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日影丈吉『移行死体』(徳間文庫)
きつい一週間を乗り切り、土日はぼーっと過ごす。嫁さんは実家へ帰省中、外は突風が吹き荒れ(天気はいいのに空は砂で真っ黄色という壮絶な天気)、おまけについFFXIIまで買ってしまったので、ほぼ引きこもって、ゲームやら読書やら。
読了本は日影丈吉の『移行死体』。
家賃滞納でアパートを放り出された大学生の宇部は、その先輩である画家の甘利のところに転がり込んだ。しかし甘利も家主の鳥山に立ち退きを迫られている身。甘利は鳥山が行っている政治活動も日頃から面白く思っていないため、ついに鳥山の殺害計画を立て、宇部を無理矢理仲間に引き入れる。そして殺人は決行された……だが、なぜか鳥山の死体があるべきビルの屋上から消え失せ、しかもその死体が300kmも離れた八丈島で発見されたのである。
当たり前の話だがたいていの作家には作風というものがあって、日影丈吉のそれは通常だと幻想的・抒情的なものとして語られることが多い。だがそれは短編に限っての話であり、長編では正直それほどまとまったイメージがなく、どちらかというとバラエティに富んだ作品を残している。
しかしそのバラエティが曲者であって、いわゆる本格だとかスリラーだとかというミステリの一般コードでは収められない、微妙な外し方をしているのが、日影長編の最も大きな特徴といえるかもしれない。『移行死体』もまた、そんな妙な作品のひとつである。
例えば本作では、殺人犯が主人公という倒叙形式をとっている。しかし警察からの追求を逃れるとか、そういう類のサスペンスはあまり押し出されておらず、遠く離れた場所で見つかった死体の謎について探るという、どちらかというと本格の形をとっているのである。
だが、本格の形をとっているとはいっても、主人公の二人は探偵ではなく、単なるモラトリアムな青年たち。純粋な推理合戦とまではいかず、中途半端な調査をしたり、根拠のない推理をたてたりと、これまたぬるい展開を見せていく。
もしかしたら本作の魅力は、このぬるさにあるのかもしれない(作者がどこまでこれらを計算していたのかは知るよしもないが)。ユーモアとも少し違う、この適当な主人公たちの迷走ぶり。感情移入しにくいはずの登場人物ばかりなのに、不思議に嫌悪感を感じず、それどころか妙に心地よい読後感。なかなか捨てがたい一作である。
(だが、正直なところ、作者はけっこう真面目に本格を書こうと思っていた気はするんだよなぁ。この見極めが何とも難しい……)
読了本は日影丈吉の『移行死体』。
家賃滞納でアパートを放り出された大学生の宇部は、その先輩である画家の甘利のところに転がり込んだ。しかし甘利も家主の鳥山に立ち退きを迫られている身。甘利は鳥山が行っている政治活動も日頃から面白く思っていないため、ついに鳥山の殺害計画を立て、宇部を無理矢理仲間に引き入れる。そして殺人は決行された……だが、なぜか鳥山の死体があるべきビルの屋上から消え失せ、しかもその死体が300kmも離れた八丈島で発見されたのである。
当たり前の話だがたいていの作家には作風というものがあって、日影丈吉のそれは通常だと幻想的・抒情的なものとして語られることが多い。だがそれは短編に限っての話であり、長編では正直それほどまとまったイメージがなく、どちらかというとバラエティに富んだ作品を残している。
しかしそのバラエティが曲者であって、いわゆる本格だとかスリラーだとかというミステリの一般コードでは収められない、微妙な外し方をしているのが、日影長編の最も大きな特徴といえるかもしれない。『移行死体』もまた、そんな妙な作品のひとつである。
例えば本作では、殺人犯が主人公という倒叙形式をとっている。しかし警察からの追求を逃れるとか、そういう類のサスペンスはあまり押し出されておらず、遠く離れた場所で見つかった死体の謎について探るという、どちらかというと本格の形をとっているのである。
だが、本格の形をとっているとはいっても、主人公の二人は探偵ではなく、単なるモラトリアムな青年たち。純粋な推理合戦とまではいかず、中途半端な調査をしたり、根拠のない推理をたてたりと、これまたぬるい展開を見せていく。
もしかしたら本作の魅力は、このぬるさにあるのかもしれない(作者がどこまでこれらを計算していたのかは知るよしもないが)。ユーモアとも少し違う、この適当な主人公たちの迷走ぶり。感情移入しにくいはずの登場人物ばかりなのに、不思議に嫌悪感を感じず、それどころか妙に心地よい読後感。なかなか捨てがたい一作である。
(だが、正直なところ、作者はけっこう真面目に本格を書こうと思っていた気はするんだよなぁ。この見極めが何とも難しい……)
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