴーの謎」
The York Mystery「ヨークの謎」
The Liverpool Mystery「リヴァプールの謎」
An Unparalleled Outrage「ブライトンの謎」
The Edinburgh Mystery「エジンバラの謎」
The Dublin Mystery「ダブリンの謎」
The De Gennevile Peerage「バーミンガムの謎」

■『ミス・エリオット事件』The Case of Miss Elliott
The Case of Miss Elliott「ミス・エリオット事件」
The Hocussing of Cigarette「シガレット号事件」
The Tragedy in Dartmoor Terrace「ダートムア・テラスの悲劇」
Who Stole the Black Diamonds?「誰が黒ダイヤモンドを盗んだのか?」
The Murder of Miss Pebmarsh「ミス・ペブマーシュ殺人事件」
The Lisson Grove Mystery「リッスン・グローヴの謎」
The Tremarn Case「トレマーン事件」
The Fate of the “Artemis”「アルテミス号の運命」
The Disappearance of Count Collini「コリーニ伯爵の失踪」
The Ayrsham Mystery「エアシャムの謎」
The Affair of the Novelty Theatre「〈ノヴェルティ劇場〉事件」
The Tragedy of Barnsdale Manor「〈バーンズデール〉屋敷の悲劇」

■『解かれた結び目』Unravelled Knots
The Mystery of the Khaki Tunic「カーキ色の軍服の謎」
The Mystery of the Ingres Masterpiece「アングルの名画の謎」
The Mystery of the Pearl Necklace真珠のネックレスの謎」
The Mystery of the Russian Prince「ロシアの公爵の謎」
The Mysterious Tragedy in Bishop's Road「ビショップス通りの謎」
The Mystery of the Dog's Tooth Cliff「犬歯崖の謎」
The Tytherton Case「タイサートン事件」
The Mystery of the Brudenell Court「〈ブルードネル・コート〉の謎」
The Mystery of the White Carnation「白いカーネーションの謎」
The Mystery of the Montmartre Hat「モンマルトル風の帽子の謎」
The Miser of Maida Vale「メイダ・ヴェールの守銭奴」
The Fulton Gardens Mystery「フルトン・ガーデンズの謎」
A Moorland Tragedy「荒地(ムーアランド)の悲劇」

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Comments
 
ポール・ブリッツさん

『紅はこべ』などを読んでもわかるように、基本的にはストーリーテラーだと思いますよ。ただし、常に聞き語りという形で読まされると、どうしても物語の導入や締めが同じ形になりますし、ストーリーの起伏が均されてしまうようにも感じました。
ただ、聞き語りでないと、「隅の老人」の存在意義すら危うくなるのが困ったものですね。

>しかし病院にかついでいくのはたいへんだったなあ(^_^;)

通院のお供にしては重すぎますねw
 
これは面白かったですね。単調とおっしゃられましたが、バロネス・オルツィのストーリーテリングは、さすがだと思いました。おかげでパロディまで書いちまったい(笑)

しかし病院にかついでいくのはたいへんだったなあ(^_^;)


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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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